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終章
③ 新しい神様
しおりを挟む祠の上空に薄く輝く光が差し込んだ。雲の切れ間から差し込むその光は、まるで天から降り注ぐ祝福のようだった。村人たちは顔を上げ、その神秘的な光景に目を奪われた。
「これ、稲荷がしてんの?」
心鉄が祠の方を食い入るように見つめながら言う。
「……違う……、これは村人たちが……」
稲荷は静かに、首を横に振った。
指先が温かくなり、体に力が満ちるようだった。稲荷は、初めての感覚に戸惑いを隠せない。心の奥底で蓋をされていたものが無理矢理開かされたような気がした。
(ああ……)
蓋が開いて溢れ出たものはすべて行き先が決まっていた。何がどこに行くのか、どのような変化をもたらすのか、稲荷は誰に教わらずともそれを知っていることに驚く。
心鉄が祠の傍らに立ち、周囲を見回した。いつの間にか身を切るような冷たい風は和らいでいた。変化に気づいた村人たちはお互いを見合わせ、あたりを確かめるように見回す。雪の結晶が静かに舞い落ち始めた。
「長老……」
「ああ」
壮年の男性が長老の傍らで、信じられないと言ったような顔をしている。長老も。
それは、春の訪れを感じさせる優しい風だった。
祠の周囲の空気も優しくて温かいものに変わっていた。
雪が次々と溶けていく。
「やった!!!」
村人たちも喜色の表情で、長老を囲む。
「長老、この風は……」
「ああ……春じゃ、春がきた……」
「ああ! よかった……!!」
みんなが身を寄せて喜び合っていた。
「稲荷、やったで!」
「心鉄……」
稲荷は、興奮した心鉄に、息が詰まるほど強く抱きしめられた。
でも、そんなことはどうでも良いくらい、稲荷も興奮していた。
「僕……神通力を使ったよ、心鉄……みんなの役に立てたかな……?」
「ああ、村の人もごっつ喜んどるで? さすが俺の稲荷や!」
「んぐっ!」
心鉄の胸に顔を押しつけられる。右も左もわからないくらいぎゅうぎゅうに力を入れられて、苦しいのに稲荷もだんだんどうでもよくなってきた。湧き上がるのは安堵と、コントロールできない嬉しさ。だんだんと有頂天になっていた。心鉄の背中に手を回す。
「……よかった!」
「ああ!」
「これがあなたの力ですか」
長老が稲荷に問いかけた。
心鉄の腕が緩んで、稲荷は、長老に向き直った。
「あなたたち一人一人の力です。僕は祈りの力を通すだけの通り道に過ぎません」
(そうか、神通力は無くて良いんだ……)
稲荷自身も初めて知ることができた。
”神様”は力の通り道として存在していた。稲荷の”神様”も。
稲荷の、神通力の源は、村人だ。
「もうあなたたちは自分たちができることがわかりました」
「ええ、そうです。あなたのおかげです」
「僕はなにも……まだこれからでしょう」
まだ解決していないことはある。しかし、ここに居合わせた人たちに今までのような悲壮感はない。前を向く力が戻ってきていた。
「ええ、ですが、季節が進みました。ありがとうございます」
村人たちが銘々稲荷に頭を下げていく。
「これからも村に遊びにきてください」
「子どもたちと待っています」
稲荷は、それぞれに答えていきながら、村人を見送った。
「ありがとう、心鉄」
「別に、そんなん、稲荷がすごいだけやん」
そう言いながら心鉄の耳はぴくぴくと動いている。尻尾も。
「心鉄のおかげだよ」
もう尻尾は、うるさいくらい左右に揺れていた。心鉄が照れ隠しに言う。
「神様になるってどんな感じなん?」
「山が……隅々まで生きていることがわかるよ」
今までは山に住まわせてもらっていたものが、今は稲荷も山の一部になったようだ。雪融けを誘い、地面の下では根が動いていることを感じる。生き物が動き出す。もうすぐ山のあちこちで芽吹きが見られるはずだ。
これから村は忙しくなるだろう。
稲荷にも手伝えることがあるかもしれない。
そして、祠を見るが、神様が帰ってくる様子はない。それを仕方ないときっぱりと割り切ることはまだ稲荷には難しい。それでも、一番の願いは叶っている。村と山が元気になること。もう一つ。
「心鉄、疲れたね」
「そやな。ほっとしたら急に眠たなってきた」
「帰ろう」
心鉄の手を引いて行く先は、二人の家だ。
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