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第三章

4話 指

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「いやー、なんか色々お世話になったみたいなのに、お礼が遅くなってすんませんでした」

 僕に声をかけてきたのはレオンの取り巻きの一人のアインだった。

 この間僕がゴブリン討伐での傷が元で死にかけていたのを治療した少年だ。

 赤毛のアインは、確かレオンよりも一つ年下だったと思うけど、レオンよりも縦にも横にも大きい力自慢で、取り巻きの中の前衛職だ。
 
 もう少年というより青年と言った感じの精悍な顔つきをしていて、実年齢より二、三歳上に見える。

「まあ、お父さんから聞いたと思いますが、ゴブリンへの遺恨を忘れてほしくてやったことですから。
 あまり気にしないでください」

「らしいっすね。
 親父にも言われたし、俺もゴブリンのことは忘れることにしました。
 まあ、これで貸し借りなしってことで」

 アインの方から言われてちょっと呆気にとられたけど、気にしないでって言ったのは僕の方だし、まあいいか。

 見た目通りあまり細かいことは気にしない質なのかもしれない。

 下手に恩を着せられたと思われて変に攻撃的になられるよりよっぽどいい。

「ところで、シャルロッテ、調子悪そうだけど大丈夫か?」

 おい、気安いな?

 あんまりシャルの胸元ばかりみるんじゃねぇ。

 …………いけない、僕が攻撃的になってしまった。

 一時は回復したかに見えたシャルだったけど、まだ少し気分が悪いということだったので予定通り少し横になって休んでもらってる。

 その時、少しでも楽になるようにと思って服の胸元を緩めていたんだけど……。

 アイン、シャルがぐったりと目を閉じているのをいいことにその胸元を舐めるように見ている。

 潰したろうか、その目。

 …………落ち着こう。

 彼はきっと心配してシャルを見ているだけ。僕が過剰に反応しているだけ。きっとそう。

「ちょっと人に酔ったみたいなんです。
 少し休んでいれば大丈夫だと思いますから」

 気分が悪そうに目を閉じているシャルに代わって答える。

「……そっすか。あんまり無理させないでくださいよ」

 ……いや、本当その通りだな。

 ここまでになる前に気づかないと駄目だった。

「シャルロッテ、もしなんだったらうちで休んでいくか?」

 確かにアインの家ならここに近いけど……。

「い、いえ……大丈夫です」

 アインの申し出は、調子悪そうにだけどシャルがはっきりと断った。

 いくら調子悪くてもあまり親しくない人の家で休むのはなぁ。

「そうか。
 でも、あんまり酷いようなら無理やりにでも背負っていくからな?」

 おい、それ本当に無理矢理になるからな?やめろよ?

 いや、まあ、基本的には善意なんだろうけど、シャルにいいところを見せようとしているのが見え隠れしている。

「ありがとうございます。
 もう少し様子を見て良くならなさそうならお世話になりますね」

「あ?……ああ、そっすね。伯爵さんたちもついでに来てもいいっすよ」

 おん?シャルだけ連れ込む気だったんか?コラ?

 一応善意だと思って顔を立てるつもりで言ったけど、本当に善意か怪しくなってきたな。

「おっと、そろそろ行かないと」

 なにかを思い出したようにアインが立ち上がった。

 追い返そうかどうしようか迷いだしていたところだったからちょうどいい。

「シャルロッテ、このあとそこでちょっとしたイベントがあるからよ、調子良くなったら見に来てくれよ」

 アインが広場の中心部のあたりを指して言う。

 あそこには小さな舞台のような台があったと思うけど……。

 この物言いだとアインがなにかやるのかな?

