上 下
102 / 117
第三章

28話 告げ口

しおりを挟む
 流石に逃げた痕跡を消す余裕まではなかったみたいで、二人を引きずった足跡が村の方に伸びているけど……。

 それ含めて罠や偽装かもしれないし、そもそもあまり村の方に近づくと人目がある。

 人に見られることなく奴らを排除できるチャンスだったのに、惜しいことをした。

 奴らを取り逃がしたせいで被害者が増えると思うとやりきれない思いが湧いてくる。

 …………。

 一つ大きく深呼吸をして逆だっていた気分を落ち着ける。

 落ち着こう。

 奴らはある意味で僕より上手だった。

 多少暴力を振るうのがうまいだけで何でも出来ると慢心してはいけない。

 とりあえずリーダー格の痕跡を改めて調べてみるけど、どうやら全力で木立の奥に逃げたと見せかけて道からすぐのところに身を潜めていたようだ。

 すでにこの時点で僕はリーダー格にしてやられていた。

 今回は逃げることを優先してくれたけど、ここで後ろから不意打ちでも受けていたらどうなっていたか分からない。

 魔物との戦いは真正面からぶつかり合う、ある意味では『正々堂々』としたものばかりだった。

 そのせいか僕はどうにも搦手に弱いみたいだ。

 そのことを心に刻んでおこう。



 千載一遇のチャンスを逃してしまったのは惜しいけど、これはイレギュラーなイベントだ。

 そもそもの目的の通り村長さん宅へ向かう。

 昼間は殆ど家にいることのない村長さんだけど、夕食が終わったこの時間なら流石に家にいるはずだ。

 …………そう言えば、今まで考えたことなかったけど村長さんは昼食時にも帰ってきたことがないけれど、いつもどこでなにを食べているんだろう?

 まあ、関係ない話か。

 余計な考えを頭から消して、村長さんちのドアをノックする。

「はーい」

 すぐにジーナさんの返事があって、ドアが開く。

「こんな時間に一体誰よ。
 ……あら、ハルトじゃない」

 そして来訪者が僕だと気づくと顔を近づけてきて声をひそめる。

「流石にこの時間はマズイわよ。
 うちの人帰ってきてるから外でいい?」

 ……?

 ………………っ!?

