上 下
3 / 28
1話 21世紀の精神異常者 

“加速装置”

しおりを挟む
 あー移動は面倒くさいぜ。私はそんなことを考えながら、時折カゴの中の鞄が飛び出そうな程に揺れるアスファルトの上を自転車で走る。
 
 私と志帆は、人目につかず焚き火たきびが出来そうな河原に向かっていた。
 
 丁度いい流木が落ちていそうな河原までは私の軽快車ママチャリで30分もかからずに着くだろう。しかし面倒な原因は距離ではなかった。
 
 この町は良い所だが道は悪い。ひび割れやわだちが出来ていたり、“穴ぼこ”になっている所もあった。
 父から聞いたが、たくさんの雪が降る町は一冬を越すとどこでもそうなるらしい。
 
 私は悪路で自転車が揺れることが嫌いだった。気を抜いてスピードを出したまま突っ込めば、タイヤのゴムチューブに穴があく。
 また振動による衝撃でギアチェーンが外れてしまえば、人の往来の中で刀鍛冶職人のような硬派な顔をして、爪の中まで黒くなる汚れた油を触らなくてはならない。
 
 ……どんな場所でも、鬼気迫る表情で修理をしていれば「ああ……これは『お仕事中』だな」と思われるはずだ。いや無理か。
 とにかく私は、学校で後ろ指をさされて「あっ、知ってる。いつも道端でチェーン直してる子だよね?」とは絶対に言われたくなかった。なんか女の子っぽくない。
 
 ――ふぅ。とため息をついて、自転車を漕ぎながら日焼け防止のために被っていた帽子ワークキャップを深くかぶり直す。
 これらが私が移動する際は注意を払う理由で、それがやっぱり面倒くさい。
 ときどき路面に現れる、コンビニおにぎりの海苔みたいな形をした、水を入れすぎた墨汁色のように新しいアスファルトを見ながら思った。


 
「北原! “加速板”だッ! 乗り込めッ!」
 
「えっ? なに?」
 
 志帆が突然大声を出す。私の理解が追いつく前に、彼女はきれいに修繕された直後の、滑らかな路面に乗り込んだ。
 それと同時に、裏声で「シューン」と言ってスピードを上げた。
 
 ……っ! やはり志帆、君は危険だ。――面白すぎる。
 
「ライン取りを間違えるな! 甘ければチェーンごとぞ!」
 
「わかった。まずは“追跡トレース”する!」
 
 前を走る志帆が、言ったな嬢ちゃん、ついてこれるかな。と言ってにやりと笑う。しかし私達の目の前には色の変わった路面が広がっている。あれは……はっ! しまった。
 段差だ。色が変わった所から一段高くなっているじゃないか。
 
 徒歩ならまったく気にせず乗り越えられる程度の高さ。しかし私達の自転車は今、“加速”してしまっている……! この速度で突っ込めばチェーンどころかタイヤ……いや、“身体”までもが『ハジ』けかねない。
 
「だめだよ速すぎる! 志帆とまって!」私は限界だった。もうこれ以上、道端でチェーンを直したくはない。
 
「いいんだ北原。加速した“今”がいいんだ」
 
「なにバカ言ってるの!? スピードを落として!」
 
 志帆はスピードを緩めない。ダメだ、このまま突入すれば彼女の体は衝撃で弾み“ソラ”に放られてしまうっ! 私は苦い顔で志帆に、止まってと叫んだ。しかし。
 ――――!?
 
「な、なにィーーーー!!?」
 
 彼女はハンドルを持ちながら自転車から飛び降りて、速度を殺さないように両足で走りだす!
 そして段差へと進入エントリーする瞬間、彼女は片手でハンドルを、もう片手で車体フレームを掴み、自転車を持ち上げた。
 
「そうか、そのための“加速”……!」私は志帆の言葉の意味をやっと理解した。
 
 腰掛け椅子を積んだ自転車ママチャリはいつもより重い。それを持って走り続ける事はいくら彼女でも不可能だった。しかし持ち上げた瞬間に段差をクリア出来れば、話は変わる。
 
 私はそんな彼女を横目に見ながら、段差が無い歩道に乗り上がりそれらを回避した。
 だって汗かきたくない。
 
は……“無限加速床”か……?」
 
 志帆が驚いたように呟く。とは段差の向こう側。周りを見れば立派な合同庁舎と、歴史上一片たりとも名の出なかった若い宗教の施設が見える。
 色が変わったと思われた路面は、向こう二百メートル程まで綺麗に舗装された、起伏一つ無い滑らかなアスファルトだった。
 
「ここは“回復床”だよ。志帆の画面右上にある、緑色のエネルギーゲージが回復しているのが見えるでしょ?」
 
「確かに。無茶をした体が休まる」彼女は笑った後に、はっと気が付いたような顔をした。「……そうか、そうだったのか。“ハヤブサ船長”の専用マシン“青いはやぶさ”のエンジンは、ペダルによる筋肉駆動あしこぎだったのか……ふっ。どうりで『大乱闘』では足が速いわけだ」
 
 な? と、きらりとした瞳で同意を求めてくる彼女に、私はにっこり微笑んで頷き返す。
 志帆はどんなゲーム・漫画ネタでも「一」を振ったら「十」で返してくるのが少し怖かったからだ。
 
