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sorarion914

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#34

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 夕日が徐々に周囲の景色を赤く染めていく。
 せっかくこんな所まで来たのに。2人は外に出ることもなく、エアコンの効いた車内でずっと話をしているだけだった。
 それでも、今はこの2人きりの空間が何故かとても心地よい。
 倉見は手を伸ばすと、綾瀬のネクタイをそっと整えた。
「スーツ、似合ってるよ」
 そう言われて綾瀬は苦笑した。
「こういうの窮屈だから苦手だ」
「そう?黒髪も悪くないよ」
「事務の人に七五三みたいだって笑われたよ」
「あははは」
 倉見は笑いながら、「七五三はないよなぁ」と言い、「せめて成人式だろう?」と、手で綾瀬の前髪を七三分けにした。
「ちょっと……なにすんだよ、やめろって」
 笑いながら倉見の手を振り払う綾瀬に、倉見は「可愛いよ」とちょっかいを出す。
「可愛くないよ」
 と綾瀬は照れながら口を尖らせたが、ふと気づいてスマホを取り出すと、「そうだ倉見さん。一緒に写真撮ろう」と言った。
「ここで?」
 どうせなら外に出て撮った方が……と倉見は言ったが、「いいんだよ、ここで」と綾瀬は言いながら、画角に収まるように倉見の方へ身を寄せた。
「ほら、笑って」
「でも」
 自撮りモードの画面の中から、綾瀬が笑いかける。倉見は少し困ったような顔をした。
「ちょっと薄暗くない?」
「いいから笑って」
「ライト付けた方が……」
「笑えって」
 脇腹をくすぐられ、倉見は弾ける様に笑った。執拗に脇腹を攻撃され、身をよじりながら「分かった分かった」と、観念したようにカメラの方を見る。
 ふざけあう2人を、連射モードで撮り続ける。何枚か撮り続けるうちに、ふと画面の中の綾瀬が自分の方を見ていることに気づき、倉見は横を見た。
 目が合い、無言のまま、そっと唇を重ねる。
 どちらからともなく離れ、再び見つめ合った後、抱き合いながら今度はもう少し深く、激しく―――


 誰かに見られることなど、もうどうでもよかった。


  

 車窓を流れる湾岸線の明かりが、小さく瞬く星のように流れていく。
 照明灯の光が、走行リズムに合わせて車内を照らし、そのオレンジの光の中で綾瀬の横顔が時折揺れて見えた。
 倉見は運転しながら、ゆっくりと左手を綾瀬の膝の上に置いた。
 それに気づいた綾瀬が小さく笑って、自分の手を重ねて置く。
 2人は何もわず、掌を合わせると固く握りあった。

 街の明かりが徐々に迫ってくる。
 互いに手を握り合ったまま、2人を乗せた車は夜の街を走り抜けた。

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