T.M.C ~TwoManCell 【帰結】編

sorarion914

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第4章・迷動

#6

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 アパートの容疑者が焼身自殺を図ってからひと月が過ぎた。

 事件は被疑者死亡のまま、若干不審な点は残しつつも捜査は終了。野崎達は、新たに発生した事件に日々忙殺されていた。
 その日。
 宇佐美は警察署の談話室にいた。
 7月上旬。例年よりだいぶ早く梅雨明けしたが、開けた途端真夏のような日が続いている。
 節電の為なのか。署内はあまり冷房が効いておらず、談話室も例外ではなかった。開け放した窓からは、僅かだが風が入り込む程度だ。
 宇佐美が何となく所在なげに椅子に腰かけていると、ふいにノックと共にドアが開いた。
「ゴメン、待たせた」
 野崎がそう言いながら入ってくる。
 時折メールでのやり取りはしていたが、こうして顔を合わせるのは公園で会って以来だった。
 久しぶりに互いの姿を見て、妙に気恥しい思いがする。
「元気そうだな」
 そう言われて宇佐美は肩を竦めた。
「まぁね。あなたは……少しやつれた?」
 連日泊まり込みでもしているのだろうか。やや疲れたような顔をしている野崎を見て、宇佐美は心配そうに聞いた。
 それに対して野崎は苦笑いを浮かべただけで、背後にいるもう一人の男を振り返りながら言った。
「紹介するよ。同僚の白石だ」
 そう紹介され、白石は軽く会釈をする。
 野崎よりやや細身で長身の、優男といった風貌だ。年は野崎と同じくらいだろうか。
「どうも、白石です。以前ここでチラッとお姿を」
「どうも……」
 緊張のため、若干警戒気味の宇佐美に、野崎は「安心していいよ。こいつは神原先生のことも知ってるし、俺たちの事情も知ってる。宇佐美のことも――話してある」と言った。
「……」
 じっと自分を見る宇佐美の視線に、白石は苦笑すると、「そんなに見つめないでよ、」とからかった。
 慌てて俯く宇佐美を見て、野崎は白石を小突いた。
「そういう言い方するな」
「だって……」
 野崎に諌められ、おどけたように首を竦める。
 野崎と白石は、宇佐美と対面するように椅子に座った。
「メールで聞かれた件、調べてみたよ」
 野崎はそう言うと、手帳に書きつけた内容を見て言った。
「佐々木以外に、あの河川周辺で焼身自殺があったかどうかってことだけど――」
「……」
「ずばり一件ヒットした」
 野崎は白石と顔を見合わせ頷いた。
「俺がまだ、ここの所轄に配属される前の事案で、約7年前だ。場所は今回の現場の対岸。管轄は隣の市になるけど、死んだのはうちの管轄の人間だった」
「実は俺が通報を受けて、最初にその現場に駆けつけてる」
 そう白石が言った。宇佐美は思わず目を見張った。
「そうなんだ――すっかり忘れてたけど、聞かれて思い出した。当時、俺は隣町の署に勤務してたんだ。確か早朝だったな……通報を受けて行った時にはもう死んでて、手の施しようがなかった」
 白石は腕を組みながら、当時のことを思い出している様子だった。
「死んだのは井上和哉、当時37歳。調べによると、市内の戸建てに母親と2人暮らし」
 野崎は調書の一部を書き写したものを読み上げた。
「父親は幼い頃に失くしていて、ずっと母子家庭だったらしい。母親は体が悪くて、井上が世話をしていたようだ。いわゆるヤングケアラーってやつかな?」
「……」
 宇佐美は黙って聞いていた。
「自殺を図る少し前に、母親が亡くなってる。死因は急性心不全。解剖したようだけど、特に不審な点はない」
「ようやく親の世話から解放されたってのに……後を追ったってことかな?」
「――」
 野崎は、ずっと俯いて黙り込む宇佐美の表情が少し気になったが、気づかぬふりをして言った。
「長いこと介護をしていると、その対象者がいなくなった途端、生きがいを失くして抜け殻みたいになるらしい。恐らく……井上もそんな感じだったんじゃないか?」
「……」
「生活のために必死で働いて、母親の面倒を見て……それがいなくなって働く気も失せて……引きこもって」
 調書には、井上の自宅の様子が記されていたが、室内はゴミだらけ、電気もガスも止められており、銀行口座には数千円しか残っていなかったとある。
 そんな男が孤独に耐え切れず死を選んだ――

