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第二章 始めてのクエスト

11話 衣と食

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 鍛冶屋を出て次は、仕立て屋に向かう。

 この仕立て屋がある意味今日一番の目的地だ。

 服というのはとにかく高級品だ。

 人間が生きていくのに必要と言われている衣・食・住。

 考えようによってはこの3つの中で一番お金がかかると言ってもいいくらい高級品だ。

 まず最初に材料の糸にお金がかかる。

 糸は動物の毛や植物の繊維から作られるけど、その動物や植物を作る段階で手間も時間もお金もかかってる。

 そして、その材料を元に糸を紡ぐのにも手間と時間がかかる。

 その上、紡がれた糸で布を作るのにもまた手間と時間がかかる。

 最後に服を作る段階でまた手間と時間がかかる。ここが特に値段に響く。

 さらに言えばその都度に流通のためのお金がかかる。

 トドメとして、これだけお金をかけて作った高級品が、よりにもよって消耗品なのだ。

 下手な使い方すれば買ったその日に破れる。

 だから人々はとても大事に服を使い続けた。

 繕い、穴を塞ぎ、形を変えて、最終的には雑巾になるまで使い潰した。

 使い潰すまで使うので当然なことだけど中古の服が出回ることは殆どない。

 そうなると、困るのは成長の早い子供の服だ。

 子供の背が伸びるたびに買い替えるなんてとんでもない。

 子供の服なんてものは布に頭を入れる穴を開けて、腰のところで縛っておけばいいのだ……という考えが一般的だ。

 あまり裕福でない層は大人の服ですらそれで済ませていることがある。

 ある程度の年齢までは子供は裸という家も珍しくない。

 ということで……。

「あー、すみませんね、坊っちゃん。
 子供用の服は在庫がなくって」

 仕立て屋のトューフさん――恰幅の良い40代女性――はそう言うと、申し訳無さそうに頭を下げた。

 まあ、元々ダメ元ではあったんだけどね。

「それじゃ、作ってもらうことは出来ますか?」

「もちろん出来ますが……時間かかりますよ?」

 だよねぇ……。

 こういう村の仕立て屋の場合、メインの仕事は大人の服や布地の販売で、たまに持ち込まれる服の修繕も本業の合間にやらないといけない。

 服の仕立てなんて年に一度あるかないかの仕事やってる暇がない。

 ここのような村の場合、新しい服は布地だけ買ってきて各ご家庭で作ってしまうのだ。

 『前』のときは子供たちには貫頭衣――先程出た布に穴開けたやつ――を着てもらってたから、今回もそうするしかないかなぁ……。

 早くミハイルさんから服仕入れたい。

「……あ、あの……せ、先生……」

「あ、シャルさんなに?なにか欲しい物あった?」

「い、いえ……あ、あの…………わ、私、か、簡単な服なら……作れますよ?」

「本当っ!?」

 目をむいて驚いている僕に、シャルさんは恥ずかしそうにだけどしっかりと頷く。

 マジかー、話では知ってたけど本当に服って家で作れるんだー……。

 そう言えば、シャルさん、人形作りのときも針仕事すごい上手かったな。

「よし、皆のもの、好きな色の布を買うが良いっ!!」

「……すみません、坊っちゃん。
 言うほど布地の種類ないです……」

 ノリノリになっている僕に申し訳無さそうに頭を下げるトューフさん。

 ま、まあ、染色にもお金かかるしね……。



 少ない種類とはいえみんなに布地を選んでもらっていたら、アリスちゃんがなにかをチラチラ見ている。

 ……なにかほしいものがあったんだと思うけど……見ている先には色々あってなにがほしいのかはっきりしないな。

「アリスちゃん、なんか欲しい物あった?」

「ひゃっ!?な、何でもないですっ!大丈夫ですっ!」