「それが終わったら一緒に回ろうぜ、じゃあな。
 あ、伯爵さんもまたいつか」

 そうシャルに爽やかに言ったあと、思い出したかのように僕への挨拶を付け加えてアインは去っていった。

 な、なんだったんだろう……。

 素直にレオンの取り巻きAであった頃のほうが色々やりやすかった……。

 とりあえずまだ調子の悪そうなシャルの横に座って……ちょっと考えてから着ていた上着をシャルにかけた。

 ちょっとみっともないけど、僕ならシャツ一枚でも問題ないだろう。

 むしろもっと早くやればよかった。

 アインの舐めるような視線を思い出して憮然としている僕の手が、シャルの手に引かれてシャルにかけた上着の下に隠れる。

 見えなくなった僕の指にシャルの指が絡まってくる。

 上着の中は思ったより暖かくて、指遊びのように絡めあううちに汗ばんだ手が少し恥ずかしかった。



 しばらくそうしているうちにシャルの指が動かなくなったなと思ったら、スースーと小さな寝息を立てて寝てしまっていた。

 大道芸が一区切りついてもシャルは寝続けていて、帰ってきたみんなとのんびり起きるのを待っていたら、そのままみんなも寝てしまった。

 色々大はしゃぎしてお腹もいい感じにくちてて、眠くなってしまったんだろう。

 ちょっとしたお昼寝の時間の後、みんなが目覚めたときには昼近くになっていて、今日のところはこのまま帰ることになった。

「ご迷惑をおかけして、すみませんでした……」

「大丈夫っ!ノゾミもシャルちゃんと一緒に寝ちゃったしっ!」

 落ち込んだ様子のシャルをノゾミちゃんが慰めている。

 実際、ノゾミちゃんは大道芸が終わって僕たちのところに戻ってきて寝ているシャルをみると、その隣に抱きつくように横になってすぐに寝てしまった。

 子供たちの中でも一番はしゃいでいたから、なんやかんやもう限界だったんだろう。

 寝たまま抱き返しているシャルと合わせて実に可愛かったです。

「この人出は僕も予想外だったからねー。
 まだあと数日はやっているらしいから、また今度来てみよう」

 事前にホルツさんから聞いた話だと、今回の市は四半期に一度行われる大きなもので、普段の二週間に一度開かれる市とは規模の違うものだったらしい。

 とは言えここまで盛大なものだとは思っていなかったから完全に油断してた。

 次に来るときはもう少し計画を立てて、覚悟をして来るとしよう。

 

 リンたちへのお土産について話しながら歩いていたら、通行人の話が耳に入った。

 なんでも中心部で村長さんからの話があるらしい。

 普段はないことらしいので、時期的に考えるとゴブリン討伐についての発表をするのだろう。

 今まで一部の人にしか報せていない上、報せを聞いた人も口止めをされていたようなので不思議に思っていた。

 はじめは僕の手柄になるのが嫌なのかと思っていた。

 だけど、こうなると、めでたいお祭りの場で大々的にめでたい発表をして自分の影響力を高める機会を待っていたという村長さんの狙いが透けて見える。

 まあ、めでたい話なのは間違いないのでそれ自体は別にいい。

 いいんだけど、村長さんがどういう話をする気なのかが気になる。

 ゴブリン討伐の効果を最大限活かすのならば、ゴブリンの脅威を必要以上に喧伝するのが手っ取り早い。

 まあ、ゴブリンの脅威の喧伝イコール、僕の功績の喧伝につながるのでそう大げさにはしないと思うけど……。

 それが元でゴブリンに対して必要以上の敵愾心や危機感が産まれてしまうと面倒くさい。

「あのさ……最後に村長さんの話っていうの聞いて行っていい?」

「え?帰んないの?せんせえ」

「うん……ちょっとだけどんな話するのか気になって。
 はじめのうちだけでもいいから聞いて行っていい?」

 僕の言葉を聞いたノゾミちゃんとアリスちゃんは不思議そうな顔をしていたけど、ユーキくんとシャルは僕の危惧に気づいてくれたみたいだ。

 二人も説得に回ってくれて、元々単に不思議に思っていただけだったノゾミちゃんたちもすぐに賛成してくれた。

 ノゾミちゃんとシャルと手を繋いで市の中心部に向かう。

 他の村民たちもどんどん集まってきているようで、中心部の舞台周辺は人がひしめき合うほどだった。

 どうやら舞台の周りで軽食を配っているらしく、このイベントに掛ける村長さんの意気込みが感じられる。

 …………正直嫌な予感しかしない。

 僕たちは話が聞ければいいので、人混みを避けてだいぶ離れたところから舞台を眺める。

 そうしているうちにも人は増え続け、僕たちのいるところにまで人混みが迫ってきて、もう少し移動しようか迷っていた時。

 もったいつけるようにゆっくりと村長さんが舞台に上がってきた。
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