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15話 佐倉さんは気にし過ぎ

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 僕を殴り終わった野田くんが佐倉さんのところに行ってなにか話しかけている。

 細かいところまでは分からないけどなにかに誘っているみたいだけど……。

 つい心の中で野田くんを応援してしまう。

 そのまま佐倉さんを連れて帰ってほしい。

 あ、でも、そうなったら一宮さんか白井さんに変わるだけなんだろうか?

 ……それはそれで困る。

 一宮さんも白井さんも佐倉さんより性格悪そうだから、イジメの内容も酷くなるかもしれない。

 でも、そんな心配も意味はなくて、野田くんはしつこく誘い続けていたけど結局断られたようだった。

 …………腹いせって感じで一発僕を殴ってから野田くんは帰っていった。

 流石に理不尽だと思って……いつものことかと思いなおした。



 今日も教室から誰もいなくなるのを待って、佐倉さんと一緒にサッカー部の部室に向かう。

 今日もいつの間にやら土砂降りの雨になっていたからサッカー部は休みなんだと思う。

 これで3日連続だけど、大丈夫なんだろうか?

 そんな余計な心配をしちゃうくらい、今日は佐倉さんが話さない。

 部室につくまで話をしてこないのはともかく、部室に入ってもなにも言ってこないのはどうしたんだろう?

 なんの指示もないので、僕はドアのところで立ったまま佐倉さんを眺めていることしか出来ない。

 佐倉さんはベンチに座ったまま、また初日みたいにスマホを見ているんだか見ていないんだか分からない状態になっちゃってるし……。

 なんだろう?もしかして帰って良いのかな?

 いっそのこと聞いてしまいたいけど、やぶ蛇になっちゃっても嫌だし……。

 とりあえずなにか当たり障りのない話をして……。

「あ、あの、なんで野田くんと帰んなかったの?」

 言ってから気づいた。

 これじゃ帰ってほしかったのが丸分かりになっちゃうんじゃないだろうか。

「…………あんな見え見えの誘い、乗るわけないじゃない」

 心配をよそに、なにも気づかなかったらしい佐倉さんは平然とした様子で返事をしてきた。

「見え見えの誘いって?」

 それならこのまま話を続けて「帰って良い?」と聞くチャンスを伺おう。

「そ、ナンパ……とは違うか。
 まあ、私をなんとかしたいっていうのが見え見えの誘いよ」

 佐倉さんの言っていることは僕にはちょっと難しかったけど、『ナンパ』と聞いてちょっと疑問に思った。

「あれ?佐倉さんって野田くんの彼女じゃなかったの?」

 野田くんはそう言ってたけど、彼女をナンパするっていうのは変な話な気がする。

「私が野田くんの彼女?ジョーダン」

 そう言って鼻で笑う佐倉さんは……なんか『心底イヤ』と思っているように見えた。

「知ってる?
 最近、野田くんたち三人でバンドの練習しているの」

 あ、うん、それは耳にした記憶がある。

 バンドの練習が忙しくて最近松戸くんとあんまり遊べてないって一宮さんもぼやいてた。

「あれ、男子だけって話になってるけど、実際には女子連れ込んで仲良くやってんのよ」

「仲良く……?」

 佐倉さんは不機嫌そうにしているけど仲良くすることは良いことなんじゃないだろうか?

「そ、要するに私達に黙って女の子食いまくってんのよ、野田くんたちは」

 女の子を食べる……?

 もちろん例え話なんだろうけど、どういうことなんだろう?

 僕には分からないところも多かったけど、要するに佐倉さんは野田くんが他の女の子と仲良くしているのが気に入らないってことなんだろうか?

 そういうことなら、僕も分かる。

 いわゆる嫉妬ってやつだ。

「あ、あの……でも、だからって野田くんに冷たくしてると嫌われちゃうよ?」

 …………僕はイジメっ子になんのアドバイスをしているんだろう?

 思わず言っちゃったけど、こんな生意気なこと言ったら機嫌悪くされるんじゃ……。

「なにそれ、それじゃ、私が野田くんのこと好きみたいじゃない」

 だけど佐倉さんは機嫌を悪くするどころか、楽しそうに笑い出した。

「え?違ったの?」

「なにを聞いてたらそうなんのよ。
 私は野田くんが……あいつらが気持ち悪いだけ」

 気持ち悪い?

 野田くんはイジメっ子で性格は悪いけど、イケメンで話も楽しくて女子たちには人気があるみたいだけど……。

 なにが気持ち悪いんだろう?

 僕がわけ分からないって顔をしているのに気づいたのか、佐倉さんはさらに話しを続ける。

「坂東くんも気づいていると思うけど、私、松戸くんのグループからは少し浮いてるのよね」

 うん、それは気づいてた。

 他の5人は仲良しって感じでだいたい一緒にいるのに、佐倉さんだけは一応一緒にいるけどいつもどこかつまらなさそうにしている。

「まあ、もともと私が綾香の……友達だから一緒にいるだけだからそれも当然といえば当然なんだけど。
 って、これは関係ないわね」

 思い直したように話を区切って話題を変える。

「とにかく、私が松戸くんグループから浮いてるせいで、あのグループにいると入ってこない話が私には漏れ聞こえてくるのよ」

 松戸くんたちには入ってこない話し?

