月の婚約者

akira

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 その日、涼平はどうしようもない感情に揺さぶられて、授業を放っぽり出した。
 アルバイトを探しながらも、涼平は大学で行われる作品展に向けての課題に取り組んでいた。しかし、進捗は順調ではない。去年のいまごろはもっと胸を躍らせ、目を輝かせて絵を描いていたように思う。
 去年、絵画部門でグランプリを受賞したのは、卒業生でも、上級生でもなく、涼平と同じ学年の蓮見はすみという学生だった。
 涼平は手をとめると、教室の壁にかけられた生徒たちの絵を見回した。蓮見の作品がそのなかでひときわ異彩を放っているように思う。
 彼は主に風景画を描く。特にそのなかに多く描かれているのが植物だった。
「植物が持つ命の輝き、生命力の不思議、太古からの魂の連鎖、それらをさまざまなタッチで描く彼の絵は、見る者によっては抽象的にも具象的にも捉えられる」
 グランプリを受賞したときの審査員のコメントがそれだった。
 その蓮見はというと、友人に囲まれながら課題に取り組んでいる。みんなが殺気立っているなか、あの一角だけがまるで平和だ。
 彼は、同学年の涼平からみても本当によくできた人間だった。いや、できすぎているといっても過言ではない。絵の才能がありながら、それを鼻にかけることもせず、他人の絵を素直に評価し、その良さを認め、さらに高みを目指そうと努力する。それが涼平が思う蓮見という人間だった。
 芸術家というものは孤独でなくてはならない。どこの誰だか忘れたが、そんなことを言った人間がいた。当時はわからなかったが、いまならわかる気がする。
 涼平自身、自分の作品が仕上がるまでは、ほかの誰の作品も見たくはなかった。その作品に引っ張られてしまうということもあるが、何よりの理由が自分の精神安定のためだった。ほかの人間が描いた絵を見て、それを真正面から受けとめ、現実に引き戻されてしまったら、もう自分の作品には向き合えなくなってしまうのだ。
 そんなことを考えながら筆を動かしても、当然のことながら集中なんてできない。上手に描きたい、誰にも、何より自分に負けたくないという気持ちが、涼平の目を曇らせてしまう。上手に描くとはどういう状態なのか。勝ち負けの問題なのか。いやそもそも芸術に順位をつけるということがどうかしてるのだ。だったらなぜ自分はいまこうしてエントリーするための絵を描いているのか。
 涼しい顔で仲間に囲まれ、常に最高の絵を描く蓮見と、こうしてうだうだと悩みながらいまにも自爆しそうな自分には、いったいどんな違いがあるというのだろう。最近では、自分の持ち味だったり、カラーだったり、そういうものまで疑い出している。蓮見のようなタッチなら自分ももっと評価されるのだろうか。
 くだらなかった。自分は評価されたいために絵を描いているのではない。では自分は何のために描いているのだ。こんなに苦しくてたまらないというのに。
 わかっている。血反吐を吐いてでも、ひとの良さを認めることのできる人間だけが前に進むことを許される。結局自分に足りないものは、才能でも練習でもなくて、人間としての器なのだ。
 こうなったらもうだめだった。きょうはどう頑張ったってこれ以上描ける気がしない。いますぐ家のベッドに寝転がって、何も生み出さないただの塊になってしまいたい。
 鉛のようにずっしりと重くなった体を引きずってどうにか大学を出た。電車に揺られながらぼんやりと外の景色を眺める。胸が苦しかった。おもいきり泣いて叫びたいのにそれができないのは、涼平が大人になってしまったということなのかもしれない。案外、大声で笑うことよりも、大声で泣くほうが大事だということだ。いやに不器用にばかりなっていく。これが大人になるということだというのならば、この先は真っ暗闇だった。
