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第三章

11話 痛み

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 お風呂から上がると、ノゾミちゃんは今まで通り自分で体を拭いて服を着始めた。

 もう僕は拭かされる気満々だったので、ちょっと手が迷子になってしまった。

 どうやらノゾミちゃんの中で、甘えていいことと、今まで通り我慢したほうがいいことがちゃんと区分けされているらしい。

 全部が全部甘えてくるようになると流石に困ったからありがたくはあるんだけど……ちょっとさみしい。

 そんなことを考えながら手を彷徨わせていたら、代わりに珍しくユーキくんが拭いてほしいと言ってきた。

 ……いや、別にいいんだけどね?

「あーっ!お兄ちゃんずるーいっ!」

 ユーキくんを拭いてたらノゾミちゃんに見つかった。

「明日はノゾミも拭いてもらうっ!」

 なるほど、ユーキくんは「これはやってもらっても良いんだよ」というのを見せたかったのかな?

 …………多分。



 お風呂の後、寝るまでのまったりタイム。

 みんなそれぞれ思い思いのことをしている時間だけど、広間や僕の部屋にみんなでいることが多い。

 だけど、今日は年長組だけが僕の部屋にいる。

 逆に年少組だけになることはたまにあったけど、年長組だけっていうのはたしか初めてだったと思う。

 しかも、年少組が先に寝ちゃったとかじゃなくて僕が呼び出された形だから本当に珍しい。

 呼びに来たユーキくんはなにか用事があるって言ってたけど、なんだろう?

「えっと、それで用事って?」

 ベッドの上で僕の対面に座っているユーキくんに聞いてみた。

 ユーキくんの左右にはリンとシャルがいるんだけど、二人共妙に恥ずかしそうにモジモジしていてまともに話が聞けそうな雰囲気じゃない。

「あ、あの……先生にお願いしたいことがありまして……」

 かと言ってユーキくんが平静かと言えば、それも違って、二人ほどじゃないけど恥ずかしそうにしている。

「お願い?」

 この雰囲気でなにをお願いされるんだろう……。

 ちょっと怖い。

「…………あの……これなんですけど……」

 たっぷりとためらった後、ユーキくんはおずおずと手を差し出してくる。

 手のひら……?あ、いや、ユーキくんの手のひらには小さな赤い玉が乗っていた。

 これ今日アクセサリー商から買ったやつだよな。

 よく見ると単なる珠じゃなくって針のようなものが一本飛び出しているけど……。

 なんだっけこれ。

 こうしてみるとなにか見覚えが有る気がする。

 いまいち僕がピンときていないことに気づいたユーキくんが更に細かく説明してくれる。

「あの……これ……耳につけるやつなんですけど…………。
 自分でつけるのは怖くて……」

「耳につける……?」

「あの……この針の部分を耳のところにプスって」

 痛っ!?

 話聞いただけでなんか耳が痛かった。

 それと同時に、母上と兄上もこんなの付けてたなっていうのを思い出した。

 母上はもっと大きくて派手なやつを付けていたはずだ。

 父上は……ちょっと記憶にない。

 僕と一緒でアクセサリーにはあまり興味のない人だったからなぁ。

「えっと、耳に穴開けるのを僕にやれ……と?」

「はい、ぜひお願いします」

 ユーキくんが真剣な顔で僕の目を見ている。

 左右の二人もさらに恥ずかしそうに顔を赤くしながらも、表情は真剣そのものだ。

 どうしても僕に穴を開けてほしいという強い気持ちが伝わってくる。

 それほど自分でやるのは怖かったのだろう。

 なんでそんなの買っちゃうかなぁ……。

 そう思わなくはないけど、買ってしまったものは仕方ない。

「えっと……本当に良いの?
 多分痛いよ?」

「はいっ!是非お願いしますっ!」

 言葉尻にかぶる勢いで返事をするユーキくんと一緒に左右の二人もコクコクと勢いよく頷いている。

 その様子にちょっとため息が漏れる。

 痛い思いをしてまでするとか、おしゃれは大変だ。



「それじゃ、最初は僕からお願いします」

 了承した僕に、覚悟を決めた表情でユーキくんがにじり寄ってくる。

 その代わりにと言うか、左右の二人がベッドから降りて部屋から出ていこうとしている。

「あれ?リンとシャルは良いの?」

 二人はユーキくんの付き添いだったんだろうか?

