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#25
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綾瀬は顔を上げると、運転席で俯く倉見の横顔を見た。そして、「そういえば……」と小さく呟く。
倉見は視線を向けた。
「ハンカチ、返すの忘れちゃいました」
「……あぁ」
「もう一度、口実に使ってもいいですか?」
「――」
倉見はじっと綾瀬の目を見た。綾瀬は無邪気な目をして首を傾げてみせる。
キスの事も、冗談交じりの告白も、彼はそれほど深刻な事とは思っていないようだった。なので倉見も、軽く笑って流してしまえばよかったのだが……
「また会ってもらえますか?」
そう問いかけてきた綾瀬の目が、縋るように一瞬揺らぐ。倉見は思わず頷いた。
「もちろん……いいですよ」
綾瀬はホッとしたように笑うと、「ありがとうございます。今度はちゃんと返しますから」と言ってドアを開けると車外に出た。そして、「お疲れ様でした」と軽く一礼すると、踵を返して工場の方へ駆け出した。その後ろ姿を、倉見は黙って見送った。
雨脚が強くなり、辺りが急に暗くなってきた。
遠くで雷の音が聞こえたような気がしたが――倉見は気にせずアクセルを踏むと駐車場を後にした。
綾瀬は、髪についた雨粒を振り払うと、そのまま事務所には戻らず、更衣室の自分のロッカーの前で蹲った。
「――」
いつになく緊張しているのが分かった。
自分の体が小刻みに震えている。
(怖かった……)
綾瀬は胸を押さえて息を吐いた。
さり気なく好きだと告げてしまったが、倉見の様子に不安を感じて曖昧に誤魔化してしまった。
本気で言っていると思われたら、拒絶されそうな気がしたのだ。
(警戒されたかな――)
でもまた会うことは拒否されなかった。それとも気を使われただけだろうか?
(どうしよう……怖い)
拒絶され、嫌悪された経験は綾瀬にもあるが、こんなに恐怖を感じたのは初めてだった。もし、倉見にそうされたら?冷たい目で自分を見るようになったら?避けられるようになったら?
ごく普通の、男同士の付き合いで満足しよう。
そう決めたのに、心のどこかでやはり期待しているのだ。
悔しいがエージの言う通りだ。
大抵の男がそうであるように、倉見は同性を恋愛対象には見ていない。
自分がゲイだと手の内を明かしたところで、意識はしても本気になってはもらえない。
想いを寄せても、自分が傷つくだけ――
そんなこと、端から承知の上なのに――いつものように振舞うことが出来ない自分に綾瀬は困惑した。
好きなら好きと、本気で言ってしまえばよかったのに。ハンカチなど口実に使わず、堂々と誘えばよかったのに。
せっかくあんな狭い車内で二人っきりになれたんだから、抱き寄せてキスでもすればよかったのに。
どうせもう、そう会うこともない人なんだから……
どう思われようと、例え殴られようと、ありのままの自分を見せればよかったのに――
(でも嫌われたくない……)
綾瀬は膝を抱えたまま震えていた。好きだという気持ちが膨れ上がると、それに呼応するように恐怖も大きく膨らんでいく。
過去に関係を持った男たちに、ここまでの恐怖を感じたことがあっただろうか?
別れた寂しさや後悔はあったし、多少の不安は感じても、ここまでじゃなかった。
それはきっと、どこかでダメになっても仕方ないと割り切っていたからだろう。
ノンケ相手なら尚更、いつか女の所へ行ってしまうと覚悟していた。
それは倉見だって同じはずなのに。
なのに―――
胸が痛い……
どうしよう、俺――
あの人のこと、本気で好きなんだ―――
倉見は視線を向けた。
「ハンカチ、返すの忘れちゃいました」
「……あぁ」
「もう一度、口実に使ってもいいですか?」
「――」
倉見はじっと綾瀬の目を見た。綾瀬は無邪気な目をして首を傾げてみせる。
キスの事も、冗談交じりの告白も、彼はそれほど深刻な事とは思っていないようだった。なので倉見も、軽く笑って流してしまえばよかったのだが……
「また会ってもらえますか?」
そう問いかけてきた綾瀬の目が、縋るように一瞬揺らぐ。倉見は思わず頷いた。
「もちろん……いいですよ」
綾瀬はホッとしたように笑うと、「ありがとうございます。今度はちゃんと返しますから」と言ってドアを開けると車外に出た。そして、「お疲れ様でした」と軽く一礼すると、踵を返して工場の方へ駆け出した。その後ろ姿を、倉見は黙って見送った。
雨脚が強くなり、辺りが急に暗くなってきた。
遠くで雷の音が聞こえたような気がしたが――倉見は気にせずアクセルを踏むと駐車場を後にした。
綾瀬は、髪についた雨粒を振り払うと、そのまま事務所には戻らず、更衣室の自分のロッカーの前で蹲った。
「――」
いつになく緊張しているのが分かった。
自分の体が小刻みに震えている。
(怖かった……)
綾瀬は胸を押さえて息を吐いた。
さり気なく好きだと告げてしまったが、倉見の様子に不安を感じて曖昧に誤魔化してしまった。
本気で言っていると思われたら、拒絶されそうな気がしたのだ。
(警戒されたかな――)
でもまた会うことは拒否されなかった。それとも気を使われただけだろうか?
(どうしよう……怖い)
拒絶され、嫌悪された経験は綾瀬にもあるが、こんなに恐怖を感じたのは初めてだった。もし、倉見にそうされたら?冷たい目で自分を見るようになったら?避けられるようになったら?
ごく普通の、男同士の付き合いで満足しよう。
そう決めたのに、心のどこかでやはり期待しているのだ。
悔しいがエージの言う通りだ。
大抵の男がそうであるように、倉見は同性を恋愛対象には見ていない。
自分がゲイだと手の内を明かしたところで、意識はしても本気になってはもらえない。
想いを寄せても、自分が傷つくだけ――
そんなこと、端から承知の上なのに――いつものように振舞うことが出来ない自分に綾瀬は困惑した。
好きなら好きと、本気で言ってしまえばよかったのに。ハンカチなど口実に使わず、堂々と誘えばよかったのに。
せっかくあんな狭い車内で二人っきりになれたんだから、抱き寄せてキスでもすればよかったのに。
どうせもう、そう会うこともない人なんだから……
どう思われようと、例え殴られようと、ありのままの自分を見せればよかったのに――
(でも嫌われたくない……)
綾瀬は膝を抱えたまま震えていた。好きだという気持ちが膨れ上がると、それに呼応するように恐怖も大きく膨らんでいく。
過去に関係を持った男たちに、ここまでの恐怖を感じたことがあっただろうか?
別れた寂しさや後悔はあったし、多少の不安は感じても、ここまでじゃなかった。
それはきっと、どこかでダメになっても仕方ないと割り切っていたからだろう。
ノンケ相手なら尚更、いつか女の所へ行ってしまうと覚悟していた。
それは倉見だって同じはずなのに。
なのに―――
胸が痛い……
どうしよう、俺――
あの人のこと、本気で好きなんだ―――
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