 最寄り駅にたどり着いたときには、砂漠を彷徨ったほどぼろぼろになっていた。あともう少しでベッドだ。ふらつく足でどうにか前に進んでいると、やがてレイラの前を通りかかった。ちょうど雨宮が客を見送っているところだった。
「涼平くん。こんな時間にめずらしいね、いま帰りかい?」
 店のなかからコーヒーの香ばしい匂いが漂ってくる。いますぐベッドに飛び込むのもいいが、彼の店で気持ちを入れ替えてからでも遅くはない。
「空いてるかな?」
「いつもの席には先客がいるけれど、ほかの二階席なら空いているよ」
 構わなかった。きょうはもう絵を描く気はない。店に足を踏み入れると、店には客が三人いた。一階のソファ席に女性がふたりと、二階席の涼平がいつも座る席に男がひとり。男は頬杖をついて壁にかけられた父親の絵を眺めている。顔は見えないが若そうに見える。長い前髪をひっかけた、ゴールドのピアスがついた耳の形がとても繊細だ。
「いつものでいいかい?」
「ああ、頼むよ」
 階段を上るにつれて、男の背中が近づく。あの席に座っているのがあのひとならどんなにいいかと、涼平は疲れた頭で考えた。
 もしあのひとだったのなら、そんな奇跡がまた自分の身に起こるのなら、起こってくれるのなら―この店に隕石が落ちようが、世界がひっくり返ろうが、自分はもう迷いはしないのに。そんなありもしないことを考えていた、そのときだ。
 涼平の足がひとりでにとまった。男が振り返ったからだ。心臓がばくんと音を立てて脈打ち、体温がいっきに上がる。
「まさか……」
 それ以上は言葉にならない。信じられなかった。振り返った男が、彼だったからだ。
「まさか本当に会えるなんて」
 自分が口に出してしまったのかと思った。だが違った。彼のほうが言ったのだ。
「どうしてここに」
 今度は間違いなく涼平がそう言った。
「この店にいれば、いつか君に会えるんじゃないかと思ったんだ」
 彼が立ち上がって涼平を迎える。体格は同じくらいか、いや、彼のほうが少し華奢だ。背丈だって涼平のほうが少し高い。座ってくれ、と、向かいの席を勧められる。なぜ彼がここで自分を待っていたのかさっぱり見当がつかないが、椅子をひいてリュックをその背にかけてから腰をおろすと、彼もまた向かいに座り直した。これは夢なのかもしれない。だとしたらいつから夢なのだろう。
 もしかしたら、あの電話のことでもっと詳しい内容が知りたいとか。それともあれからすみれさんと藤岡という男に何かあったのだとか。しかし、そのことで自分に何かを訊きに来たというのなら、残念だが力になれる自信は全くない。なぜなら藤岡という男とは電話でほんの数秒話しただけ、いや、一方的に話を聞いただけで、会ったこともなければ、それ以上の関わりがないからだ。
 ぐるぐる考えを巡らせていると、
「まずは改めてお礼を言わせてくれ」
 と、彼が言った。
「何のお礼ですか?」
 懐からなにかを取り出し、涼平の前へと滑らせる。それは名刺だった。
「サーカス マネージャー」という文字が筆記体の英語で記してあった。はっとして顔を上げると、彼が何も言わずにうなずいた。
 続いて涼平は、その下に印刷されている彼の名前に目をこらした。「玲」とある。
「れい、さん?」
「それは源氏名だ。本名はすみれというんだ」
「じゃあ、あなたが」
「男のくせにおかしな名前だろう。産まれてくる子供が男か女かもわからないうちに父親が名前をつけたものだから」
 困ったふうにほほ笑む彼を見て、自然と涼平の頬まで緩んでしまった。
「どんな字を書くんですか?」
「さんずいの澄に、その玲ですみれだ。浅い深いの浅に、野原の野で浅野澄玲あさのすみれ
 頭のなかで漢字を並べてみる。
「おかしなことなんてない。綺麗な名前だ。あなたにぴったりだと思います」
 自分でも何を言っているのかちんぷんかんぷんだが、間違ったことは言っていない。
「ありがとう」