「ち、違いますっ!そ、村長さんに用事があってきたんですっ!!」

 あまりにあまりなことを言われたせいで一瞬なに言っているのか分からなかった。

 思わずこっちも小声になって必死で否定する。

「あら?そうなの?
 ちょっとー、マティスさんにお客さんよー」

 勘違いに気づいて、僕を家に招き入れてくれたジーナさんが村長さんを呼んでくれる。

 奥に入っていく女の子の後ろ姿が見えたけど……そうか、イェルカさんもこの時間なら家にいるのか。

 かと言って村長さんのいる時間に挨拶に来るのも嫌だしなぁ……。

 そんなことを考えているうちに、奥の方から村長さんが顔を出してくる。

「こんな時間に訪ねてくるなんてどこの非常識だ……」

「夜分に失礼いたします、危急の用事でしたので」

 挨拶をする僕を見て、村長さんの顔が嫌そうに歪む。

 僕だって用事がなければお前の顔見るのなんて嫌だい。

「なんだ貴様か……。
 悪いが今日はもうプライベートな時間なのでな、また明日以降に来てくれ」

 そう言って、奥に帰っていこうとする。

 僕も帰りたくなるけど、そう言う訳にはいかない。

「時間をわきまえずに訪れまして申し訳ありません。
 一刻も早くお耳に入れないと村の……村長さんの害になりかねない話でしたので」

「私の害……だと?」

 僕の言葉を聞いて村長さんの足が止まる。

 村長さんに話を聞いてほしい時は得になる話か損になる話をすればいいので、分かりやすくて助かる。

「はい、少々込み入った話になりますので、お邪魔させていただいてもよろしいですか?」

 もう一度頭を下げる僕に、村長さんが渋い顔を向けて振り返る。

「ジーナ、『伯爵閣下』はすぐにお帰りになるから茶なんぞはいらんからな」

 僕だってのんびり茶飲み話なんてするつもりはない。



 村長さんと二人、広間のテーブルに向かい合って座る。

 村長さんに言われた通りというか、ジーナさんは僕を招き入れたあとはすぐに部屋に戻ってしまっていたのでテーブルの上にはなにもない。

 まあ、ジーナさんがそう言う『気遣い』をできるようになってたら逆に驚く。

「それで、こんな遅い時間にまで来てする話とはなんだ?」

 向かいに座った村長さんは不機嫌を隠す気配すら無い。

「改めて、夜分に訪れましたことに謝罪を。
 時間も遅いことですし、さっそく本題に入らせていただきますが、村長さん、レオンさんの仲間として冒険者を雇いましたね?」

 僕の言葉を聞いた村長さんがちょっと驚いた顔をした後、怪訝そうな表情をする。

 まだ大っぴらにしていない上にそれほど時間の経っていない話だからどこから僕が知ったか疑問に思っているんだろう。

「……どこから聞いたか知らんがその通りだ。
 それがどうかしたか?村の治安のためにも腕の立つものを雇うのも村長の務めだが?」

「その『腕の立つもの』に僕の知人の女性が乱暴されました」

「は?」

 冒険者崩れのご乱行については村長さんの耳には入っていないらしく、僕の話を聞いて驚いた表情を浮かべる。

 まだ公にはなっていないけど、村長さんの名前で雇っている以上、彼らの行動は村長さんが責任の一端を担うことになる。

 そんな状態で村長さんが彼らの行動を許しているとは思えなかったけど、やっぱり予想通り村長さんの関知した行動ではなかったようだ。

「……お前の孤児院の人間については『村民』ではないからな。
 なにが起ころうが私の知ったところではないな」

 僕の話を聞いて、レオンに冒険者を預けていることから、レオンが執着しているシャルのことを思い浮かべたんだろう。

 村長さんの言様には腹が立つけど、今起こっているのは僕の周りで済む問題じゃない。

「被害者の名前を明かしたくなかったのではっきりとした話をしなかったことをお詫びします。
 改めて申し上げますが、被害にあった『知人』は孤児院の人間ではなくれっきとした村民です」

「そ、そんな馬鹿な……」

 僕の『知人』と聞いてそれが村民であるということを微塵にも思い浮かべていなかった村長さんが愕然とした顔をしている。

 村長さんが雇った人間が村民に乱暴を働いたのだ、スキャンダルなんて言う生易しいレベルの問題じゃない。

「い、一体どこの誰なんだね?
 その被が……知人というのは」

 とりあえず『被害者』がいると認めるのは嫌なようだ。

「申し訳ありませんが、彼女の気持ちの問題もありますので名前は伝えられません」

「そ、それでは事の真偽がわからないじゃないかっ!?
 さ、さては虚言で私を脅そうとでも言うのだろうっ!?」

 それについては村長さんの言う通りだけど、僕としてもネーニャさんの名前を出して傷をほじくり返させる訳にはいかない。

 何より、今となっては被害者の名前なんて奴らを追求するのになんの関係もない。

「レオンさんにお聞きになってはいかがでしょう?」

「…………は?」

 僕の言葉を聞いた村長さんが一瞬呆けた顔をしたあと、一気に血の気が引く。

「な、なんでここでレオンの名前が出てくる……。
 …………ま、まさか……」

「残念なことですが、この件にはレオンさんが深く絡んでいます」

 ネーニャさんの話を聞く限り冒険者崩れに女の子をあてがっているのはレオンのようだし、冒険者崩れの話からそれが今回だけじゃないことも分かってる。

 乱暴しているのは冒険者崩れたちだけど、主犯はレオンとすら言っていい状況だ。

 それに、あの日レオンとセルダーが抱いていた女の子たちもまともな関係の相手か分かったもんじゃない。

「そ、そんな……」

「僕は『知人』のことしか知りませんが、どうやら結構な数の被害者がすでに出ているようですよ。
 家族を人質に取られて口止めをされているものもいるんだとか」

 それこそネーニャさんがそうだし、ネーニャさんにそうしたということは同じことをされている人がいないとは考えにくい。

「そんな……」

 もうすでに頭がまともに回っていないらしい――あるいは対処法で頭が一杯で――村長さんは呆然と同じ言葉を繰り返すことしかできなくなっている。

「一応、はっきりと言っておきますがこの村に来て間もない『冒険者』がそんなに簡単に家族の情報なんて握れるはず無いですから、この件にもレオンさんが絡んでいるんでしょう」

「…………そんな馬鹿な……」

 認識できているか分からないけど、村長さんに優しく笑顔を向ける。

 人を……ネーニャさんを地獄に落としかけたんだ、自分が地獄に落ちる覚悟は出来てるな?

