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コートの裾を翻して、倉見は事務所のある建物の外へ出た。
年の瀬も押し迫った12月。
取引先の挨拶回りで、この日、倉見は久しぶりに松原工業を訪れていた。
社長の松原は相変わらず、よく肥えた狸の方な風体で落ち着きなく動き回っていたが、新工場が無事に稼働したことで至極ご満悦だった。
「倉見さんとは今後ともよいお付き合いがしたいので」
と、持参した自社のカレンダー以上の立派な菓子折りまで貰ってしまい、倉見は恐縮してしまった。
(どうしようこれ……)
駐車場の車に戻り、貰った菓子折りの処遇に思案していると、コンコンと助手席側の窓を叩かれる。
倉見は視線を向けて笑った。ウインドウを下げると、「お疲れ様です」と綾瀬が笑いかけくる。
作業用のジャンパーに身を包み、寒そうに身を縮めていた。
「俺、駅まで用があるんですけど――乗せてもらえます?」
その台詞に、本当か?と疑わしい目を向けた。
「また嘘ついて中抜けしてきたんだろう?」
「今度は本当だよ」
綾瀬はそう言うと、助手席に乗り込んできた。
「今日は寒いな」と肩をすくめると、手にしていた茶封筒を見せた。
「事務の子が郵便局に行くっていうから、じゃあ俺が行ってあげるって引き受けた。駅前の郵便局」
「郵便局なら駅まで行かなくても近くにあっただろう?」
「どこの郵便局に行くとは言ってないもん」
そう言って口を尖らせる綾瀬に、「しょうがない奴だな」と倉見は苦笑した。
「来たばっかりなのもう帰っちゃうの?」
「年末の挨拶回りしてるだけだよ。この後まだ数社回らなきゃいけないし……」
と言って腕時計を見る。チェッと舌打ちする綾瀬に、倉見は笑って言った。
「どうせ週末会うでしょう?」
「仕事中の諒太に会いたいんだよ」
そう言うと、嬉しそうに倉見を見て笑う。
「ジャケット脱がしてさ。ネクタイ外して、ワイシャツのボタンを一個ずつ外して……」
倉見は照れて俯いた。
「ベルト外して、ズボン脱がして、最終的にはパンツ脱がして――諒太は脱ぐ物、いっぱいあるな」
「一海は簡単でいいよな」
これとこれ脱がしたら終わりだもん、と言って綾瀬の作業着を引っ張った。
綾瀬は黙って倉見を抱き寄せた。
「おい……ここではマズイって」
工場から離れているとはいえ会社の駐車場。いつ人が来るか分からないのに――
戸惑う倉見をよそに、綾瀬はギュッと抱きしめながら、首筋に顔を摺り寄せて言った。
「諒太はいつもいい匂いがする。この香水なに?俺この匂い好き」
「そぉ?じゃあ今度プレゼントするよ」
「ほんと?」
「もうすぐクリスマスだし」
綾瀬は嬉しそうに笑った。そしてキスをしようと顔を近づける。
「ダメだってば!」
倉見は慌てて制した。
「会社の人に見られたらどうすんだよ?」
「誰も見てないよ」
「でも」
「昼休憩だからみんな飯食ってる。ここには来ないよ」
そう言ってキスを迫る綾瀬を、倉見は再度手で制した。
「なんでぇ?!」
駄々っ子のように拗ねる綾瀬の唇に指を押し当てて、倉見は言った。
「今はダメ。キスだけじゃ……終わらなくなるだろう?」
「……」
「中身ケダモノなんだから」
フッと笑う綾瀬に倉見も微笑みかけると、車を走らせた。
年の瀬も押し迫った12月。
取引先の挨拶回りで、この日、倉見は久しぶりに松原工業を訪れていた。
社長の松原は相変わらず、よく肥えた狸の方な風体で落ち着きなく動き回っていたが、新工場が無事に稼働したことで至極ご満悦だった。
「倉見さんとは今後ともよいお付き合いがしたいので」
と、持参した自社のカレンダー以上の立派な菓子折りまで貰ってしまい、倉見は恐縮してしまった。
(どうしようこれ……)
駐車場の車に戻り、貰った菓子折りの処遇に思案していると、コンコンと助手席側の窓を叩かれる。
倉見は視線を向けて笑った。ウインドウを下げると、「お疲れ様です」と綾瀬が笑いかけくる。
作業用のジャンパーに身を包み、寒そうに身を縮めていた。
「俺、駅まで用があるんですけど――乗せてもらえます?」
その台詞に、本当か?と疑わしい目を向けた。
「また嘘ついて中抜けしてきたんだろう?」
「今度は本当だよ」
綾瀬はそう言うと、助手席に乗り込んできた。
「今日は寒いな」と肩をすくめると、手にしていた茶封筒を見せた。
「事務の子が郵便局に行くっていうから、じゃあ俺が行ってあげるって引き受けた。駅前の郵便局」
「郵便局なら駅まで行かなくても近くにあっただろう?」
「どこの郵便局に行くとは言ってないもん」
そう言って口を尖らせる綾瀬に、「しょうがない奴だな」と倉見は苦笑した。
「来たばっかりなのもう帰っちゃうの?」
「年末の挨拶回りしてるだけだよ。この後まだ数社回らなきゃいけないし……」
と言って腕時計を見る。チェッと舌打ちする綾瀬に、倉見は笑って言った。
「どうせ週末会うでしょう?」
「仕事中の諒太に会いたいんだよ」
そう言うと、嬉しそうに倉見を見て笑う。
「ジャケット脱がしてさ。ネクタイ外して、ワイシャツのボタンを一個ずつ外して……」
倉見は照れて俯いた。
「ベルト外して、ズボン脱がして、最終的にはパンツ脱がして――諒太は脱ぐ物、いっぱいあるな」
「一海は簡単でいいよな」
これとこれ脱がしたら終わりだもん、と言って綾瀬の作業着を引っ張った。
綾瀬は黙って倉見を抱き寄せた。
「おい……ここではマズイって」
工場から離れているとはいえ会社の駐車場。いつ人が来るか分からないのに――
戸惑う倉見をよそに、綾瀬はギュッと抱きしめながら、首筋に顔を摺り寄せて言った。
「諒太はいつもいい匂いがする。この香水なに?俺この匂い好き」
「そぉ?じゃあ今度プレゼントするよ」
「ほんと?」
「もうすぐクリスマスだし」
綾瀬は嬉しそうに笑った。そしてキスをしようと顔を近づける。
「ダメだってば!」
倉見は慌てて制した。
「会社の人に見られたらどうすんだよ?」
「誰も見てないよ」
「でも」
「昼休憩だからみんな飯食ってる。ここには来ないよ」
そう言ってキスを迫る綾瀬を、倉見は再度手で制した。
「なんでぇ?!」
駄々っ子のように拗ねる綾瀬の唇に指を押し当てて、倉見は言った。
「今はダメ。キスだけじゃ……終わらなくなるだろう?」
「……」
「中身ケダモノなんだから」
フッと笑う綾瀬に倉見も微笑みかけると、車を走らせた。
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