 また真正面から笑いかけられて、みるみる顔が熱くなる。そこで雨宮がコーヒーを届けにきた。
「涼平くん、彼と知り合いだったのか。彼も君と同じで、いつもこの席でコーヒーを飲むんだよ。この席に座るお客さんはそう多くないんだ。そんなふたりが知り合いだったなんて、なんだか運命的だね」
 誰かが雨宮を呼ぶ。ごゆっくり、と言い残すと、彼は行ってしまった。そのとおりだ。まさに運命だ。
「ふだんはもっと遅い時間帯に来るんです。それで会うことがなかったんですね」
 涼平がそう言うと、澄玲もうなずいた。
「あの日、君は女性を探していた。自分が澄玲だと名乗り出ることが気恥ずかしくて、それでとうとう最後まで自分が落とし主だと伝えることができなかったんだ。おかげでせっかく君が届けてくれたのに、何の礼もできないまま帰してしまった。改めて言わせてほしい。届けてくれて本当にありがとう」
「とんでもない。僕も最初から女性だと決めつけて探していたのが悪かったんです」
「すみれなんて名前の男はそういないさ」
「何だって疑ってかからないと。僕が推理小説の刑事なら、きっと一生犯人を捕まえられない窓際刑事だ」
 澄玲がくすくすと笑う。
「あえて窓際族を装うことで、爪を隠す鷹だっている。それに君は刑事というより、もっと爽やかな物語の主人公のほうが似合いそうだけど」
「運命的に出会った年上のひとに恋をする恋愛小説の主人公とか?」
 とうとう澄玲が声に出して笑う。
「そうそう。そっちのほうが似合う」
 つられて涼平も笑った。
「もっと早く届けることができたらよかったんですが。三日も端末がないんじゃ不便だったでしょう」
「あれはオーナーから預かった端末で、仕事用のものは別に持っていたから、さほど不便じゃなかった。というよりも、失くしたことに気づいたのも、君が届けに来てくれた朝のことだ。藤岡という男は常連客だったんだ。でもしつこく誘われて腕を掴まれた拍子に郵便物を落としてしまって、そのときに本名を知られてしまったんだ。どうしたものかと困っていた。君が電話に出てくれて感謝したいくらいだ」
 澄玲は続けた。
「僕もこの店にはよく来ていたし、もしかしたらいつかまた君に会えるんじゃないかと期待はしていたんだ。でもまさか、それもこんなに早く会えるなんて」
 コーヒーを口に運ぶ時間すら惜しい。一秒だって彼から目を逸らしたくなかった。
「大学生?」
「ええ」
「専攻は何かな」
「油絵を専門に描いています」
「じゃあ、美大か芸大に?」
「芸術大学です」
「画家のたまごというわけだ」
 澄玲がコーヒーカップを口に運びながら相槌を打つ。
「そんな大したものじゃないんです」
 謙遜ではなく、本当のことだった。カップをソーサーに戻すと、澄玲は涼平から目を逸らして壁の絵を見た。
「僕はそっちの分野にはさっぱりなんだ。正直に言って、ピカソもゴッホもよくわからないけれど、この絵はとても好きだ。初めてこの店に入って絵を見たときは衝撃を受けたよ。それもこの席から眺めるのが一番いい。気持ちが落ち着く。マスターの淹れるコーヒーももちろん好きだけど、この絵が好きでこの店に通っているのかもしれない」
 ここで、この絵を描いたのが自分の父親なのだと告げると、澄玲は驚くだろう。驚き、目の前にいる彼曰く画家のたまごの自分に関心を示すに違いない。
 だが涼平は言い出せなかった。いや、言いたくなかった。自分が絵を描いてさえいなければ、きっと何も考えずに父の絵なのだと告げていただろうと思う。涼平は少なからず嫉妬していた。彼に衝撃を与え、ここに通いたいと思わせるほどの絵を描いた父親に。そんな父の影をちらつかせ、自分を大きく見せるようなことだけはしたくない。
 だが、父の絵だと告げるかわりに、彼に訊いてみたいことならあった。
「澄玲さんは、この絵を見てどんなふうに思いましたか?」
「なるほど。そうきたか」