 村長さんとしてもこんなことになるとは思っていなかったんだろうけど、まともに素性も調べずに雇ったのはお前だ。

「勇者認定を控えた時期にこのようなことが起こってしまい、大変残念です」

「…………ばかもんが……この大事な時期になんてことを……」

 声に怒りをにじませはじめた村長さんに頭を下げて席を立つ。

「少なくとも僕の知人は謝罪や賠償を求めるつもりはなく、むしろ騒ぎにならないことを望んでいます。
 僕も村長さんたちが被害者を慮ってくださる限りは大事にするつもりはありません」

 一応釘を差しておいたけど、どこまで効果があるか、そもそも聞こえているのやら。

「それでは、あとは『村』の話ということで『部外者』はこれで失礼させていただきます」 

 もはやこちらのことなんて意識に入っていない様子の村長さんに、最後にもう一度お辞儀をしてから家を出る。

 これで村長さんがレオンを含めて奴らを締め付けてくれれば、とりあえずはそれで良し。

 もし村から追い出されたり、この『告げ口』の件でこちらに恨みを向けてくるようなら……。

 搦手に持ち込まれる前に全力で叩き潰す。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

男女比の狂った世界で愛を振りまく

キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。 その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。 直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。 生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。 デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。 本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

迷い人 ~異世界で成り上がる。大器晩成型とは知らずに無難な商人になっちゃった。~

飛燕 つばさ
ファンタジー
孤独な中年、坂本零。ある日、彼は目を覚ますと、まったく知らない異世界に立っていた。彼は現地の兵士たちに捕まり、不審人物とされて牢獄に投獄されてしまう。 彼は異世界から迷い込んだ『迷い人』と呼ばれる存在だと告げられる。その『迷い人』には、世界を救う勇者としての可能性も、世界を滅ぼす魔王としての可能性も秘められているそうだ。しかし、零は自分がそんな使命を担う存在だと受け入れることができなかった。 独房から零を救ったのは、昔この世界を救った勇者の末裔である老婆だった。老婆は零の力を探るが、彼は戦闘や魔法に関する特別な力を持っていなかった。零はそのことに絶望するが、自身の日本での知識を駆使し、『商人』として新たな一歩を踏み出す決意をする…。 この物語は、異世界に迷い込んだ日本のサラリーマンが主人公です。彼は潜在的に秘められた能力に気づかずに、無難な商人を選びます。次々に目覚める力でこの世界に起こる問題を解決していく姿を描いていきます。 ※当作品は、過去に私が創作した作品『異世界で商人になっちゃった。』を一から徹底的に文章校正し、新たな作品として再構築したものです。文章表現だけでなく、ストーリー展開の修正や、新ストーリーの追加、新キャラクターの登場など、変更点が多くございます。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

シスターヴレイヴ!~上司に捨て駒にされ会社をクビになり無職ニートになった俺が妹と異世界に飛ばされ妹が勇者になったけど何とか生きてます~

尾山塩之進
ファンタジー
鳴鐘 慧河(なるがね けいが)25歳は上司に捨て駒にされ会社をクビになってしまい世の中に絶望し無職ニートの引き籠りになっていたが、二人の妹、優羽花(ゆうか)と静里菜(せりな)に元気づけられて再起を誓った。 だがその瞬間、妹たち共々『魔力満ちる世界エゾン・レイギス』に異世界召喚されてしまう。 全ての人間を滅ぼそうとうごめく魔族の長、大魔王を倒す星剣の勇者として、セカイを護る精霊に召喚されたのは妹だった。 勇者である妹を討つべく襲い来る魔族たち。 そして慧河より先に異世界召喚されていた慧河の元上司はこの異世界の覇権を狙い暗躍していた。 エゾン・レイギスの人間も一枚岩ではなく、様々な思惑で持って動いている。 これは戦乱渦巻く異世界で、妹たちを護ると一念発起した、勇者ではない只の一人の兄の戦いの物語である。 …その果てに妹ハーレムが作られることになろうとは当人には知るよしも無かった。 妹とは血の繋がりであろうか? 妹とは魂の繋がりである。 兄とは何か? 妹を護る存在である。 かけがいの無い大切な妹たちとのセカイを護る為に戦え!鳴鐘 慧河!戦わなければ護れない!

異世界転生 我が主のために ~不幸から始まる絶対忠義~ 冒険・戦い・感動を織りなすファンタジー

紫電のチュウニー
ファンタジー
 第四部第一章 新大陸開始中。 開始中(初投稿作品)  転生前も、転生後も 俺は不幸だった。  生まれる前は弱視。  生まれ変わり後は盲目。  そんな人生をメルザは救ってくれた。  あいつのためならば 俺はどんなことでもしよう。  あいつの傍にずっといて、この生涯を捧げたい。  苦楽を共にする多くの仲間たち。自分たちだけの領域。  オリジナルの世界観で描く 感動ストーリーをお届けします。

処理中です...