上 下
25 / 117
第一章 ゲームの世界

25話 逃亡

しおりを挟む
 泣き続けているユーキくんを抱き上げて、屋敷の外に出る。

 そしてそのまま、少し屋敷から離れて……うん、ここらへんなら大丈夫だろう。

 そして、ユーキくんを下ろすと抱きしめ撫でながら優しく語りかける。

「それじゃ、今度は別の魔法を使ってみようか」

「で、でも、ボク……」

 すっかり自信を失ってしまったユーキくんはしがみついてくるだけで、杖を握ろうとはしない。

「大丈夫、出来なくても問題ないから、もう一度だけやってみよう?」

 一度ギュウウウウウーーーっと力いっぱい抱きしめたあと、そっと杖を握らせる。

 そして、そのままもう一度手を重ねると、ゆっくりと弱い魔力を流し続ける。

「………………んっ……」

 しばらくそうしていると、次第にユーキくんの体から力が抜けてきた。

「やれそう?」

「……ふぁい…………は、はい、やってみます」

「よし、それじゃ、今度の魔法はこれね」

 そう言って、ユーキくんの体を通してゆっくりと魔法を組み立てる。

「…………んっ……わ、分かりました……」

「よし、それじゃ、一人でやってみてね。
 出来なくても全然構わないから落ち着いて。
 分からなくなったら遠慮なく言ってね」

「はい」

 ユーキくんは不安そうなまま一つ頷くと目を閉じて集中しだす。

 …………。

 …………。

 僕や子供たちだけでなくミハイルさんとアルバさんまで固唾をのんで、硬い顔をしているユーキくんを見守る。
 
 時間が経つにつれユーキくんの顔がどんどん厳しくなっていき、閉じたままの目に涙が浮かんできたところで…………フッと、表情が弛緩した。

「出来ましたっ!…………あ、消えちゃった……」

 満面の笑顔でこちらを見たあと、一瞬で絶望の表情になるユーキくん。

 嬉しくて集中が途切れて組み立てた魔法が霧散してしまったらしい。

「大丈夫、もう一回やってごらん。
 一回感覚をつかめば、次からは簡単だから」

「は、はい」

 気を取り直したユーキくんが再び目を閉じて集中しだす。

「……で、出来ました」

 今度は最初と比べればあっという間というくらいの時間で魔法が組み立て終わった。

 今度は集中も崩していない。
 
「それじゃ、僕に続いて魔法を詠唱してね。
 あ、杖は上に向けて魔法も上に放つイメージをしておいて」

「はい」

「それじゃ行くよ。
 魔力よ、炎に変じ、我が敵を焼き焦がせ、《火球》」

「……魔力よ、炎に変じ、我が敵を焼き焦がせ……《火球》」

 ユーキくんの持つ杖の先から人の頭大の炎の塊が生じ……杖の向けられた先、上空に向かって打ち上がり、弾ける。

「おおおおおー」

 その派手な様子に観客から歓声が上がる。
 
 ユーキくんは神聖系統より火系統のほうが得意だったから、こっちならいけると思ったんだ。

 危ないからとりあえず治癒魔法を試してみようとしたんだけど。

「うん、完璧だよ」

 本当に嬉しそうな笑顔で抱きついてきたユーキくんを力いっぱい抱きしめ返した。



 一度魔法を組み立てるコツを覚えてしまえば系統が違っても応用できるので、もう一度治癒魔法の組み立てを実演するだけで、あっさりとユーキくんも《小治癒》を使えるようになった。

 今は練習として順番に《小治癒》を使って護衛さんたちの傷を治している。

「いやはや、あの年で魔法を使えるとは、大した子供たちですな」

「あはは、自慢の子供たちです」

 三人の後ろで見守っていた僕にミハイルさんが笑いながら話しかけてくる。

 いや、みんな素直で可愛くて本当にどこに出しても恥ずかしくない自慢の子供たちだ。

「そう言えば、彼等は閣下のご一族なのですか?」

「いえ、市井の子たちですよ」

「……使用人の子供とかですかな?」

「いや、本当に全く面識のなかった市井の子達です。
 あ、いや、領民の子なのでどこかで顔を合わせたことはあったかもしれませんが、記憶には一切残っていませんでしたね」

「ほぉ、では、なぜ引き取ることに?」

「……たまたま、としか言えませんね。
 フランツ……僕を守って死んだ守役ですが、彼と逃げるときにたまたま逃げ惑う彼等が目に入りまして。
 親の姿もなかったので、そのまま……」



