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第三章

1話 市

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「おっかいものー♪おっかいものー♪」

 村に向かう道行き。
 
 僕の手を握って歩くノゾミちゃんが大変機嫌良さげに鼻歌を歌っている。

 繋いだ手もブンブン振っているし、嬉しさがあふれまくってると言った感じだ。

 ノゾミちゃんを挟んで反対側で手を繋いでいるユーキくんも、その隣のアリスちゃんも楽しそうにニコニコしている。

 反対側にいるシャルは僕と手を繋いで恥ずかしそうにしているけど、雰囲気は明るい。

 僕らは今、この村に来て初めて市に参加しに向かっている。

 

 結局、説得に失敗して添い寝継続となった昨日。

 逆にいつも以上にくっついて来るようになってしまったユーキくんとノゾミちゃんに困惑半分安らぎ半分で眠りについた。

 今まで手をつなぐ程度だったノゾミちゃんまで抱きついてくるようになってしまったのには、結構本気で困った。

 右腕にユーキくん左腕にノゾミちゃんが抱きついているせいで寝返りが打てない。

 これでは両側から幸せが押し寄せてくるのとトントンだ。

 ………………ごめんなさい、幸せのほうが圧倒的です。

 まあ、この件はまたそのうちきちんと話をし直そう。

 今日は市が開かれる日ということで、朝食を食べ終わったあと早速子供たちを連れて村に繰り出している。

 リンも誘ったんだけど、変に騒がせてはいけないということでギルゥさんと一緒に孤児院でお留守番してくれている。

 奔放そうに見えて細かい気遣いができるリンが愛おしい。

 来れない代わりになにかお土産を買っていこうと思う。


 
「ほええええぇぇぇぇ……」

 市の会場である広場についたノゾミちゃんが、驚きのあまり不思議な声を漏らしている。

 他の子供達も唖然とした様子だ。

 かく言う僕も半ば呆然と立ち尽くしてしまった。

 この村にこんなに人がいたのか……。

 そう思うほどの人混みで広場……市の会場は賑わっていた。

 所狭しと並んだ屋台や露天には買い物客が溢れかえっている。

 やけに人が集まって立ち止まっていると思ったら旅芸人が大道芸を披露していた。

 目に入る情報ももちろんすごいけど、漂ってくる様々な食物の匂いが嗅覚からも賑わいをアピールしてくる。

 僕の知っている『前』の市はこんなに賑わったものではなく、数人の行商人が持ってきた物資を買い求める淡々としたものでしかなかった。

 だから、楽しみにしてしまっている子供たちをどう慰めたものか考えていたんだけど……。

 一時、魂が抜けたような顔をしていた子どもたちの目がキラキラ輝いてきている。

 これは……慰めるどころかはしゃぎすぎないように気をつけないとだな。

 考えてみれば、僕の知っている市は『前』の疫病が流行ったあとの村の市で、村民の数も大幅に減っている上に、疫病なんかが起こった村は商人が避けて当たり前なので寂しいもので当然だったんだろう。

 この村は街道沿いにある上に森林を利用した産業で栄えているため住民数も多く、それを考えればこの賑わいが本来のこの村の市の姿だったのだろう。

 僕の生まれた街でも当然市は立っていたけど、ここまで大々的なものではなかった。

 ほとんど毎日立っているのでそれこそ淡々と買い物が行われる日常風景でしか無い。

 間を空けて定期的に行われるからこその賑わいなんだろうけど……こうなるともうお祭りだな。

 10年住んだ村の初めて見る市の姿を感慨深く眺めていたら、ギュッとノゾミちゃんが強く手を握ってきた。

「せんせえっ!ノゾミが迷子にならないようにしっかり手握っててくださいっ!」

 フンスフンスと鼻息が荒くなるほど興奮しているのに、そんな事に気を使えるとは、実にしっかりした子だ。

 僕もノゾミちゃんの手とシャルの手を強く握り直す。

「よし、それじゃ、みんな迷子にならないように手をしっかり握ってね。
 人の邪魔になりそうなときでも、ノゾミちゃんは僕の手を、アリスちゃんはユーキくんの手だけは絶対に離さないように」

「「はいっ!」」

 しっかり頷いてくれる二人が心強い。

「ユーキくん、シャル、もしはぐれた時は広場のここの出口に集合ね」

「はい、分かりました」

「は、はい、ぜ、絶対、は、離しません」

 そう言って僕の手に指を絡めるように握るシャル。

 いや、あんまり手繋いでいると通行人の邪魔になるかもしれないからね?

