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#22
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「ゲイだって、カミングアウトしちゃったの?」
カウンターの向こうでエージが驚いた顔をした。
午前零時過ぎ。
平日の夜は客の入り次第で早仕舞いする。
この日も、これ以上の客入りは期待できそうもないと判断すると、エージは早々に店の後片付けを始めた。
数日前に倉見と共に訪れたバーのカウンターで、綾瀬は頬杖を突いたまま「うん」と頷いた。
「手札はちゃんと見せておかないと」
その台詞に「潔いな」とエージは笑った。
「で?彼の反応は?」
「ビックリしてた」
「そりゃそうだろう」
「でも受け入れてくれたよ。偏見はない人だ」
綾瀬がそう言うと、カウンターの奥から帰り支度をしたテツが出てきて、「僕先に帰ってるね」とエージの頬にキスをした。そして綾瀬に笑いかけると、「カズミ君、またね」と手を振って店を出て行く。
綾瀬も手を振ってそれを見送った。
「お疲れ様~」
手をヒラヒラと振っている綾瀬を見て、エージは言った。
「その気がなくても、そんなカミングアウトされたら意識するだろうな」
その言葉に綾瀬は意味ありげな微笑を浮かべた。それを見て、何かピンときたエージは、「まさかお前……」と、片付けの手を止めて言った。
「それが狙いか?」
「……」
「意識させたモン勝ちだもんな。うわぁ~お前その手でいつもノンケを落としてるの!?」
「違うよ!そんなんじゃないって」
綾瀬は慌てて首を振ると、言い訳めいた口調で言った。
「ホンと言うと、酔ってつい口から出ちゃったんだ。同棲相手が男だったってこと……だから正直に言っただけ」
「……」
本当か?というようにエージは笑ったが、何も言わずに黙り込む綾瀬を見て、しばらく無言でグラスを拭いていた。
キレイに拭いたグラスをカウンターの上に並べながら、エージはふと呟くように聞いた。
「……彼と付き合えると思ってる?」
綾瀬は答えなかった。
「傷つく一海を見たくないよ。悪いこと言わないから諦めろ」
「……」
「前の彼は、たまたまお前に合わせられる人だっただけだ。今度の彼もそうとは限らないよ?大抵は――拒絶されて終わる。俺も経験あるから分かる」
「エージさん」
エージはグラスを拭きながら自嘲気味に笑って言った。
「一海の気持ちはよく分かるよ。ノンケの男ってさ。ゲイより魅力あるんだよな。無防備だから、自然に近寄ってイチャイチャできる」
「……」
「でも、こっちに妙な下心があるって分かった途端、嫌悪されて避けられる。優しかった彼が、冷たい目を向けるあの瞬間――本当に辛い」
「倉見さんはそんな人じゃないよ。キスしたけど……嫌がらなかった」
「キスしたの?」
驚くエージに綾瀬は頷いた。
「うん。殴られるかと思ったけど……平気だった。だからもう一度キスして――」
「……」
「それでも拒絶しなかった。ねぇ、これって」
「仕事上の付き合いがある人なんだろう?」
綾瀬の言葉を遮るようにエージは言った。
「今後のことも考えて、気まずくならない様に対応してただけなんじゃないの?」
「……」
「酒も入ってたし。お互いシラフでキスしたんならともかく、酔った上での行為は当てにならない」
「――」
綾瀬は黙り込む。そんな綾瀬を見てエージはグラスを置くと、両腕をカウンターに乗せて、じっと綾瀬の目を覗き込み、言った。
「一海。ごく普通の、男同士の付き合いをするって言ったよな?でもお前、やっぱり何か期待してる」
「期待なんかしてない」
「そうか?じゃあもし彼に女が出来たら、お前それを祝福できる?ごく普通の、男同士の付き合いをするってことは、そういう現実を見ても普通にしていられるってことなんだよ?」
綾瀬は黙ってエージを見た。
何を言いたいかは分かっている。エージが自分を心配して言ってくれていることは充分分かっていた。分かってはいたが――心の内を見透かされているような気がして、綾瀬は憮然とした表情で立ち上がると、「祝福できるよ」と吐き捨てるように言うと、そのまま店を出て行った。
