哀歌ーelegy-

sorarion914

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終章

インターバル【現在】

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 襖の向こうから、女将が声を掛けてくる。
 そっと開いて頭を下げ、剱崎に何か耳打ちしてくる。
 剱崎の顔に一瞬影が差したが、エージの方へ向き直ると、「今夜はそろそろ開きにしよう」と笑みを浮かべた。

「本当はアンタと、もっとゆっくりがしたいんだがな」

 そう言いながらも、いつしか剱崎が寝間の用意をしなくなったことにエージは気づいていた。


 店を持たされ、そこを拠点にエージが居場所を無くして困っている連中の世話をしていることを、剱崎は知っている。
 自分たちと同じようなマイノリティを持っている連中が大勢集まる場所だ。
 自然とパートナーも見つかる。

 エージに、他に関係を持つ相手が出来たとしても、剱崎は束縛することも口出しすることもなかった。
 その代わり、月に一度は必ずここへ来て酒を酌み交わすこと――

「これは何があろうと終生守ってもらうぜ、エージさん」

 もう自分とは関係を持つことがない相手に対しての、それがこの男なりのささやかな抵抗だった。



「俺もついて行こうか?」
 ボディーガードがいるとはいえ、不安を拭えないエージがそう聞くと、剱崎は笑って言った。
「バカ言っちゃいけねぇ。自分の身ぐらい自分で守れる。それに、礼服着てる男を連れて歩くのは縁起が悪い」
 その言葉にエージは笑った。
「どのみち俺は畳の上じゃ死ねない。そんなつもりもねぇしな」
「俺だって似たようなもんさ。片足半分突っ込んでる」

 それを聞いた剱崎が、ふと思い出したように聞いた。

「なぁエージさん……アンタ、後悔ってしたことあるか?」

 エージは黙ったまま、剱崎の目を見つめた。
 なぜ急にそんな事を聞くのか分からず、少し戸惑った顔をしたが――やがて小さく頷くと、言った。




「あるよ……一つだけな」




 そして、自分の掌をじっと見つめる。

「一度は掴んだ手を……離してしまった事だ」
「……」
「救えたつもりでいた。でも俺は、自分のくだらないプライドの為に、の手を離した――離してしまった」
 そう言って、ギュッと拳を固める。

「だから俺は、一つだけ。心に決めていることがある」
















 ――そいつは。

 二月の寒い深夜に、部屋着にスリッパで店にやって来た。

 着るものと金でもやって、追い返すこともできたのに、家まで連れて帰ったのは、どうしても放っておけなかったからだ。


 あの子と同じ匂いがした――


 自分のことを、と呼んだ。
 そう呼んだのは、あの子とテツだけ。

 心と体に傷を負って怯えた猫。



 今度こそ離すものか。




 掴んだこの手は、もう二度と――――……








 END

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