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Side.A・八木輝之の告白
#3
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入社して11年目の春に、八木は倉見から『実は、結婚を前提に付き合っている女性がいる』という話を聞いた。
最近どうも付き合いが悪いと思ったら……
会社の近くのいつもの居酒屋で、久々に飲みながら「なるほどね。そういう事だったのか」と頷いて苦笑する。
「ゴメン。別に隠してたわけじゃないんだけど……」
倉見はそう言うと、気まずそうに俯いた。
30代も半ば。同期でも身を固める奴が増える中、相変わらず1人でフラフラしている自分を気遣ってくれたのだろうか――
そう思うと逆に申し訳なくて、八木はわざと明るく笑うと、「それなら早くそう言えよ。仕事終わりに飲みに行く回数、ちゃんと減らしてやるからさ」と言って、倉見の肩を小突く。
写真ないの?と聞かれて倉見は自分のスマホを取り出した。そして写真を見せる。
「いつから付き合ってたの?」
そう聞かれて、倉見は少し照れたように笑うと、「1年くらい前かな……」と呟いた。
「そんな!?」
驚く八木に、倉見は「申し訳ない」と頭を下げた。
「大学時代の女友達から紹介されたんだ。歳は2個下で、真面目ないい子だよって言われて――」
「へぇ」
八木は写真を見て頷いた。
パッチリとした目に、肩までの黒髪。大人しそうな微笑みを浮かべている。いかにも倉見が好きそうな優等生タイプだ。
「お名前は?」
「香穂子」
「ふぅん……香穂子さんか。仕事は何してるの?」
「IT系の会社の事務をしてる」
八木はじっと倉見の顔を凝視した。
いつもと少し顔つきが違う。
これは、本気の顔だ――男が、本気で身を固めようと決意した時の顔だ。
そう思うと嬉しくもあり、なぜか寂しくもあった。
「そうか……お前もついに向こう側へ行っちまうのか――」
「そんな顔するなよ……まだ結婚したわけじゃない。前提で付き合ってるだけだ。こうしてお前と飲みに来るのも、俺にとっては大事な時間だよ」
それがなくなるわけじゃない――そう言って空になった自分のコップにビールを注ぐ倉見を見て、「嬉しいこと言ってくれるね」と呟き、「俺、泣いちゃうよ」と言って笑った。
本当に涙が出そうになり、慌ててビールを煽る。
この日飲んだビールは、いつもよりほんの少し苦みを感じた。
最近どうも付き合いが悪いと思ったら……
会社の近くのいつもの居酒屋で、久々に飲みながら「なるほどね。そういう事だったのか」と頷いて苦笑する。
「ゴメン。別に隠してたわけじゃないんだけど……」
倉見はそう言うと、気まずそうに俯いた。
30代も半ば。同期でも身を固める奴が増える中、相変わらず1人でフラフラしている自分を気遣ってくれたのだろうか――
そう思うと逆に申し訳なくて、八木はわざと明るく笑うと、「それなら早くそう言えよ。仕事終わりに飲みに行く回数、ちゃんと減らしてやるからさ」と言って、倉見の肩を小突く。
写真ないの?と聞かれて倉見は自分のスマホを取り出した。そして写真を見せる。
「いつから付き合ってたの?」
そう聞かれて、倉見は少し照れたように笑うと、「1年くらい前かな……」と呟いた。
「そんな!?」
驚く八木に、倉見は「申し訳ない」と頭を下げた。
「大学時代の女友達から紹介されたんだ。歳は2個下で、真面目ないい子だよって言われて――」
「へぇ」
八木は写真を見て頷いた。
パッチリとした目に、肩までの黒髪。大人しそうな微笑みを浮かべている。いかにも倉見が好きそうな優等生タイプだ。
「お名前は?」
「香穂子」
「ふぅん……香穂子さんか。仕事は何してるの?」
「IT系の会社の事務をしてる」
八木はじっと倉見の顔を凝視した。
いつもと少し顔つきが違う。
これは、本気の顔だ――男が、本気で身を固めようと決意した時の顔だ。
そう思うと嬉しくもあり、なぜか寂しくもあった。
「そうか……お前もついに向こう側へ行っちまうのか――」
「そんな顔するなよ……まだ結婚したわけじゃない。前提で付き合ってるだけだ。こうしてお前と飲みに来るのも、俺にとっては大事な時間だよ」
それがなくなるわけじゃない――そう言って空になった自分のコップにビールを注ぐ倉見を見て、「嬉しいこと言ってくれるね」と呟き、「俺、泣いちゃうよ」と言って笑った。
本当に涙が出そうになり、慌ててビールを煽る。
この日飲んだビールは、いつもよりほんの少し苦みを感じた。
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