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第二章 始めてのクエスト

23話 面倒

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 手の傷は、ペロペロ舐め続けるリンが恥ずかしかったので魔法で治した。

 本当に全然大した怪我じゃなかったけど、高位の治癒魔法まで使って一瞬で治した。

 恥ずかしかったけど、おかげで思いついたことがあるので、後で……いや、今日中にやっておこう。



 村人の視線を集めながら村長宅に着き、ドアをノックして中に入る。

「遅いぞっ!!」

 さっそく村長さんの怒声で出迎えられた。

「これは、お待たせしてしまいすみませんでした」

 特に時間は定めていなかったはずだけど、待っててもらったのは事実。

 ここは素直に頭を下げておこう。

 村長さんはちょうどお酒を飲んでいたところらしく、広間のテーブルでワイングラスを片手にふんぞり返っていた。

 その横に、右腕を包帯で釣ったままエールをあおっているレオンがいた。

 うわ、めんどくせえ。

 思わず口に出しそうになった言葉をなんとか飲み込む。

 僕が来ることは予告してあるので、レオンはわざわざここにいるに違いない。

 なにを考えているのかは分からないけど、シャルをニヤニヤとした目で見ているレオンの様子からは、面倒なことになる想像しか出来ない。

「それでは、早速ですがゴブリンの巣討伐について報告をさせてもらいます」

 舐め回すようにシャルを見ているレオンを横目に見ながら、村長さんに話しかける。

 ついさっきまで偉そうにふんぞり返っていた村長さんの顔が驚愕と恐怖で固まっていた。

 シャルから視線を移したレオンの顔も驚愕に歪む。

「な、なんだ、その混じり物はっ!?」

 混じり物。

 人間と魔物のハーフを総しての蔑称ではあるのだけど、一番数が多いハーフゴブリンのこととして使われることが多い。

 つまり、リンのことだ。

「ああ、報告の中でお話しようと思っていましたが、巣で見つけたハーフゴブリンです。
 可愛かったので僕のものにしました」

 リンを見ただけではクイーンであることなんて分からないし、分かりやすく欲望を理由にしておけば当たり障りない。

 当のリンは僕の横で鎖に繋がれて、もはや怒りも屈辱も悲しみもなにも感じていないような無表情で立っている。

 実に連れ去られて感情をなくした奴隷感が出てて…………胸が締め付けられそうになる。

 だ、大丈夫?リン、それが素だったりしない?

 中に入る前に、

「何も気にせず黙って立っててね」

「ハイデス」

 というやり取りがあった結果なんだけど、あまりにも迫真の演技で心配になる。

「な、なんだとっ!?
 そんな危険なことを許可した覚えはないぞっ!」

 おっと、村長さんの存在忘れかけてた。

 リンについては村長さんがどういう反応してくるかだいたい予想がついているし、実際今のところ予想通りの反応だ。

「許可と言われましても、個人が奴隷を持つことに許可は必要ないですよね?」

「た、ただの奴隷ならそうだろうが、相手は混じり物だぞっ!
 そんな危険なもの、村民の安全を預かる村長として許すことはできんっ!!」

 まあ、それは正論は正論なんだけど、その村民の安全を無視してゴブリン討伐と自分の利益を秤にかけてた人に言われてもな。

 まあ、預かっているだけのものなので、自分の利益と比べたら容易に放り投げられるのかもしれない。

 村長さんの『村長』としての使命感なんてその程度のものなのでこちらとしては助かる。

 それこそ村への危険性を盾にひたすら正論を述べて突っぱねてくる人だったら面倒くさかった。

「危険と言われましても、この通り村に入る際は鎖もつけていますし……」

「そんな物あてになるかっ!!
 とにかくそんな危険なものはこの村に入れさせんぞっ!!」

「危険じゃなければ問題ないんですね?」

「そ、そうだな。絶対に安全だと保証できるのなら許可してやらんでもない。
 もちろん鎖程度ではダメだぞ?
 爪を剥ぎ、牙を抜き、手足の腱を切る程度はやってもらおうか」

