T.M.C ~TwoManCell 【帰結】編

sorarion914

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第6章・影

#3

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「宇佐美はベッドに横になったまま、じっとスマホに目をやっていた。
 先程からメッセージが送られてきているのは気づいていたが、既読を付けたくなくてちゃんと開いていない。
 相手が野崎だということも気づいているが――
 スマホを枕元に置いて、宇佐美は寝返りを打った。
 胸がざわついている。
 本当なら、今すぐにでも返事をしたい。
 暇かと問われているなら、暇だと答える。そうしたらきっと、会おうと誘ってくるだろう。
 (そうしたら、いいよと返事をするさ。でも……)

 でも――

 そうやって無防備に相手の懐に飛び込むことが怖かった。
 深く関わることで、必要のない情報を与えてしまうことや、知りたくもないことを知ってしまうのが怖い。信じていた相手を失うのが怖い。
 (会いたいのに会うのが怖いなんて……)
 本来、この関係はビジネスのみの繋がりだと思っていた。
 向こうが事件のことでアドバイスを求めてくるなら、それに答えるのが自分の役割だと。
 あくまでも事務的に。
 だから気軽に応じたのだが……
 まさかこんなにプライベートにまで浸食してくるとは思っていなかった。
 それをいつのまにか受け入れていた自分にも驚きを隠せない。
 初めはあったはずの警戒心が、今はすっかり消えていて、あの人になら甘えられるとまで思い始めている。
 心を許してはダメだ。どうなるかは分かっている。どちらも傷つくだけで――辛い思いをするだけだ。
 (でも会いたい)
 友人に会うだけなのに、なんでこんなに葛藤しなければならないのか。

「くそっ……!」

 宇佐美は頭を掻きむしって起き上がると、乱暴にスマホを掴んでメッセージに目を通した。
 そして、怒ったように書き込む。
 (恋人同士じゃないんだから、関係が壊れようが知ったことか!)
 (たかが友人の1人だ)
 (それもつい最近できたばかりの友人人だ)
 (傷つけて気まずくなったところで、関係ない)
 (どうにでもなれ!)

 >暇です。行きます。

 そう送り付けて、スマホを放り投げる。
 枕に顔を突っ伏して、宇佐美は布団をかぶった。

 どうにでもなれ!!


 神原の自宅は大磯という町にあった。
 すぐ近くには海岸があり、歩いて行くこともできる。
 少し早い時間に訪れた2人は、夕飯の準備ができるまで、散歩でもしてくるといいと言われ、ぶらぶらと海に向かって歩いていた。
 残暑も多少和らいだのか、日が暮れると過ごしやすくなる。犬の散歩をしている人も、ちらほらと目についた。
 少し後を着いて歩く宇佐美を振り返って、野崎は言った。
「休みの日って、宇佐美はいつもなにしてるの?」
「え?」
「友達と遊びに行ったりするの?」
 宇佐美の歩くペースに合わせて、野崎が横に並んで歩く。宇佐美は少し考えてから、「そんな友人いない。大体いつも1人で家にいるよ」と答えた。
「そうか……お互い似たようなもんだな」
「野崎さんも?」
 宇佐美は隣を歩く野崎に目を向けた。
「このくらいの年になるとさ。気軽に声かけて遊びに誘える友人って減らない?みんな忙しいし……予定も合わないし」
 そう言いながら両手をポケットに突っ込み、潮風に目を細めながら思い出したように野崎は笑った。
「でも宇佐美のメールって……凄い簡潔で分かりやすくていいよ。ある意味、男らしいよな。暇です!行きます!ってさ」
 宇佐美は笑った。
「なんだかんだ言って、お前に誘いを断られたことがないんだけど……本当に大丈夫だった?」
「大丈夫だからここにいるんだけど」
「でもこれってほぼプライベートだぜ。そういうのは……嫌がると思ってたからさ」
「……」
「宇佐美はもっとビジネスライクな付き合いを望んでると思ってた」
 宇佐美は思わず立ち止まった。
 野崎も気づいて立ち止まる。
「どうした?」
「……ダメかな」
 え?と野崎は首をかしげる。宇佐美はすがる様な目をして聞いた。
「こういう付き合い方はダメかな」
「別に……」
 ダメじゃないよ、と野崎は笑うと、「いいんじゃない、こういうフランクな付き合いも。俺は大事だと思うけど。今後、付き合っていく上では特に」と答えた。
「お互いの事をよく知るには、プライベートにも多少足を突っ込まないと」
「――」
 俯いて固まる宇佐美を見て、野崎は苦笑すると「そんなに深く考えるなよ。普通、友達を誘うのにそんな難しい事考えて誘わないだろう?」と言った。
「そんな風に誘ったことないし……そんな友人いないし――」
 神原から聞いた宇佐美の生い立ちを思い出して、野崎は一瞬言葉に詰まった。
 が。
「俺がいるじゃん」
「……」
 じっと自分を見る宇佐美の肩を野崎は軽く叩くと、「たまには誘ってこいよ」と言って笑った。
 2人はバイパスの高架をくぐって海岸に出た。
 海だぁぁ!と大きく伸びをして叫ぶ野崎に、宇佐美は笑った。
 そして自分も大きく息を吸い込む。
 久々に感じる潮風と波の音。閉塞的な日常から解き放たれた気分で、来てよかったと感じた。
 遠くに目をやり、宇佐美は心地よさそうに微笑んだ。
 その横顔を、野崎はじっと見つめた。
 頬にまだ薄っすらと傷が残っている。
 砂浜に座る宇佐美の隣に並んで腰を下ろすと、野崎は何も言わず。
 ただ寄せては返す波の音を聞いていた。

 こうしていると、つい数か月前まで起きていた不可思議な事件が、はるか昔のように思えてくる。
 そもそも、普通に生活していたらまず接点がない自分たちが、今こうして肩を並べて一緒に海を見ていることが不思議でならない。
 このまま何事もなく、普段の生活に戻ったら、宇佐美とは良き友人関係でいられるだろうか。
 捜査協力者としてではなく、1人の友として。
「なに考えてるの?」
 宇佐美が、いつのまにか自分の方を見ていた。ぼんやりと遠くを見て考え事をしていた野崎は、思わず言った。
「読んでみたら?」
 宇佐美は苦笑する。
「言ったろ。いつも聞こえるわけじゃないって」
「そうだっけ?意外と使えない能力だな」
「どうでもいい時ほど聞こえるんだ。本当に使えない力だ。いらないよ、こんなの……」
 吐き捨てるように言う宇佐美に、野崎は聞いた。
「お母さんにも、そういう力があったの?人の心を読む力」
「さぁ……そういうのはなかったと思うけど――勘は良かったけどね。すぐに嘘がバレた」
 それを聞いて野崎は笑った。
「そりゃお前が嘘つくのが下手なだけじゃない?」
「そうかも」
 宇佐美も笑う。
「そろそろ戻ろう」
 日が落ちて徐々に深く染まる海の色を、2人はしばらく眺めていた後、ゆっくり立ち上がって神原の家を目指して歩き出した。

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