――――――――



「坊ちゃま、お父上と兄上が奴らを抑えてくださっている間に街を出ますぞ」

 そこかしこで火の手が上がり、あたり一面から悲鳴が響く街の中をフランツに先導されて逃げている。

 警戒線に一切引っかかることなく突如として城壁を破った魔王軍に街は完全に蹂躙されている。

 今はなんとか城にいた近衛の兵をまとめて父上と兄上が抵抗しているけど、多勢に無勢。

 あまりにも違いすぎる数の暴力に消し飛ばされるまで時間はないだろう。

 代々受け継がれてきたヴァイシュゲール家当主の証である宝剣と、なによりもこの血を守り受け継がせるのが無力な僕に託された役目だ。

 そのためにも、父上と兄上が決死の覚悟で時間と場所を稼いでくれている間になんとか城壁の外へ……。

 そう思って緊急時の隠し通路へ走る僕の視界の隅に逃げ惑う子供たちの姿が入った。

 一番年長と思われる男の子が二人の女の子の手を引いて走っている。

 その目は少しでも安全な場所を探すように、キョロキョロと必死であたりを見渡している。

 手を引かれている幼児と言ったほうが正しいほど小さい子供は、泣くのを必死でこらえるような形相をしながら大人しく男の子について行っている。

 もう一人の男の子と同い年くらいの女の子は近づいてくる炎と悲鳴に怯えながらも、小さな女の子を気遣っている。

 その様子を見た瞬間、思わす叫んでいた。

「君たちっ!こっちだっ!僕と一緒に逃げようっ!!」



――――――――



 あれからまだ一月も経ってないのか……。

「それは……つらい思いをした子達なのですね……」

 当時のことを思い出して感慨にふけっているうちに、ミハイルさんは大粒の涙を流してガチ泣きしていた。

「そうですね。
 今は少しでも笑ってくれていることだけが救いです」

「閣下もそのお年でご立派でございます」

 ミハイルさんの言葉通り僕も世間的に見ればまだまだ子供だし、正直なところ気を抜くと泣き出しそうなほど悲しいし不安だ。

 出来ることならフランツに蘇ってきてもらってすべてを任せてしまいたい。

 当然それは無理な話なので、みんなの中で一番のそれも飛び抜けての年長者としては頑張るしかない。

 …………うん、頑張るしかない。

「不肖ミハイル、出来る限りのお力添えを致しますのでどうかなんでもおっしゃってください」

「ありがとうございます。
 その暖かいお言葉、ありがたく受け取らせていただきます」

 兄上いわく「商人の口約束は一切信用するな」と口を酸っぱく言われているので、まあ話半分で聞いておこう。

 あ、いや、そうだ。

「では、お言葉に甘えて、少しアルバさんをお借りしたいのですが……」

「お、俺ですかい?」

 突然名前を出されて軽くうろたえるアルバさんにうなずき返した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

男女比の狂った世界で愛を振りまく

キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。 その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。 直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。 生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。 デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。 本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

迷い人 ~異世界で成り上がる。大器晩成型とは知らずに無難な商人になっちゃった。~

飛燕 つばさ
ファンタジー
孤独な中年、坂本零。ある日、彼は目を覚ますと、まったく知らない異世界に立っていた。彼は現地の兵士たちに捕まり、不審人物とされて牢獄に投獄されてしまう。 彼は異世界から迷い込んだ『迷い人』と呼ばれる存在だと告げられる。その『迷い人』には、世界を救う勇者としての可能性も、世界を滅ぼす魔王としての可能性も秘められているそうだ。しかし、零は自分がそんな使命を担う存在だと受け入れることができなかった。 独房から零を救ったのは、昔この世界を救った勇者の末裔である老婆だった。老婆は零の力を探るが、彼は戦闘や魔法に関する特別な力を持っていなかった。零はそのことに絶望するが、自身の日本での知識を駆使し、『商人』として新たな一歩を踏み出す決意をする…。 この物語は、異世界に迷い込んだ日本のサラリーマンが主人公です。彼は潜在的に秘められた能力に気づかずに、無難な商人を選びます。次々に目覚める力でこの世界に起こる問題を解決していく姿を描いていきます。 ※当作品は、過去に私が創作した作品『異世界で商人になっちゃった。』を一から徹底的に文章校正し、新たな作品として再構築したものです。文章表現だけでなく、ストーリー展開の修正や、新ストーリーの追加、新キャラクターの登場など、変更点が多くございます。

性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。

狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。 街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。 彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)

[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!

どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入! 舐めた奴らに、真実が牙を剥く! 何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ? しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない? 訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、 なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト! そして…わかってくる、この異世界の異常性。 出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。 主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。 相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。 ハーレム要素は、不明とします。 復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。 追記  2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。 8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。 2024/02/23 アルファポリスオンリーを解除しました。

処理中です...