 ……随分えげつないこと言ってくるなぁ。

「そんな面倒なことしなくても大丈夫ですよ」

 そう言うとリンの貫頭衣の首元を引っ張って胸元を少し露出させる。

「この刻印、見えますか?
 これは人間に危害を加えることを制限する魔法の刻印です。
 ちなみに、制限を破ろうとすると死にます」

 これはもちろん嘘だけど、奴隷に入れる刻印の中には本当にそういう魔法の効果のあるものもあるので村長さんには嘘か本当かわからないだろう。

「そ、そんなのお前の嘘かもしれないだろうっ!
 それに、もし本当だとしてもその魔法が確実に働く保証はあるのかっ!!」

 嘘か本当かわからないだけに、逆にこういう反論も出来る。

「……そこまで言われると僕としてもどうしようもないですが……」

 ここで少しだけ考え込むように間を開ける。

「そうですね、僕はこの魔法には絶対の自信があります。
 なので、もしこの子が村民に危害を加えることになったら僕が賠償するというのはどうでしょう」

 僕の提案を聞いた村長さんの目が、欲望に鈍く光る。

 今の話だと、賠償はしても被害者は出ていることになるんだけど村民の安全を預かるらしい村長さんとしてそれは問題ないんだろうか。

「……いや、あの屋敷を含めてお前の資産は私のものになるはずだ。
 口では大きな事を言うが十分な賠償を行う金はお前にあるのか?」

「いえ、まず最初に、法務官の裁定が下るまではあの屋敷も僕の資産も僕のものですよ。
 まあ、それはそれとして、あれ以外にもヴァイシュゲール家の資産はあちこちの領地にありますから、賠償の資金には困りません」

 あちこちに資産となる屋敷なんかがあるのは本当の話だけど、それがまだちゃんと残っているのかは僕にも分からない。

 まあ、そこまで説明してやる義理はないので村長さんの方で好きに皮算用してほしい。
 
「賠償するのはまさか被害者だけじゃなかろうな?」

 村長さんの頭の中では十分な額を取れるという目算が立ったのか、具体的な話になってくる。

「まさかと言われても……他に誰にお支払いすれば?」

「村の安全を脅かしたんだっ!村長たる私にも賠償するのが筋だろうっ!!
 いやっ!!むしろ、まずは私に対する賠償を行ったあと、私が被害者を支援をするという形が正しいっ!!」

 相変わらず自分に都合の良いふうに考えるなぁ、この人。

「……まあ、納得いきませんが刻印には絶対の自信がありますので、別に構いませんよ」

「よしっ!なら書面をかわすぞっ!!」

 やけにノリノリの村長さんに一応突っ込んでおく。

「一応はっきり言っておきますが、賠償するのはこちらに明らかな非がある場合だけですからね?
 それに賠償するのもその被害の程度にふさわしいだけです。
 わざとぶつかってきて骨が折れたから全財産よこせとか言われたらたまったもんじゃないですから」

「…………」

 いや、いくらなんでもそこで黙んないでほしい。

「細かい条件をつけていられる身分かっ!?
 混じり物を連れ込むのを許してやると言うんだ、無条件で従うのが道理だろうっ!!」

 …………うわぁ……ここまでは言ってこないだろって所まで言ってきたよ……。

「なら村長さんとは意見が合わなかったということで、僕の独断で連れ込ませていただきます。
 もしものときの賠償も被害者と直接やりますのでご心配なく」

「そ、そんなことが許されると思っているのかっ!?」

「いや、そうは言われましても、交渉が決裂した以上、僕としてはこうするしか」

「…………し、仕方ない。
 特例として認めてやるから、賠償の話は私とするように」

 うん、村長さんなら取れるかもしれない利益に目がくらんでそう言ってくれると思った。

「承知いたしました。
 では、以上のことを書面にまとめてもらえますか?」

 ……あー、面倒くさかった……。
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