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先日の激しい夕立が、どうやら梅雨明けのサインだったようで、ここ連日真夏を思わせる晴天が続いていた。
この日、綾瀬は仕事帰りに駅へ向かうと、そのまま上り電車に飛び乗った。
事前に連絡しようと思っていたが、あえて何も言わずに倉見の会社まで行ってみようと思ったのだ。
週末の金曜日。
倉見が残業でないことを祈りつつ、会社の近くまで来ると、綾瀬はスマホを取り出した。
連絡先のアドレスは、前回会った時に教えてもらっていた。
綾瀬は目の前のビルを見上げる。ここの2フロアが壮和エンジニアリングのオフィスだ。
そのどこかに倉見がいる――そう思うとなんだか胸が高鳴った。
メッセージを送ろうと書き込みながら、ふと――視線を前方へ向ける。
見慣れた姿がビルから出てきた。
(倉見さん?)
綾瀬はハッとなって、メッセージを打つ手を止めた。
近づいて声をかけようとしたが、その時、倉見の元へ駆け寄る1人の女性が現れて慌てて足を止める。
事前に待ち合わせでもしていたのだろうか。倉見は驚いた風もなく、笑顔を浮かべて対応していた。
そして並んで歩き始める。
こちらへ向かって歩いてくる2人を、回避する余裕もなく呆然と立ち尽くしていた綾瀬は、真正面から2人と対峙することになってしまった。
「あれ?綾瀬さん?」
「―――」
倉見は心底驚いた顔をしていた。なぜこんな所に?というように見ている。
「あ……」
綾瀬は一瞬言葉に詰まったが、すぐに笑顔を浮かべると、言った。
「ちょっと近くまで来たから……いるかなと思って」
そして鞄からハンカチを取り出すと、それを倉見の方へ差し出した。
「あのこれ……お返します。長いことお借りしててすみません」
「え……」
倉見はハンカチを受け取ると、戸惑ったように綾瀬を見た。そして、隣にいる千秋に気づいて慌てて言った。
「あ、あの、彼女は」
「ごめんなさい、デートの邪魔するつもりはないんで――失礼します!」
そう言うと、綾瀬は背を向けて歩き出した。
「待って綾瀬さん!違うんです」
倉見の声が追ってきたが、綾瀬はそれを振り切るように駆け出した。
雑居ビルの地下にある小さなバー。
中からは騒がしい声が聞こえてくる。
綾瀬が店に入ると、「あら!イケメンのお出ましよぉ」とスーちゃんの甲高い声が響いた。
カウンターではサチ姐が相変わらず派手な衣装とメイクで、優雅にタバコをふかしていた。今日はエージとテツも一緒だった。
綾瀬はカウンターに回ると、黙ってサチ姐の前に立った。
「……」
サチ姐は目の前に立つ綾瀬を驚いたように見ていたが、ふと何かを察してタバコを灰皿でもみ消した。
俯く綾瀬の顔をじっと覗き込む。そして――何も言わずにそっと抱き寄せた。
「ぅわぁぁぁ……」
突然―――
子供のように泣き始めた綾瀬に、スーちゃんは「やだ、カズミちゃんどうしたの?」と駆け寄る。
テツも心配そうに椅子から腰を浮かしたが、エージが黙って首を振り、それを制した。
サチ姐は泣きじゃくる綾瀬の背を優しく撫でながら、「ホンとバカな子ね」と囁いた。
「だから言ったのに――」
この日、綾瀬は仕事帰りに駅へ向かうと、そのまま上り電車に飛び乗った。
事前に連絡しようと思っていたが、あえて何も言わずに倉見の会社まで行ってみようと思ったのだ。
週末の金曜日。
倉見が残業でないことを祈りつつ、会社の近くまで来ると、綾瀬はスマホを取り出した。
連絡先のアドレスは、前回会った時に教えてもらっていた。
綾瀬は目の前のビルを見上げる。ここの2フロアが壮和エンジニアリングのオフィスだ。
そのどこかに倉見がいる――そう思うとなんだか胸が高鳴った。
メッセージを送ろうと書き込みながら、ふと――視線を前方へ向ける。
見慣れた姿がビルから出てきた。
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綾瀬はハッとなって、メッセージを打つ手を止めた。
近づいて声をかけようとしたが、その時、倉見の元へ駆け寄る1人の女性が現れて慌てて足を止める。
事前に待ち合わせでもしていたのだろうか。倉見は驚いた風もなく、笑顔を浮かべて対応していた。
そして並んで歩き始める。
こちらへ向かって歩いてくる2人を、回避する余裕もなく呆然と立ち尽くしていた綾瀬は、真正面から2人と対峙することになってしまった。
「あれ?綾瀬さん?」
「―――」
倉見は心底驚いた顔をしていた。なぜこんな所に?というように見ている。
「あ……」
綾瀬は一瞬言葉に詰まったが、すぐに笑顔を浮かべると、言った。
「ちょっと近くまで来たから……いるかなと思って」
そして鞄からハンカチを取り出すと、それを倉見の方へ差し出した。
「あのこれ……お返します。長いことお借りしててすみません」
「え……」
倉見はハンカチを受け取ると、戸惑ったように綾瀬を見た。そして、隣にいる千秋に気づいて慌てて言った。
「あ、あの、彼女は」
「ごめんなさい、デートの邪魔するつもりはないんで――失礼します!」
そう言うと、綾瀬は背を向けて歩き出した。
「待って綾瀬さん!違うんです」
倉見の声が追ってきたが、綾瀬はそれを振り切るように駆け出した。
雑居ビルの地下にある小さなバー。
中からは騒がしい声が聞こえてくる。
綾瀬が店に入ると、「あら!イケメンのお出ましよぉ」とスーちゃんの甲高い声が響いた。
カウンターではサチ姐が相変わらず派手な衣装とメイクで、優雅にタバコをふかしていた。今日はエージとテツも一緒だった。
綾瀬はカウンターに回ると、黙ってサチ姐の前に立った。
「……」
サチ姐は目の前に立つ綾瀬を驚いたように見ていたが、ふと何かを察してタバコを灰皿でもみ消した。
俯く綾瀬の顔をじっと覗き込む。そして――何も言わずにそっと抱き寄せた。
「ぅわぁぁぁ……」
突然―――
子供のように泣き始めた綾瀬に、スーちゃんは「やだ、カズミちゃんどうしたの?」と駆け寄る。
テツも心配そうに椅子から腰を浮かしたが、エージが黙って首を振り、それを制した。
サチ姐は泣きじゃくる綾瀬の背を優しく撫でながら、「ホンとバカな子ね」と囁いた。
「だから言ったのに――」
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