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工場の建屋がようやく完成して、機械の搬入と設置が始まったのは、7月に入ってからの事だった。
まだ明けない梅雨空の中、倉見も技術部のスタッフと一緒に現地へ行き、それに立ち会った。
工期の遅れと設置の遅れで随分時間をロスしてしまったが、これでようやく稼働の目処がついてきた。
ヤレヤレ……という気持ちで倉見は一旦車に戻ると、座席に積んでいた仕様書などの書類が入った段ボール箱を持ち上げようと掴んだ。そして思わず「重っ!」と呟く。
倉見は両手でしっかり段ボールを掴むと、「せーのっ」と勢いで持ち上げようと弾みをつける――が、その時。
「ダメですよ」と、背後から腰に手を回されて倉見は思わず「わっ!?」と身を引いた。
「お疲れ様です」
綾瀬がニッコリと微笑みながら立っていた。そして、倉見の代わりにダンボール箱に手をかけると、
「重い物持ち上げる時、腰で持ち上げちゃダメですよ」と言って膝を曲げて身をかがめると、いとも容易く持ち上げてみせた。
「重たい物は腰じゃなくて、膝から持ち上げないと」
「……」
「どこ持ってくの?」
「え?……あぁ」
倉見は慌てて「事務所へ」と言った。
「了解」
「ありがとう……ございます」
綾瀬はフッとはにかんで見せると、先に立って歩く。
今日はいつもの作業着姿だ。スーツも悪くなかったが、この方がなんだか綾瀬らしくてシックリくる。
髪の色も茶に戻っているし、主任になっても変わらず。
重い荷物を運ぶ後ろ姿が妙に頼もしくて、倉見は思わず見とれてしまった。
そしてふと、あの夜の事を思い出す。
バーのトイレでキスしたこと――綾瀬は覚えているだろうか?
目の前を歩く綾瀬の背に問いかけてみたかったが、なぜか怖くて聞けなかった。
かなり酔っていたし、あの日は倉見自身もどうやって家まで帰ったのか覚えていない。
(でもさすがに記憶にないなんてことは……ないか)
今日の訪問で顔を合わせることは覚悟していたが、この展開は予想していなかった――と倉見は動揺する。
綾瀬はダンボール箱を抱えたまま、涼しい顔をしていた。
彼にとっては、男とキスすることなど当たり前のことなのだろう。
倉見が好きな女性にキスをするのと同じ感覚で、綾瀬は男性にキスをする。
自分が好きな男性と――そう好きな……
(好きな……男?)
(それって――まさか……)
俺―――?
「倉見さん。倉見さん?」
「――」
呼びかけられていることに気づかず、倉見は呆然としていた。
「倉見さん!」
「は、はい!?」
三度目に呼ばれた時、ようやく倉見は我に返った。
「ドア……開けてもらえます?」
ダンボール箱で両手がふさがっている綾瀬が、少し困ったように苦笑しながら、じっと倉見を見ていた。
「あぁ、ごめんなさい!」
倉見は慌てて事務所のドアを開けた。綾瀬がニヤニヤしながら自分を見て「ありがと」と囁く。
何を考えているのか、だいたい想像がつくよ、とでも言いたげな表情だった。
「……」
倉見は顔が火照ってくるのを感じて俯いた。
まだ明けない梅雨空の中、倉見も技術部のスタッフと一緒に現地へ行き、それに立ち会った。
工期の遅れと設置の遅れで随分時間をロスしてしまったが、これでようやく稼働の目処がついてきた。
ヤレヤレ……という気持ちで倉見は一旦車に戻ると、座席に積んでいた仕様書などの書類が入った段ボール箱を持ち上げようと掴んだ。そして思わず「重っ!」と呟く。
倉見は両手でしっかり段ボールを掴むと、「せーのっ」と勢いで持ち上げようと弾みをつける――が、その時。
「ダメですよ」と、背後から腰に手を回されて倉見は思わず「わっ!?」と身を引いた。
「お疲れ様です」
綾瀬がニッコリと微笑みながら立っていた。そして、倉見の代わりにダンボール箱に手をかけると、
「重い物持ち上げる時、腰で持ち上げちゃダメですよ」と言って膝を曲げて身をかがめると、いとも容易く持ち上げてみせた。
「重たい物は腰じゃなくて、膝から持ち上げないと」
「……」
「どこ持ってくの?」
「え?……あぁ」
倉見は慌てて「事務所へ」と言った。
「了解」
「ありがとう……ございます」
綾瀬はフッとはにかんで見せると、先に立って歩く。
今日はいつもの作業着姿だ。スーツも悪くなかったが、この方がなんだか綾瀬らしくてシックリくる。
髪の色も茶に戻っているし、主任になっても変わらず。
重い荷物を運ぶ後ろ姿が妙に頼もしくて、倉見は思わず見とれてしまった。
そしてふと、あの夜の事を思い出す。
バーのトイレでキスしたこと――綾瀬は覚えているだろうか?
目の前を歩く綾瀬の背に問いかけてみたかったが、なぜか怖くて聞けなかった。
かなり酔っていたし、あの日は倉見自身もどうやって家まで帰ったのか覚えていない。
(でもさすがに記憶にないなんてことは……ないか)
今日の訪問で顔を合わせることは覚悟していたが、この展開は予想していなかった――と倉見は動揺する。
綾瀬はダンボール箱を抱えたまま、涼しい顔をしていた。
彼にとっては、男とキスすることなど当たり前のことなのだろう。
倉見が好きな女性にキスをするのと同じ感覚で、綾瀬は男性にキスをする。
自分が好きな男性と――そう好きな……
(好きな……男?)
(それって――まさか……)
俺―――?
「倉見さん。倉見さん?」
「――」
呼びかけられていることに気づかず、倉見は呆然としていた。
「倉見さん!」
「は、はい!?」
三度目に呼ばれた時、ようやく倉見は我に返った。
「ドア……開けてもらえます?」
ダンボール箱で両手がふさがっている綾瀬が、少し困ったように苦笑しながら、じっと倉見を見ていた。
「あぁ、ごめんなさい!」
倉見は慌てて事務所のドアを開けた。綾瀬がニヤニヤしながら自分を見て「ありがと」と囁く。
何を考えているのか、だいたい想像がつくよ、とでも言いたげな表情だった。
「……」
倉見は顔が火照ってくるのを感じて俯いた。
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