「あ、いえ、恥ずかしいから、実際に付けてもらうのは一人ずつということで……」

 ふむ?よく分からないけど、まあそういうことなら。

 二人が部屋から出ていくのを待った後、僕もユーキくんににじり寄る。

「本当にいいんだね?
 さっきも言ったけど、多分痛いよ?」
 
 そして膝を突き合わせる距離になったところで、ユーキくんに最終確認をした。

「は、はい……覚悟は決めていますので、先生、お願いします……」

 言葉通り、覚悟を決めた真剣な表情をしているユーキくんから耳飾りを受け取る。

 ……手に持ってみると、思った以上に針太いけど大丈夫なのかなぁ……。

 ちょっと僕のほうが怖気づいてきているけど、ユーキくんは真剣な表情で僕を見たままだ。

 それでも怖いのは怖いのか目が少し潤んでいる気がする。

 これは……僕が怯んでるわけにはいかないな。

 そう覚悟を決めて、気合を入れ直してからさらにユーキくんににじり寄る。

「……んっ……」

 耳たぶを触った手がくすぐったかったのか、ユーキくんの口から軽い吐息が漏れる。

「大丈夫?」

「は、はい、ちょっと……くすぐったかっただけですから……」

 言葉通り怖がっているとかでは無さそうなので、そのまま耳たぶを確認させてもらう。

 どこにつければいいんだろう……痛くないところとかあるのかな?

「…………んっ……んんっ………………んぅっ……」

 プニプニとちょっと肉厚なユーキくんの耳たぶを指先で揉むように確認していく。

 ユーキくんの口からは断続的にくすぐったそうな声が漏れているけど、もうちょっと我慢していただきたい。

 そのままゆうに数分間、ユーキくんの耳たぶを観察した結論。

 実にかわいい耳たぶです。

 …………いや、正面に位置どったのがまずかった。

 微妙に遠くてよく分かんない。

「ねえ、ユーキくん?」

「…………ふぁい……ご主人さまぁ?」

 めったに人に触られない場所を執拗にいじくり回されて恥ずかしかったのか、ユーキくんはゆだったように真っ赤になっちゃってる。

 いや、恥ずかしい思いさせてごめん。

「あの、よく分からないから横からもう一度見直させてもらっていい?」

「ふぁい……ご主人さまの好きにしてください……」

 ユーキくんの許可をもらって、横に回る。

 うん、こっちのほうが断然近くで見れる。

 目を凝らすだけじゃなくって、顔自体近づけて耳たぶを観察する。

 あ。

「ふっ」

「ひぃぅっ!」

 耳に息を吹きかけたら、驚いたような高い声が上がった。

「ご、ご主人さま?い、一体何を?」

「あ、ごめん、ちょっと細い毛が落ちてたから」

 抜けた毛が一本かかってたから吹き飛ばしたんだけど……急に息吹きかけられたらびっくりするよね。ごめん。

「それじゃ、もう一回見させてもらうね」

「えっ?ま、またですか?
 …………が、頑張ります」

 何度もいじられるのはいやだろうけど、出来るだけ痛い思いをしてほしくないからもう少し頑張ってほしい。

 近くで見れば見るほど形がいいのが分かるユーキくんの耳を触りながらよく観察する。

 ふと思いついて、耳たぶだけじゃなくって耳の他の部分を触ってみた。

 考えてみればつけるのは耳たぶじゃなくてもいいんじゃないだろうか?

 もっと付けやすそうなところはないのかな?

「んんっ……ひぅっ…………んんっ……あっ、そんなとこまで……んんっ……」

 ごめんね、変なところ触って。

 でも、これも少しでも痛く無さそうなところを探すためだからさ。

 耳たぶ以上に念を入れてユーキくんの耳を弄り回してみたけど……結局耳たぶの真ん中が一番いいように思えた。

 母上も兄上もたしか耳たぶに付けていたし、結局そういうものなのか。

「やっぱり耳たぶが一番いいみたいだから、耳たぶにつけるね?」

「……もう……なんでもご主人さまのしたいようにしてくださいぃ……」

 時間がかかりすぎて、ユーキくんも疲れてしまったようだ。

 申し訳ない。

 場所を決めたからには、あとは思い切ってやるしか無い。

「それじゃ、ユーキくん、そろそろ入れるからね」

「あ、あの…………」

 ユーキくんはやけにオズオズとした様子で下を向いて指をモジモジさせている。

「ん?どうしたの?今日のところはやめとく?」

「い、いえ、そうじゃなくって……」

 いざとなったら怖くなってやめたくなったのかと思ったけど、そういうわけではないらしい。

 確かにモジモジしながらもこちらをチラチラ見ているし、怖いと言うか恥ずかしそうな感じだ。

「あ、あの……ちょ、ちょっと怖いのでご主人さまに抱きついててもいいですか?」

 それでも全く怖くないというわけではないみたいで、こんな事を言ってきた。

 抱きついてか……。

 まあ、ちょっとやりづらいかもしれないけど、もうあとは入れるだけだからそれほど問題はないだろう。

「うん、いいよ、おいで」

 僕がそう言うと、ユーキくんは少し恥ずかしそうにためらった後……僕の方に向き直って真正面から僕の膝の上に乗るように抱きついてきた。

 え?そっち?