 アリスちゃんはビクリと大きく体を震わせたあと、ブンブンと何度も首を振っている。

「うーん、アリスちゃんが教えてくれないなら、このお店にあるもの全部買い占めちゃうけど……」

 まあ、もちろんアリスちゃんにどれがほしいか言ってほしいだけで本気じゃない。

 見てた場所はわかるんだから、言ってくれなくてもその辺りのものを一通り買えば済む。

 冗談めかして言う僕に苦笑を返すと、アリスちゃんは黒いボタンをつまみ上げた。

「これ、お人形さんの目に良さそうだな、って」

 そしてちょっとはにかんだような笑顔を浮かべた。

「なるほどね。
 それじゃ、トューフさんこれも追加でお願いします」

「あの、先生、ありがとうございます」

「いえいえ、アリスちゃんの笑顔の為なら喜んで。
 他にも欲しい物あったら言ってね」

「はい」

 嬉しそうに笑うアリスちゃんを見てたら、ユーキくんとシャルさんにつねられた。

 うん、ごめん、自分でも言ったあと恥ずかしかった。



 仕立て屋をあとにしたところで、そろそろお昼時か。

 うーん、ちょっと村長さんが依頼しようとした冒険者に話を聞いてみたいし、ご飯食べついでに酒場に行ってみるか。

 雰囲気悪そうだったら、別のところか家に帰ってご飯にするということで。

 そう思ったんだけど、酒場は村の大通りに面している上に昼間は食堂になっているみたいで明るい雰囲気だった。

 中は本業の時間じゃないからかまばらではあったけど、ここらへんの家の人らしいお客さんが入っていたし、気楽に食事が出来そうだ。

 お腹がでっぷりと出た中年男性の店主フライスさんに簡単に挨拶をして冒険者のことを聞いてみるけど、村長さんと揉めたあと昨日のうちに出て行ってしまったらしい。

 ……どれだけ怒らせたんだろう、村長さん。

 仕方ないので諦めて昼食だけ食べていくことにしよう。

 注文してみんなと話しながら待つことしばし。

「お待たせしましたっ!」

 威勢のいい掛け声とともにフライスさんが持ってきてくれたのは、パンに生野菜のサラダ、それになにかの肉のシチューだった。

「鹿肉が残っていたんでそれをシチューにさせてもらいましたっ!
 パンは今日がパン焼きの日だったんで焼き立てでうまいですよっ!」

 この村を含めた多くの村の場合、パン焼窯は村長の所有物で週に一度か二度くらい各家庭はお金を払って使わせてもらう形になっていた。

 だから、パン焼きの日以外は固くなったパンしか食べられない……。

 うちにも一応窯はあるんだけど、誰もパン焼ける人いないからなぁ。

「酒飲みたちが暴動起こすからあんまり大きい声じゃいえませんがねっ!
 森に入れなくて肉の在庫が終わりかけてるんですよっ!
 坊っちゃんには期待してますんで、よろしくお願いしますよっ!」

 フライスさんはそんなことを大声で言った。

 近くで食べていたおじさんはギョッとした顔をしていたけど……暴動にならないといいな。

 フライスさんの料理は実に美味しくてみんな夢中で食べてしまった。

「いい食べっぷりで嬉しいですねっ!
 はいっ!これおまけのデザートっ!」

 フライスさんが出してくれたのははちみつのかかったパンケーキだった。

「おおおおおおーっ!!」

 その見ただけで美味しいのが分るふんわりしたケーキにトロトロのはちみつがたっぷりかかった様子にノゾミちゃんが歓声を上げる。

 他のみんなも目が輝いている。

 そんなこと言っている僕も口がよだれでいっぱいだ。

「「「「「いっただっきまーす♪」」」」」

 二度目のいただきますをしてから食べたパンケーキは頬が落ちるくらい美味しかった。



 酒場をあとにして最後の目的地に向かう。

 最後の目的地は……村長宅だ。

 美味しいもの食べて上がってた気分が一気に沈み込んだ。
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