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終章
② 新しい神様
しおりを挟む足首が隠れるほどの雪が積もった山道は険しかったが、心鉄の足取りは軽く吐く息も弾んでいる。担がれた長老は最初こそ文句を言っていたが、次第に静かになり、やがて肩の上でしっかりとつかまるだけになった。後ろからついていく稲荷は心配そうに声をかける。
「心鉄、ありがとう」
「全然平気やで。長老もおとなしなったし」
「……うむ」
「そ、そう……でも、無理しないでね?」
「ああ」
稲荷と心鉄が頻繁に使う道なので、獣道というほどではない。足跡が固まって道ができている。そこを村人がぞろぞろと歩く。体力的に難しい者は留守番をすることになったので、若い男が多い。それでも慢性的な空腹で息が上がっている者もいる。
「もう少しですから」
稲荷が後方に声をかける。
「大丈夫です、それより村の外にこんな道があったのですね」
壮年の男性が言う。
「ええ、普段、村の人が狩りに出る方向とは違いますから」
「はい。私は小さい頃からあまり村から離れることがなかったのです。それで過不足なく生活できていましたから、なにも思ったことはありませんが……これから私たちは変わってしまうのでしょうか」
村人の疑問は不安でもあった。この山には長い間神様がいなかった。この山にある唯一の村は、村の周辺しか知らず、閉鎖的でさえある。それでも憂うことがなく、日々を慎ましくも楽しく暮らせるならそれでよかった。
稲荷はそんな彼らの生活を守りたいと思った。
「今まで通りに戻るだけですよ」
「はい」
男性は稲荷の言葉にほっとしたようだった。
祈りの方法を伝えることはしても、気持ちは彼らの自由だ。
山道を進む一行の目の前に、木々の隙間から光が差し込み、山頂付近の広場が見えてきた。そこには古びた祠が雪の中で凜と立っていた。長らく稲荷以外誰も訪れなかった祠だが、欠かさず手入れをしているので歳月のわりには綺麗だ。
「……これが、祠……?」
初めて目にする村人たちは足を止め、息を呑む。心鉄が長老を祠の前におろした。壮年の男性が近くにいた稲荷に声をかけた。
「これは本当に……村を救ってくれる場所なのですか?」
稲荷は静かに微笑んだ。
「そや」と心鉄が答える。
「ここは長い間、山全体を見守ってきた場所です。きっとあなたたちに力を貸してくれます」
心鉄は、祠の前に立つ稲荷を見つめた。稲荷は一歩前に進むと、ゆっくりと膝を折り、手を合わせる。彼の背筋はまっすぐで、真摯な姿勢が村人たちの心を打った。
「皆さんも、僕の真似をしてみてください」
稲荷が促すと、村人たちはぎこちなく祠の前に並び、彼の仕草を真似た。
「思い浮かべることは何でもいいんです。決まりはありません」
静寂が訪れる。風の音が祠の周囲を通り抜けた。稲荷の耳を風が撫でていく。それは身を切るような冷たいだけの風ではなかった。
稲荷の尻尾が、耳が、指先が少し温度が上がったような気がする。不快なものではない。
村人たちは一様に手を合わせている。思い浮かべるのは、幸せだ。自分だけの力ではどうしようもない、今の苦しい思いをなんとかして欲しいのだと、みんなが願っているに違いなかった。
祈りを終えた稲荷が目を開けると、心鉄が少し離れたところで村人たちを見守っていた。心鉄の表情には、いつになく穏やかな光が宿っている。
「心鉄はもういいの?」
稲荷が声をかけると、心鉄は照れ臭そうに笑った。
「もうした。届いてへん?」
「どうだろ……届いていると思うよ」
「せやろ」
二人のやりとりは村人たちに届いていたが、誰もなにも言わなかった。
村人たちの心には少しずつ希望が灯り始めていた。祠の静謐な空気が、その場にいる全員の疲れた心を癒やしていくかのようだった。
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