 そいつが?
 そいつが一連の事件を引き起こしている、幽霊の正体なのか?

 野崎はずっと黙っている宇佐美を見て言った。
「どう思う?」
 宇佐美は黙って視線を向けた。
「宇佐美が夢で見たっていう、その男――彼だと思う?」
 目の前で、黒煙を上げながら燃えて崩れ落ちた男の姿を思い出して、宇佐美は身震いした。
 口から放たれた絶叫が、今も轟音になって聞こえてくる。
 ちなみに……と言って、野崎はスマホの画面を宇佐美の方に向けて言った。
「これが井上の顔写真だけど」
「……」
「どうかな……似てる?」
 宇佐美はじっとスマホの画面を見つめた。
 暗い目をした男だ。いつ頃撮影したものか分からないが、37という年齢にしては老けて見えた。
 病弱な母親と2人きり。家と職場の往復で、人生を費やしてきた。行政を頼ることもできたのに、それもせず。世界を閉ざして引きこもっていた。

 絶望の果てに死を選び――その恨みを川に流したか?

 宇佐美は首を振った。
「分からない……顔は見てないから」
「そうだったな……」
「でも雰囲気は似てるかも」
 駅や橋の犠牲者たちと、自分を襲ったものが同一だと断言はできないが、この男から漂う暗い雰囲気は非常によく似ている。
「でも……もし仮にこいつが幽霊の正体だとして――こいつの姿を見て死ぬなら、写真見て、顔を知った俺たちはどうなるの?まさか殺されるの?」
 白石の疑問はもっともだった。
 姿を見て死ぬなら、正体を知った時点で消されそうだが……
「俺たちは襲われてないし、宇佐美も姿は見ていない。まだこいつだと、決まったわけじゃない」
「じゃあ断定したら?どう立件する?」
「それだよなぁ……」
 野崎は頭を抱えた。
 そもそも死んでいる人間で、しかも確たる証拠もない。
「こいつが死んだのが今から7年前。その間に、こいつが原因で死んだ人間がいたとしても、すでに自殺か不審死で片が付いてる」
 現実には立件不可能。でも放っておいていいものか――
「成仏させてみたら?」
 白石の提案に、野崎は思わず笑った。
「だって、幽霊だろう?それしかなくねぇ?」
「そうだけど」
 野崎は、黙っている宇佐美を見て言った。
「これだけのことをしでかす奴なんだから、なにか相当な恨みを持っているんだろう……世間に対してなのか、何に対してなのかは分からないけど」
「――」
 宇佐美は黙っている。
「放っておいたらきっとまた同じような不審死があるかもしれない。けど、迂闊にかかわって危険な目に合うなら……いっそ、ここらで手を引いた方が無難かも――」
「……」
「どう?そう思わない?」
 聞かれて宇佐美は視線を向けた。野崎の目が不安に曇っている。
「お前はまだヤツの姿をハッキリ見ていない。今ならまだ引き返せるんじゃないの?」
「俺の事……心配してくれてるの?」
「そりゃ――」
 言って、野崎は少し照れたように笑った。
「これで死なれたら夢見が悪い」
 その言葉に宇佐美は微笑を浮かべた。
 が。すぐに真顔になると、静かに首を振った。
「残念だけど……たぶん手遅れですよ。俺たち――」
 そう言って、目の前にいる野崎と白石、両方を見て言った。

「もう目をつけられてる」
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