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追想
#6
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その年の冬。
梶川は要請を受けて佐倉と共に現場に向かっていた。
通報があったのは午後11時を回った頃。繁華街にある、高級クラブなどが入るビルの1つだった。
入り口に立つ厳つい男が、警察官に囲まれて何やら揉めてる。
「料金トラブルですよ。客が金を払わないって、中で揉めてます」
現着していた制服警官にそう促されて、2人は店に入った。
「ここは一闘会の系列の店だろう?」
「客が……」
警官はそう言って、小声で佐倉に耳打ちした。
「岡嵜賢吾です」
「……」
佐倉は眉を上げた。
敵陣ともいえる店で飲んでいたのか?
佐倉は店の奥へ進んだ。梶川がその後をついて歩く。店内にいた他の客や従業員が、怪訝な目を向けてきた。大勢の警察官と私服の警察官がやってくることなど、大して興味ない……という顔だった。
ここでは珍しい事ではない。
自分たちに火の粉が飛んでこなければ、別段気にしない。
どこか気の抜けたような、正気のない目で楽しそうに眺めている。
鋭い一瞥をくれながら、梶川は佐倉に続いて店の奥にある個室に入った。
「賢さん、なにやってんだよ」
佐倉にそう声を掛けられて、奥のソファーに座っていた岡嵜がニヤリと笑った。
白髪を奇麗に撫で上げた、割と小柄な男だが、黙って座っている様は堂々たるもので、大勢の警察官に囲まれても微動だにしない。スーツにハット、洒落た杖。ヤクザと聞かなければ、どこかの紳士のようだった。
若い頃は相当腕を鳴らしたのであろうが――近年は病を患い、だいぶ痩せたようだ……と佐倉は思った。
(この男も、もう70を過ぎている……)
心配そうに自分を見る佐倉に、岡嵜は笑いながら言った。
「サクさん。聞いてくれよ。こいつら、たった小一時間、酒を一杯飲んだだけで、40万も吹っ掛けてきやがった」
「女の子侍らせてたんじゃねぇのか?」
「1人だけさ。それも大して飲んじゃいねぇ。内訳教えろって言ったら、適当な伝票こさえて来て、払えとぬかしやがる」
それに対して店の従業員が御託を並べるが、佐倉は差し出された伝票を見て苦笑すると、それを梶川にも見せた。
「ブランデーが一杯5万。女つけて3万に、女が飲んだシャンパン8万……」
それ以外にも、よく分からないサービス料金が加算されて、しめて38万9千。約40万か――と呟いて梶川も苦笑した。
「さすがにボッタくりだろう」
「人聞きの悪い事言わないで下さいよ、お巡りさん」
店の支配人らしき男が、薄ら笑いを浮かべながら言った。
「ここいらじゃ妥当な金額ですよ」
「人を見て値段決めてるんじゃねぇのか?相手が誰か、ちゃんと知ってんだろう?」
「だからちゃんと、おもてなしさせて頂きましたよ。サービスさせて頂きました」
そのサービス料だと言わんばかりに胸を張る。
佐倉は岡嵜の横に座ると、「なんでこんな店で飲む?」と聞いた。
「今日は桐生のオヤジの月命日なんだよ。だから弔ってやろうと思ってな」そう言われて佐倉は初めて、部屋の片隅にひっそりと佇んでいた男に気づいて目を向けた。
その視線につられて梶川も目をやる。
穏やかな笑みを浮かべたまま、息をひそめてこちらを見ている男。
片山周平こと、剱崎隼人だった。
梶川は要請を受けて佐倉と共に現場に向かっていた。
通報があったのは午後11時を回った頃。繁華街にある、高級クラブなどが入るビルの1つだった。
入り口に立つ厳つい男が、警察官に囲まれて何やら揉めてる。
「料金トラブルですよ。客が金を払わないって、中で揉めてます」
現着していた制服警官にそう促されて、2人は店に入った。
「ここは一闘会の系列の店だろう?」
「客が……」
警官はそう言って、小声で佐倉に耳打ちした。
「岡嵜賢吾です」
「……」
佐倉は眉を上げた。
敵陣ともいえる店で飲んでいたのか?
佐倉は店の奥へ進んだ。梶川がその後をついて歩く。店内にいた他の客や従業員が、怪訝な目を向けてきた。大勢の警察官と私服の警察官がやってくることなど、大して興味ない……という顔だった。
ここでは珍しい事ではない。
自分たちに火の粉が飛んでこなければ、別段気にしない。
どこか気の抜けたような、正気のない目で楽しそうに眺めている。
鋭い一瞥をくれながら、梶川は佐倉に続いて店の奥にある個室に入った。
「賢さん、なにやってんだよ」
佐倉にそう声を掛けられて、奥のソファーに座っていた岡嵜がニヤリと笑った。
白髪を奇麗に撫で上げた、割と小柄な男だが、黙って座っている様は堂々たるもので、大勢の警察官に囲まれても微動だにしない。スーツにハット、洒落た杖。ヤクザと聞かなければ、どこかの紳士のようだった。
若い頃は相当腕を鳴らしたのであろうが――近年は病を患い、だいぶ痩せたようだ……と佐倉は思った。
(この男も、もう70を過ぎている……)
心配そうに自分を見る佐倉に、岡嵜は笑いながら言った。
「サクさん。聞いてくれよ。こいつら、たった小一時間、酒を一杯飲んだだけで、40万も吹っ掛けてきやがった」
「女の子侍らせてたんじゃねぇのか?」
「1人だけさ。それも大して飲んじゃいねぇ。内訳教えろって言ったら、適当な伝票こさえて来て、払えとぬかしやがる」
それに対して店の従業員が御託を並べるが、佐倉は差し出された伝票を見て苦笑すると、それを梶川にも見せた。
「ブランデーが一杯5万。女つけて3万に、女が飲んだシャンパン8万……」
それ以外にも、よく分からないサービス料金が加算されて、しめて38万9千。約40万か――と呟いて梶川も苦笑した。
「さすがにボッタくりだろう」
「人聞きの悪い事言わないで下さいよ、お巡りさん」
店の支配人らしき男が、薄ら笑いを浮かべながら言った。
「ここいらじゃ妥当な金額ですよ」
「人を見て値段決めてるんじゃねぇのか?相手が誰か、ちゃんと知ってんだろう?」
「だからちゃんと、おもてなしさせて頂きましたよ。サービスさせて頂きました」
そのサービス料だと言わんばかりに胸を張る。
佐倉は岡嵜の横に座ると、「なんでこんな店で飲む?」と聞いた。
「今日は桐生のオヤジの月命日なんだよ。だから弔ってやろうと思ってな」そう言われて佐倉は初めて、部屋の片隅にひっそりと佇んでいた男に気づいて目を向けた。
その視線につられて梶川も目をやる。
穏やかな笑みを浮かべたまま、息をひそめてこちらを見ている男。
片山周平こと、剱崎隼人だった。
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