あなたがそれを望むなら! ~私はストーカーをしてしまう人に全力の愛を贈ります~

極限環境微生物

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1話 21世紀の精神異常者 

本で読んだ、物語の始まりみたいに

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 明るく晴れた土曜日の朝。五月の半ばになる極北きょくほくの地は、朝夕の風は冷たいが太陽の光さえあれば快適な暖かさになる。
 
 私は北海道のこの季節の早朝が大好きだった。冷えた空気が気分を清澄クリアにしてくれる。何よりこの遊具の少ない小さな公園から見える、大きな青空と風景だ。
 朝露で濡れた新緑の葉や軽やかな白、放たれる黄色、瑞々しい水色、まさしく色々な花たち。その目に映るすべてが日の光に照らされきらきらと輝く光景は、小さい頃に本で読んだ、物語の始まりみたいに爽やかそのものだった。
 
 静かな公園のベンチで読書をしながら、終わりかけの春の香りを聴くのも心地いい。
 ……おっと。自然さんを褒めちぎっていると、涼しげな風をつかって私のあごまでのショートヘアをさらさらとなでてくれた。
 
 私はこの小さな公園で端末に繋がったイヤフォンを耳に当て、朝食の時間まで本を読んで過ごす事が休日の日課になっていた。
 その後は予定があれば家族と出掛けたり、友人と遊んだりもする。そうでなければ自室にこもってゲームやネットサーフィンなどのインドア活動をするのが私の楽しみ
 
 しかし目や耳から入る情報に夢中になってしまい、お昼まで中々家に戻らないことも多々ある……。
 
 【7:00】ピコ♪ スマートフォンのチャットアプリに着信がある。同期生の村井志帆むらいしほからだ。
 
北原きたはら今日あそぼー。焚き火たきびしたい」
 
「いきなりすぎて草」
 
 公園内に掲示板に、一ヶ月ほど前にこの付近で小火騒ぎがあったという張り紙がされていたのを思い出し、写真に撮って添付する。
 
「ご飯食べてちょっとしたら北原家行くわ」
 
 それは無視された。
 
「おk」
 
 志帆とは一ヶ月半前の、高校に入学してからすぐに行われた学外レクリエーションで初めて出会い、そこで仲良くなった友人だった。
 隣のクラスではあるが、一緒に居ることが多い。というより学校での昼食もいつも二人で食べるくらいには一緒だった。
 
 ……さてと。用事も出来た事だし、本を閉じるとする。
 いつもより早いがもう家に帰ろう。私の自宅は公園から歩いてほんの十分程度で到着する。
 
 この小さな公園は閑静な住宅街の一角に位置していて、小さな木々に囲まれた敷地から出ると、私でも分かるくらい立派な家が建ち並んでいた。
 その中には、私の通う高校のクラスメイト且つ吉川教諭よしかわきょうゆのご自宅もあった。その家の道路側に面した窓からは、週末の予定を確認しながら朝食を囲む姿が目に入った。
 
 吉川先生は学校に居るときよりもずっとずっと優しい顔をして笑っている。そんな家族団欒を見て、これこそが心穏やかな日常だと思った。
 
 
 ――――――――――――――――――――
 
 
 私が朝食を済ませる頃には日がすっかり高くなり、白い壁紙の自室にも多くの光が差し込む。窓を開けてレースカーテンを引けば、上着を羽織らなくてもいい程の快適な気温になっていた。
 
 私の部屋の本棚には哲学や宗教、歴史、科学、数学、その他などのジャンルが並ぶ。私は鞄にしまいこんでいた新興宗教についての本をその他のコーナーに戻した。
 
 簡素な作りの机の上には、モニターを二枚と、スピーカーを設置している。足元にはゴツい黒色のデスクトップPCを詰め込んでいた。もちろんPCチェアやキーボード、マウスに至るまで、私が“本気”を出して買った品だ。三つ合わせてお年玉一年分のお金が吹き飛んだ。いや、もっとだっただろうか……。そして今思うとデュアルモニターはなんで買ってしまったんだろうと少し後悔した。
 
 他にも机のすぐ横の黒い棚には、カメラ機器やプリンター、楽器等の録音機器があったり、趣味のエレキギターのワイヤレスシステム等も入れていた。
 一応は取り出しやすいように整頓して、無線機を含む機材類を机の周りに固めて置いていた。不要物が整理されているとはいえないが。
 
 部屋のテーマを言うとすれば、黒と白を基調としたスタイリッシュなPC部屋である。
 
「なんだこの部屋……。北原お前……! “男”だったのか……」
 
 初めて志帆が部屋に来た時、私の慎ましく主張しない胸を両手で触って言ったセリフである。これを聞いていた姉がバカにするように手を叩いて部屋に入ってきたことを思い出す。
 
 たしかにこの部屋はよく、女の子っぽくないねと言われる。
 ……べつにいいじゃないか! 女が全員ピンクのカーテンで枕元にはくまのぬいぐるみを置いていて、マグカップに紅茶を注いで小さなテーブルにつき読書や音楽を聴いて、夢見がちにほわほわして過ごしているなんてのは刷り込みによる幻覚だ!
 
 いや、訂正しよう。そういった可愛らしい女性は確かに存在する。
 
 しかしそれは彼女達の愛されたい、可愛く在りたいという願望から生まれる、良い意味での“努力(ぶりっこ)”である。
 弱々しくいることが女性“らしさ”という思い込みにも近いに、ある者は疑問を、ある者は反骨の意思を持ちながらも演じきることで、結果的には男性諸君に『この世は捨てたもんじゃない』という夢を提供しているのだ! なんたる健気なことか! その“努力ぶりっこ”は尊敬に値する。そうは思わないか! ついでに私も敬え!
 