 そう言おうとしたけど、僕の手を必死で握るシャルの顔を見てやめた。

 ま、いいや、通行人は僕の方で気をつけよう。

「では、皆のもの行きますよっ!」

「「「「はいっ!」」」」

 気合を入れ直して、僕らは戦場に足を踏み込んだ。



「せんせえっ!あれなにっ!?あれっ!」

 ノゾミちゃんが指さした先にはなにかの肉を串焼きにしている屋台があった。

「なんだろう?なにかの肉の串焼きだけど……。
 なんの肉なんだろうね?すごいいい匂いするや」

 甘く香ばしい匂いがして思わず引き寄せられてしまう。

 屋台では一口大にされた……多分鶏肉かな?が串に刺され、なにか茶色いタレを付けて焼かれていた。

「おじさん、これはなんですか?」

「お?鶏肉に甘じょっぱい東方の調味液を付けて焼いたもんだよ。
 一個食べてみるかい?」

 屋台のおじさんはそう言うと串から肉を一つ外して僕に差し出してくれる。

 む……みんなには申し訳ないけど、味見を兼ねて……。

 おじさんのくれた鶏肉を食べてみる。

「むっ……」

「せ、先生……どうですか?」

「せんせえ、美味しい?美味しい?」

「…………」

 みんなの視線を集めながら鶏肉の味を噛みしめる。

「おじさん、僕を含めてみんなに二本……いや、三本ずつ」

 噛みごたえのある鶏肉の脂とちょっと不思議な風味のする甘じょっぱいタレが……。

「実に絶品でしたっ!」

 僕の言葉を聞いたみんなの顔がぱああっと期待に輝く。

「まいどっ!
 …………はいっ!おまちどうさま。
 串が刺さんないようにだけ気をつけてな」

 みんなで「はーい」と良い返事をして串焼きを受け取る。

「んんんんんーっ!おいしーっ♪」

「ほんとっ!美味しいですっ!」

 ノゾミちゃんとアリスちゃんが実に美味しそうに串肉を頬張っている。

 シャルとユーキくんも気に入ってくれたみたいで、みんなあっという間に三本食べきってしまった。

「せんせえっ!さっきの美味しかったですっ!」

 一番早く食べきっちゃったノゾミちゃんが感想を装って暗におねだりをしてくる。

 ……いや、僕の服引っ張ってるし暗にじゃないな。

 いつも不安になるくらいわがままを言わないノゾミちゃんがここまで言うのは、串焼きが気に入ったというのもあるだろうけどお祭り騒ぎでテンションが上っちゃってるのが一番だと思う。

「んー、またさっきの串焼きでもいいけど……。
 まだまだ他にも美味しそうなものいっぱいあるけどどうする?」

 さっきの屋台に引っ張っていこうとするノゾミちゃんに、わざとニヤニヤと意地悪そうな笑みを浮かべて言う。

「え?うー……」

 僕の言葉を聞いたノゾミちゃんは少し唸り声をあげながら人生の岐路に立ったかのように悩み始めてしまった。

 実にかわいい。

「…………次にいきましょうっ!!」

 とうとう決断を下したノゾミちゃんが、堂々と宣言する。

 キリッと可愛らしい顔をしているノゾミちゃんの頭を揉むように撫でる。

「帰りにリンたちの分と合わせてまた買って帰ろうね」

 あれ絶対リンたちも好きだと思う。

「うんっ!!」

 ノゾミちゃんの大輪の笑顔も見れたし、屋台のおじさん、実にいい仕事でした。
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