カウンターの向こうでエージが驚いた顔をした。
午前零時過ぎ。
平日の夜は客の入り次第で早仕舞いする。
この日も、これ以上の客入りは期待できそうもないと判断すると、エージは早々に店の後片付けを始めた。
数日前に倉見と共に訪れたバーのカウンターで、綾瀬は頬杖を突いたまま「うん」と頷いた。
「手札はちゃんと見せておかないと」
その台詞に「潔いな」とエージは笑った。
「で?彼の反応は?」
「ビックリしてた」
「そりゃそうだろう」
「でも受け入れてくれたよ。偏見はない人だ」
綾瀬がそう言うと、カウンターの奥から帰り支度をしたテツが出てきて、「僕先に帰ってるね」とエージの頬にキスをした。そして綾瀬に笑いかけると、「カズミ君、またね」と手を振って店を出て行く。
綾瀬も手を振ってそれを見送った。
「お疲れ様~」
手をヒラヒラと振っている綾瀬を見て、エージは言った。
「その気がなくても、そんなカミングアウトされたら意識するだろうな」
その言葉に綾瀬は意味ありげな微笑を浮かべた。それを見て、何かピンときたエージは、「まさかお前……」と、片付けの手を止めて言った。
「それが狙いか?」
「……」
「意識させたモン勝ちだもんな。うわぁ~お前その手でいつもノンケを落としてるの!?」
「違うよ!そんなんじゃないって」
綾瀬は慌てて首を振ると、言い訳めいた口調で言った。
「ホンと言うと、酔ってつい口から出ちゃったんだ。同棲相手が男だったってこと……だから正直に言っただけ」
「……」
本当か?というようにエージは笑ったが、何も言わずに黙り込む綾瀬を見て、しばらく無言でグラスを拭いていた。
キレイに拭いたグラスをカウンターの上に並べながら、エージはふと呟くように聞いた。
「……彼と付き合えると思ってる?」
綾瀬は答えなかった。
「傷つく一海を見たくないよ。悪いこと言わないから諦めろ」
「……」
「前の彼は、たまたまお前に合わせられる人だっただけだ。今度の彼もそうとは限らないよ?大抵は――拒絶されて終わる。俺も経験あるから分かる」
「エージさん」
エージはグラスを拭きながら自嘲気味に笑って言った。
「一海の気持ちはよく分かるよ。ノンケの男ってさ。ゲイより魅力あるんだよな。無防備だから、自然に近寄ってイチャイチャできる」
「……」
「でも、こっちに妙な下心があるって分かった途端、嫌悪されて避けられる。優しかった彼が、冷たい目を向けるあの瞬間――本当に辛い」
「倉見さんはそんな人じゃないよ。キスしたけど……嫌がらなかった」
「キスしたの?」
驚くエージに綾瀬は頷いた。
「うん。殴られるかと思ったけど……平気だった。だからもう一度キスして――」
「……」
「それでも拒絶しなかった。ねぇ、これって」
「仕事上の付き合いがある人なんだろう?」
綾瀬の言葉を遮るようにエージは言った。
「今後のことも考えて、気まずくならない様に対応してただけなんじゃないの?」
「……」
「酒も入ってたし。お互いシラフでキスしたんならともかく、酔った上での行為は当てにならない」
「――」
綾瀬は黙り込む。そんな綾瀬を見てエージはグラスを置くと、両腕をカウンターに乗せて、じっと綾瀬の目を覗き込み、言った。
「一海。ごく普通の、男同士の付き合いをするって言ったよな?でもお前、やっぱり何か期待してる」
「期待なんかしてない」
「そうか?じゃあもし彼に女が出来たら、お前それを祝福できる?ごく普通の、男同士の付き合いをするってことは、そういう現実を見ても普通にしていられるってことなんだよ?」
綾瀬は黙ってエージを見た。
何を言いたいかは分かっている。エージが自分を心配して言ってくれていることは充分分かっていた。分かってはいたが――心の内を見透かされているような気がして、綾瀬は憮然とした表情で立ち上がると、「祝福できるよ」と吐き捨てるように言うと、そのまま店を出て行った。
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