 彼が頬杖をつき、改めて絵を深く感じとろうとする。なんということだ。顰めた眉の形まで素敵だ。長い沈黙が続く。そのあいだに涼平はコーヒーを口に運んだ。大してまだ関わりのない年下の男から投げられた質問に真剣に悩む姿から、彼の真面目な性格と、それからやはりこの絵に対して真摯でありたいという姿勢を感じた。
 澄玲がもう一度こちらを見て「君はどう思うんだい?」と、訊いた。
「僕ですか?」
 涼平は一度だけ絵を見やった。改めてまじまじと眺めなくたってもう決まっている。
「なんて寂しい絵なんだろうと思う。桜はもう散ってしまっている。満点の星空だったならまだ印象は違ったかもしれない。でもあいにく星は一つも出ていない」
 そこで言葉を切る。十秒ほど黙っていたが澄玲が続きを催促することはなかった。自分の話に興味がないのではなく、涼平が言葉を整理するまでのこの静かな時間を、彼もまた味わっているのだと思った。
「もしかしたら」と、言いかけて、また言葉をとめる。そこでようやく澄玲が「続けてくれ」と言った。
「もしかしたら、この桜はもう次の春に花を咲かせるほどの生命力が残っていないんじゃないか、そんな儚ささえ感じてしまう。一つの命が死ぬ。その瞬間を描いた作品だと、僕はそう思います」
 澄玲が改めて絵を眺め、それから涼平の言った言葉をさらに噛みしめるように一度だけ目を閉じた。長い睫毛が頬に影を落とす。
「命が死ぬ瞬間、か」
 ひとりごとのようにそうつぶやいてから、目を開けて涼平をまっすぐに見た。
「僕は君とは正反対だ。なんて力強い絵なんだろうと思った」
 澄玲が続きを言う。
「この画家がどういうひとで、どんな気持ちでこの絵を描いたのか僕にはわからないけれど、この桜は散っているのではなくて、これから咲くんじゃないかと思う」
 その瞬間、涼平は息をのんだ。
「この絵は命が死ぬ瞬間ではなくて、まさに命が芽吹く瞬間を描いた絵なんじゃないかと、僕は思うんだ」
 頭を後ろから思いきり殴りつけられたような強い衝撃を受けた。
 澄玲がこの絵に持つイメージに対してもそうだが、腐っても画家のたまごである涼平の前で、そっちの分野にはさっぱりだとまで言った彼が、一つの絵に対して感じた自分の考えを、それも相手とは正反対の考えを、全く臆することなく自分の言葉で真正面からぶつける、彼のその芯の強さに圧倒されたのだ。
「……きっとあなたの意見が正しい」
 おもわず涼平は口にした。
「絵に正解も不正解もないのは、君が一番よく知っているはずだ。ただ、僕の意見がこうだったというだけ。すぐに花を咲かすことは難しいかもしれない。それでも必ずいつか、この木は満開の花を咲かせる。この桜にはそれだけの力があることを画家は知っている。そんな気がするんだ」
 言い終えると、彼はコーヒーを口に運んだ。
「実はこの絵、僕の父親が描いたんです」
 自然と言葉が舌の上に転がり落ちてきた。
「え?」
 カップを宙に浮かせたまま、澄玲が硬直している。
「申し訳ない。そうとは知らずに好き勝手なことを言ってしまった」
「いいえ、そういう意味じゃないんです。単純に僕が知りたかったんです。この絵にはどういう意味があるのか。自分ではこの絵を客観的に見ることが難しくて」
「お父様はいまでも絵を?」
「いえ、十年前に自ら命を絶ちました」
 澄玲が黙り込む。
「この絵は父が遺したたった一枚の絵なんです。ずっと寂しい絵なのだと思っていた。でもきょうあなたの意見を聞いて、もしかしたらそうなんじゃないかと、いいや、そうだったらいいなと思いました」
 そう言うと、澄玲がほっとしたように背もたれに体を預けた。
「そのひとの数にだけ感じるものがあるさ。僕の意見も、君の意見も、どちらも間違っている可能性だってある」
「それはわかっています。でも、なんというか、あなたは強いひとだ。ほんのわずかな光から、希望を見つけることができる。きっと人生のどんな局面でだって負けることはない」