「女子たちの話聞いてると誰が誰としたって話ばかりですごいわよ。
 もう松戸くんたち入れ食い状態」

 …………えっと、話が難しなってきたぞ。

「流石にうちのクラスの子には手を出してないみたいだけどね。
 そんな事したら私達にも話が届きやすくなるから警戒しているみたい」

 ああ、これは分かるぞ。

 確かに同じクラスの中で誰かと仲良くしているとすぐ噂になる。

「そんな状態なのバレてるのに、私には「お前だけだよ」みたいなこと言ってきてさ」

 ようやく、野田くんに話が戻ってきた。

 …………でも、結局野田くんが他の子と仲良くしているのがイヤって話じゃないのかなぁ?

「どんなこと言ったって、頭の中はエッチなことしかないのに……ホント気持ち悪い」

 えっ!?な、なんでここでエッチなことの話が話題に上がってくるの?

 ど、どこにエッチな要素が……。

「…………ほんと……気持ち悪い……」

 佐倉さんは深刻な様子でそう呟いていて……。

 「もうちょっと詳しく説明して」と言える雰囲気ではとてもなかった……。



 そのまま佐倉さんはまた黙り込んじゃったけど……。

 話もよく分からなかったし、もう帰りたい……。

 動画撮影もしないみたいだし、まだ帰っちゃダメなのかなあ……。

 立ちっぱなしで足も痛くなってきたし……。

 イジメがエスカレートするのを覚悟で「帰らせて」と言おうと覚悟を決めたとき、佐倉さんが俯いたまま小さく漏らすように声を出した。

「坂東くんも思ってるんでしょ……」

「え?なにが?」

 僕の頭の中にあるのは「帰りたい」という思いだけだけど……。

「坂東くんもあたしのこと気持ち悪いと思ってるんでしょ」

 え?え?え?

 意味が分からない。

 どういう流れで佐倉さんが気持ち悪いって話になったの?

「そ、そんな事ないよ」

 話は全然理解できなかったけど、とりあえず否定した。

 なんか佐倉さんが泣きそうに見えて、とにかく否定しなくちゃと思った。

 だって、僕は本当に佐倉さんを気持ち悪いなんて思ってないんだから。

「嘘よ」

 いや、そんなにはっきり嘘って言われても……嘘ついてないのに困る。

「嘘じゃないって」

 そんなことを思ってしまったから、ちょっとムキになってしまった。

「嘘よっ!
 だって、昨日、聞いてたんでしょっ!?」

 昨日?聞いてた?

 何の話だろう?

「え、えっと……?」

「とぼけないでよっ!
 あんなにドアのそばにいて聞こえてないわけないじゃないっ!!」

 ドアのそば…………あーあーあーあー。

 ああ、あの佐倉さんの泣いているのか笑っているのかよく分かんない声のことか。

 なるほど、佐倉さんはアレを僕が気持ち悪いと思ったと思っているらしい。

 うーん……多分動画か何かを見てて、泣いたか笑ったかしてたんだと思うんだけど……。

「い、いや、アレくらい誰でもすることだし……」

 僕も映画見て泣いちゃったりバラエティ見て笑ったりなんて普通にしている。

 そんなに気にすることじゃないのになぁ。

「そ、そりゃ男子はそうなのかもしれないけど……」

「え?女の子も普通にしてるよ?」

 むしろ女の子のほうが映画とかでよく泣いてるイメージだ。

「う、うそっ!
 なんでそんな事坂東くんがはっきり言い切れるのよっ!!」
 
 いや、まあ確かにいじめられっ子から女の子の話を聞いても信用できないか。

 でも、そこらへんは問題ない。

「お兄ちゃんが言ってたし」

 なにかの時に泣ける映画では男性の半分くらいが、女性の8割位が泣いているって話をお兄ちゃんから聞いた覚えがある。

 僕はあんまり頭良くないけど、お兄ちゃんから聞いた話は忘れないのだ。

「は、はあ?お兄ちゃん?
 な、なんで坂東くんのお兄さんがそんな事知ってるのよ」

「え?お兄ちゃん早応の大学生だから」

 早応と言ったら僕ですら知っている有名な大学だ。

 そんなところに入れるほど頭の良いお兄ちゃんが言っていることなんだから間違いない。

「え?お兄さん早大生なの?
 え、でもだからって……。
 お兄さんなんの勉強してるの?」

「えっと……キョーイクガクブってところで先生になる勉強しているんだって」

 ……僕みたいな子の力になれる先生になりたいって言ってた。

 僕なんかのことでお兄ちゃんの将来を決めさせてしまったのが申し訳ないと同時に、そんなことを言ってくれるお兄ちゃんが本当に誇らしかった。

「え?教育学部ってことは性教育についての授業かなんかの話し?
 え?え?じゃ、本当にみんな……してるの?」

 僕がお兄ちゃんのことを思い出している間、佐倉さんはなんか難しいことをブツブツ言ってた。

 早く帰りたい。
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