 てっきりいつもみたいに横から抱きついてくるのかと思ってたんだけど……。

「あ、あの……ダメでしたか?」

 僕が戸惑っているのが伝わってしまったのか、ユーキくんが少し泣きそうな声をしている。

「い、いや、全然問題ないよ」

 ちょっとびっくりしただけだから大丈夫。

 むしろユーキくんの耳が近くなった。

 …………近くなりすぎてちょっとやりづらいくらいだけど、ユーキくんが怖がらなくて済むようにするのが第一だ。

 気を取り直して、最終確認と消毒のためにユーキくんの耳たぶを撫でる。

 これだけ体が密着していると、耳たぶに触れるたびにユーキくんの体がピクッと少し震えるのが分かる。

 魔力の件もそうだけど、ユーキくんは基本的にくすぐったがりのようだ。

「もう少し我慢してね」

「ふぁい……」

 素直に返事をしてくれるユーキくんの頭を撫でながら指先に《消毒》の魔法を励起して、念入りに耳たぶを撫でる。

「……んんっ……ふぁ……はうぅ……んっ……んんっ……ひぃぅっ……」

 あまりにも長時間執拗にいじられすぎて、ユーキくんの耳たぶはだいぶくすぐったくなりやすくなってしまったみたいだ。

 《消毒》をかけた指のひと撫でごとにビクンビクンと大きく体を震わせている。

 これは早く終わらせてあげないと。

 そう思って、次の段階……最終準備段階に入る。

「ひゃううぅぅっ!?」

 《冷却》の魔法を耳たぶに励起されたユーキくんが悲鳴のような高い声を上げて、キツく抱きついてくる。

「ごめんね、びっくりした?
 冷やしておいたほうが痛みが鈍くなるらしいからさ」

 といっても、素人にはどれくらいまで冷やしても大丈夫なのか分からないから気休め程度だ。

 ただ、びっくりしすぎたのか、ユーキくんの体からぐったりと力が抜けたのは嬉しい誤算だ。

 入れるなら今のタイミングしか無いだろう。

 覚悟を決めて耳飾りの針をユーキくんの耳たぶに当てる。

「それじゃ、入れるよ?」

「ふぁい……入れてくだしゃい……」

 散々くすぐったくされた上にびっくりさせられて、一気に疲れてしまったのかユーキくんは少し寝そうな声になってる。

 早いところ終わらせてあげよう。

「……んっ……あぁ……入ってきてましゅ……」

 ひと思いに入れてあげたほうが楽なんだとは思うんだけど、どうしても僕の意気地がなくてゆっくりと押し込んでいくことしか出来ない。

「ふぁ……ごじゅじんしゃまぁ……」

 やっぱり痛いんだろうユーキくんがギュウウウっと強く抱きついてくる。

「もう少しだからね……もう少しで全部はいるから」

「はうぅぅぅ…………」

 ユーキくんの耳たぶから一筋の血が垂れてきているのに気づいて申し訳ない気分になる。

 もうちょっとうまく出来てたらなぁ……。

 そんな後悔が浮かぶけど、もうどうしようもない。

「はい、全部入ったよ。
 ユーキくん、よく頑張ったね」

 せめてものお詫びと思って、できる限り優しくユーキくんを撫でる。

「ごしゅじんしゃまぁ……」

 僕にキツく抱きついたまま猫のように頭を擦り付けて懐いてくるユーキくんが寝てしまうまで、そのまま撫で続けた。



 安らかな寝息を立てるユーキくんに、軽い《小治癒》をかけて血が出ない程度にだけ耳たぶの傷を塞いでから、ユーキくんの部屋のベッドに寝かせる。

「んんっ……ご主人さまぁ……」

 一瞬起きちゃったかと思ったけど、ただの寝言みたいだ。

 寝ている時は年相応の子供っぽい顔に戻るユーキくんだけど、今日は耳に光る赤のせいか少し大人っぽく見える気がする。

 そんなに急いで大人にならなくてもいいのになぁ。

 そんなことを考えてちょっと寂しくなりながら、寝ているユーキくんのおでこにおやすみの挨拶をして部屋を後にした。



 さて、次はリンの番だ。
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