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sorarion914

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#29

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 土曜日。
 倉見は珍しく昼まで寝ていた。
 どうせ予定は何もない。たまにはこんな日があってもいい……と、半ば開き直るように、寝返りを打っていたが……
 気温が上がってきたせいか、室内の暑さに耐えきれず起き上がると、エアコンをつけた。
「……」
 しばらくぼんやりと虚空を見つめる。そしてふと、気づいて机の上のハンカチに目をやった。
 手に取って眺める。
 アイロンでもかけたのか。キレイに洗って畳んである。意外に几帳面な男なんだな……と思って、倉見は笑った。
 ちょっと近くまで来たから……と言っていたが、本当だろうか。
 わざわざ返しに来てくれたのでは?
 あらかじめ連絡をくれていたら、ちゃんと説明したのに――
 (驚いた顔してたな……)
 千秋を彼女だと勘違いしたようだったが――にしても、あんな風に立ち去ることはないだろう。
 きちんと説明したいが、改めて話をするのもなんだかおかしな気がする。
 (これじゃまるで、浮気現場を見られた彼氏みたいじゃないか)
 思わず苦笑したが、今の倉見の心境はまさにそれだった。どう言い訳しようかと、必死に考えている。
 倉見はスマホを手に取って、綾瀬にメッセージを送ろうとした。が――
 (なんて書けばいい?あの人は彼女じゃないよって書く?)
 でもそれじゃ本当に綾瀬に対して変な言い訳しているみたいだ。
 別に自分が女と一緒にいようがいまいが、彼になんの関係がある?
 綾瀬と自分が恋人同士ならともかく――
「……」
 そこまで考えて、倉見はため息をついた。
 自分が、綾瀬の事を意識しているのは何となく自覚している。彼がゲイだと知ってからは、特に。
 だからきっと、過剰に反応しているだけだ。普通なら何でもない態度や言葉なのに、もしかしたら自分に気があるのでは?と疑っているだけ。
 (彼にだって好みはあるだろう。勝手に意識されたら彼だって迷惑なはず)
 倉見はスマホを置いて、もう一度布団に倒れ込んだ。
 そして天井を見上げながら、じゃあ――と思う。

 なんでキスなんてしたんだ?

 酔った勢いでキス?
 好きでもない相手に、そんなことする?
 俺だったら……多少でも気があるからキスが出来る。その気がなければしない。
 もちろん自分は女にだが――
 それとも、単にからかわれただけだろうか?

「あぁ……分かんない……」
 倉見は声に出して悶えた。
「俺、なにで悩んでんの……?」
 頭を引っかき回しながら、うーん……と唸る。
 もう一度聞いてみる?俺の事好きなの?って――でも茶化されて終わったし、あれは本気じゃない言い方だったし……


『じゃあ、お前自身はどうなんだよ?』


「―――!?」
 不意に、もう一人の自分に問いかけられて、倉見は起き上がった。
 (俺?)
 胸を押さえてハッとする。

 ハンカチを手に取って、それを開く。目の前にかざして倉見はじっと見つめた。
 自分と会うための口実を返されてしまった……
 まるで、もう二度と会わないと言われてしまったような気がして――なぜだか胸が痛む。
 36年生きてきたが、は初めてだった。初めて経験する感情の津波だった。
 乗り越え方なんて分かるものか。
 でも、「連絡します」と言ってくれた、あの時の綾瀬の言葉が、今もまだ小さな灯火ともしびとなって胸に残っている。
 不思議と温かく、優しい光だ――

「……」
 倉見は目を閉じると、唇にそっと指を押し当てた。
 自分が何を求めているのか――それを確認するために……


 倉見は想像の中でもう一度、綾瀬とキスをした。
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