 涼平がそう言うと、一瞬、澄玲の表情が曇った。何かいけないことを言ってしまったのかと思ったが、すぐに澄玲は何もなかったかのようにほほ笑んで「そんなことはないさ」と小さな声でささやくのだった。
 涼平が澄玲に違和感を感じたのは、その一瞬だけだった。というのも、それから澄玲は涼平の大学での生活や、描いている絵のことを詳しく訊きたがったので、それどころではなくなったのだ。涼平は求められるがままに話した。
 ふたりの話題はそれだけにとどまらなかった。よく読む本や、影響を受けた映画、好きな植物、それから空の色や天気の話から、街の様子、政治や国の情勢や、宇宙の成り立ちや、生命の原点に至るまで、話したって話したって飽きることはなかった。他人から見たってふたりのあいだには何か特別なものが流れているに違いない。
 澄玲とはおそらくひと回り近く年が離れているだろう。だが、彼は自分の経験を武勇伝みたく話したり、涼平に対して説教じみたことを言ったりしなかった。知らないことに対しては素直に知らないと言い、涼平にそれは何なのかと貪欲に訊きたがった。自分と意見が違うからといって口論めいたことをしない。なぜどうしてそう思うのか、何がきっかけでそう思うようになったのか、そこを深く訊ねて議論を深めようとするのだ。
「弁当屋でよかったら募集している店を知っている」
 と、澄玲が言ったのは、アルバイトを探しているという話にさしかかったときだった。
 それは新宿二丁目にある弁当屋で、ちょうどひとが抜けたばかりでなかなか見つからないのだという。時給と、詳しい場所とを言ったあと、付け加えるように言った「バーのオーナーが経営している店だから、僕もよく顔を出すんだ」を聞き終わらないうちに涼平は立ち上がってしまうほどの勢いで「その店、まだ募集してますか?」と、訊いていた。
「まだ探していたはずだが、でも君くらい若ければなにもそこじゃなくたって」
「絵を描くためには人間観察が最も必要なんです。自分の知らない街で、たくさんのひとを見る機会のある仕事ならぜひやってみたい」
 それらしい理由を並べると、君は努力家だな、と、澄玲が関心した。少しでも彼のそばにいたいというのが一番の理由なので彼の反応は少し後ろめたかった。
「連絡をとってみよう。でもその前に確認しておきたいことがある」
「なんでしょう」
「非常に訊きにくいことなんだが」
 と、前置きをしてから、言った。
「恋愛対象は女性かな?」
「えっと、一応」
「それで第一関門はクリアだ。ストレートの男か、女性を探しているんだ。過去に面倒があったらしくてね」
 それだけでオーナーの抱える悩みが全部わかってしまったような気がした。
「そういえば、名前を聞いていなかったね」
「涼平といいます。橘涼平たちばなりょうへい。木へんの橘に、涼しい平と書いて涼平です」
「涼平くん、か」
 澄玲が呼ぶ自分の名前は、まるで別の誰かの名前のように新鮮な響きがあった。
 レイラを出ると澄玲がオーナーに連絡をとり、面接の日取りを決めてくれた。来週の水曜の五時に、場所はサーカスだ。
 彼を駅まで送るあいだも、ふたりはあしたの天気のことや、他愛のないことを話した。彼を改札で見送り、その背中が見えなくなってから、そこで初めて涼平はきょう大学の授業を放り出したことを思い出した。
 あんなに疲れ果ててベッドに倒れ込みたいと思っていたのに、いまはこの改札を飛び越えて彼を追いかけたい気持ちでいっぱいだ。改札を抜ける術はいくらでもある。だが、ここを越えることがいまの自分には難しいことくらい、涼平はわかっていた。
 結局、最後まで肝心なことはなにひとつ聞けずじまいだった。恋人はいるのだろうか、結婚はしているのだろうか。恋愛対象はやはり男なのだろうか。
 涼平は空を見上げてその場に立ち尽くした。
 もうじき、夏がやってくる。
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