「ていうか“加速板かそくいた”じゃなくて“ダッシュ床”だと思ってた」
「私もあの踏んだら加速する床の正式名称も原理も未だに分からない。現実には新千歳空港にあることだけは知ってる。『動く歩道』というらしい。」
「あー知ってる。勝手に“加速装置”って名付けてた」
「わかる。歩きながらあれに乗ったら加速するよなwww」
 
 私達はペダルを漕がなくても、滑るように進む路面に癒やされつつ先へ進んだ。
 
 私の自転車のカゴにある鞄には、日焼け止め等の生活品と、燃料集めるための適当な袋、火を点けるための百円ライター、念のため小型のナイフを入れていた。
 昨日も一昨日も晴れていたことから、ナイフで枯れ木を加工しなくともライターさえあれば火は容易に起こせることは分かっていた、しかし念のためだ。
 
 私の自転車と彼女の愛車の荷台には、落ち着いて楽しむために座り心地を重視したキャンプ用の椅子を一脚づつ積んでいる。
 
 少し重たかったが、焚き火においてリラックスするための椅子はめちゃくちゃ重要だ。まず、椅子を開いて地面に置いた時、背中やシート部分の生地が弛(たる)まないようなの少ないキャンプ椅子は、長時間座っているとお尻が痛くなるし疲れるんだよ。
 
 さっきのおふざけのおかげで、すぐに最寄りのスーパーマーケットの駐輪場に辿り着いた。
 
「よおブラザー、ここいらで物資の調達といこうぜ。武器を貸してくれ」
 
 志帆が木曜洋画劇場にいる陽気なアフロみたいな喋り方をする。私が鞄を投げ渡すと、彼女はそれを片手で受け取り、肩に背負った。
 
「おいおい、怪我人を出す気か?」私もマッチョな声で返答する。
 
「まさか。オレは怪我で苦しむ人を見るのはきらいだよ。誰も苦しませたくはない」アフロは本当に嫌そうに言った。そして敬虔な信者のように両手を組む。「オレ達が帰る頃にはきっと、今日のことを神に感謝しているさ。――生きている奴がいれば、な」
 
「イカれた野郎め! 地獄へようこそ!」
 
 おかしくなったように、ひゃははと笑うアフロに向けて私は、SPAS12を腰だめ打ちする。ズドン! という私の声と共にそいつは「あ……あ……あめま!」と言って爆散した。
 
 私達はスーパーマーケットで飲み物とアルミホイル、それで包んで焼いたら美味しそうな食材を選んで購入する。先程のやりとりを思い出してニヤニヤする私の顔を誰かに見られていなければいいが。
 
 なお、お互いの選んだ品物は見ないようにした。それは現地に着いてからのお楽しみとする。食材が被ったらどうするとかは考えないこと!
 
 二人でスーパーから出た際に、私は見上げるように志帆に笑顔を向けたら、彼女も微笑みながらこちらを見ていた。
 私達は再び自転車に乗り込み、私が先導して河原への道を行く。
 


 
 続く

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クアドロフォニアは突然に

七星満実
ミステリー
過疎化の進む山奥の小さな集落、忍足(おしたり)村。 廃校寸前の地元中学校に通う有沢祐樹は、卒業を間近に控え、県を出るか、県に留まるか、同級生たちと同じく進路に迷っていた。 そんな時、東京から忍足中学へ転入生がやってくる。 どうしてこの時期に?そんな疑問をよそにやってきた彼は、祐樹達が想像していた東京人とは似ても似つかない、不気味な風貌の少年だった。 時を同じくして、耳を疑うニュースが忍足村に飛び込んでくる。そしてこの事をきっかけにして、かつてない凄惨な事件が次々と巻き起こり、忍足の村民達を恐怖と絶望に陥れるのであった。 自分たちの生まれ育った村で起こる数々の恐ろしく残忍な事件に対し、祐樹達は知恵を絞って懸命に立ち向かおうとするが、禁忌とされていた忍足村の過去を偶然知ってしまったことで、事件は思いもよらぬ展開を見せ始める……。 青春と戦慄が交錯する、プライマリーユースサスペンス。 どうぞ、ご期待ください。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

量子迷宮の探偵譚

葉羽
ミステリー
天才高校生の神藤葉羽は、ある日突然、量子力学によって生み出された並行世界の迷宮に閉じ込められてしまう。幼馴染の望月彩由美と共に、彼らは迷宮からの脱出を目指すが、そこには恐ろしい謎と危険が待ち受けていた。葉羽の推理力と彩由美の直感が試される中、二人の関係も徐々に変化していく。果たして彼らは迷宮を脱出し、現実世界に戻ることができるのか?そして、この迷宮の真の目的とは?

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

マクデブルクの半球

ナコイトオル
ミステリー
ある夜、電話がかかってきた。ただそれだけの、はずだった。 高校時代、自分と折り合いの付かなかった優等生からの唐突な電話。それが全てのはじまりだった。 電話をかけたのとほぼ同時刻、何者かに突き落とされ意識不明となった青年コウと、そんな彼と昔折り合いを付けることが出来なかった、容疑者となった女、ユキ。どうしてこうなったのかを調べていく内に、コウを突き落とした容疑者はどんどんと増えてきてしまう─── 「犯人を探そう。出来れば、彼が目を覚ますまでに」 自他共に認める在宅ストーカーを相棒に、誰かのために進む、犯人探し。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

処理中です...