「おっす北原。……いま何してたの」
 
 ノックと同時に部屋に入り込んでくる志帆は、いつも通りクールな顔をしている。
 私は何もしてないよと言うしかない。
 
 彼女は少々、表情での感情表現に乏しいフシがある、らしい。半分表情かおが見えないとか、みんなが言うからそうなんだろう。
 私には感情を表に出さない無表情な、三毛猫を思わせる可愛い顔立ちとしか思わなかった。
 
 そんな志帆も、いつもの栗色のゆるいポニーテールが、明らかに高めポニーテールになっていて、彼女のテンションが上がっていることが伺えた。
 
「おっはよー。……って、ずいぶんガチな服装で来たな」
 
 さらっとした素材の茶色のマウンテンパンツと深緑のポロシャツ。背負っている20Lのザックにも沢山のアイテムが揃っているらしい。ボトムスのベルトループにワークキャップ取り付けられていた。その帽子の配色はシャツに合わせて深緑だったが、差し色に明るい黄色のロゴが入っている。
 私は志帆に、今日のコーデはスポーティだけど差し色が女の子っぽくて可愛い、と素直に伝えた。
 
「……今日は|焚き火にいくんだぞ。北原は服装が可愛すぎ。――誰の心に火をつける気なんだ?」
 
 っ。にやけそうになるが耐えた。
 
「……さむ!」 いいから脱げ、とバンザイさせられた。ひぃー。
 
 彼女の唇の位置に私のおでこがあるくらいの身長差だからか、簡単に脱がされてしまった。
 
「Tシャツは良いけどワンピースじゃなくてオーバーオールにしとけ。ポケットに軍手も忘れるな。後は風が吹くと体が冷えるから――」
 
「分かったって。私もやっとやる気に燃えてきたんだから、バーンburnと構えててよ」
 
「……!」志帆は、やるじゃないか……! とでも言いたそうな目をして言った。「さっきまで燻ぶっていたのに言うじゃないか」少し間が空く。「いま吐き出した言葉、ビビって変えん火炎じゃねぇぜ?」
 
  表情こそあまり変わらないが志帆が楽しそうに応えてくる。しかし私は、
 ――この面白いこと言おうとして考えてる時の、微妙に遅れる会話のリズムきらい。
 ――分かる。
 
「はい、一発目の漫談で場も暖まったようで。……え? 冷えた? うるさいよ。どうもありがとうございましたー」真顔で締める志帆。
 
「草」そんな彼女を冷ややかに横目で見た。
 
「あんたら面白すぎるでしょ。けるわー」
 
 開けっ放しの部屋の入り口には、上下スウェットで寝巻き姿の、私の姉が立っていた。
 
「歩(あゆみ)さんおはよーございます」
「お姉ちゃん、もう締めたのにそれはご法度だよ」
 
「志帆お疲れー。カタいこというなよ望(のぞみ)」それよりさ。と言ってから声色が暗くなる。「二人でキャンプしに行くって言ってたけど、気をつけて。最近この近くで変質者……というか不審な人物が出たらしいから」
 
 姉は太ってはいないが丸い印象を受ける顔だった。そのたぬき顔が真面目な口調で説明を続ける。
 
 不審な人物による被害を受けた人が居るかは分かっていないが、定期的に現れて物陰や道の端にずっと居るそうだ。
 実害を受けているのは私だが、平静を装った。
 
「大丈夫だよお姉ちゃん。その時は私がお父さん直伝の逮捕術で「あんたは、……格闘技向いてないからだめ」……。」
 
 言い終わる前に制止しないでよ……しかもそんな語気つよく言わなくても……。
 
「任せて下さい歩さん。襲ってきた瞬間 私の丸太のような足蹴りが変態の股間をつぶす」志帆はドヤ顔でなんか言ってる。
 
「んーよく分からないけど戦うの自体がだめ」
 
「もー分かってるよ。相手の姿が見えたらすぐに逃げるし」うんうんと姉が頷く。
 
「もし捕まっても、志帆に無理やりやらされたんですってその警察の人には説明するから」
 
「うん、そうそう。警察が来たら素直に替え玉を差し出そうね。ってお前が職質されるんかい!」
 
「歩さんすげぇ……。ノリ突っ込みって難しいのに」
 
「志帆は自分が警察に差し出されてることに突っ込めよ」
 
「いやー焚き火自体が微妙に違法性高いというか……」
 
 志帆が口を滑らせてしまった。姉からは、あんたらキャンプ場でバーベキューをしに行くんじゃなかったのかと、鋭い目付きで指摘を食らったが何とか志帆がかわした。
 
 姉は深いため息をついて仕切り直す。
 
「とにかく、そういう輩がいるんだよ。いつも言ってるけど防犯グッズを用意しろ、適切に使え、人の気配や街灯のない道は歩くな、そして常日頃から警戒をしろ」
 
 深刻な顔をしながら言葉を選ぶのは過去の経験からだろうか。
 
「「はい」」
 
「よろしい。ならばキャンプを楽しんでくるがよい」
 
 姉は、よく見せる不敵な笑みを浮かべて部屋から立ち去っていった。
 
 
 
 
 
 
 こうして私はやっとTシャツと下着だけの状態から服を着ることが出来た。
 
 
 続く
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