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終章
和解の儀式
しおりを挟む「心鉄……?」
心鉄が立ち上がり、怒ったような大声で、稲荷の言葉を否定した。
その場にいた全員が、なにを言い出すのだ?という表情で、心鉄を見ている。
心鉄は、ここにいる全員の顔をぐるりと見渡してから、稲荷を見下ろす。
「……稲荷のいう神様は来おへんやん……」
「心鉄……!」
稲荷がびっくりして声をあげる。
「どういうことですか?」
長老が言う。
「いいえ、なんでもありません。夜が明けたら祠に案内させていただいても良いでしょうか」
「やめろよ、稲荷!!」
「心鉄、どうしてそんなことを言うの? 村を護るのは本来は山の神様の仕事だ。人が減って祈りの力もなくなって仕方なく出て行っただけだ。村の祈りが届けば、今を嘆いて、きっと助けてくれる!」
「稲荷が何百年待っても帰って来おへん”神様”のことかそれ?!」
「……っ!」
村人は口を挟めずにただ二人の成り行きを見ていることしかできなかった。
「やめときや……そんなだまし討ちみたいなやつ……!」
「心鉄……」
心鉄はもどかしい思いで、村のために神様を呼び戻す祈りを集めたいという稲荷の願望と焦りを見ていた。
「じゃあ……どうしたらいい……っ?! 僕が村の人にできることはこれしかないのに!」
思い詰めたように声を荒げる稲荷の姿を見たことがない心鉄はびっくりした表情で稲荷を見たが、それも一瞬。
「それ、見たこともない神様に祈るって意味やろ?」
「そ……うだけど……」
他の山では、神様のことを見たことがない人もいる。けれど、稲荷が仕えていた神様は人が好きでよく人里におりていた。稲荷も子どもたちと一緒に遊んだこともあった。稲荷が好きなこの山は、神様も人も人でないものもみんな一緒だった。羽夜や鈴愛の先祖もよく遊んでいた。
「祈っても神様が帰ってくるかわからないんだろ」
「……祈りがあれば戻ってくる。それがないと神様は生きていけないんだ」
祈れば神様が戻ってくると、稲荷はかたくなに信じている。
神様は人がいないからと言って出て行った。今は人がいる。神様がいなくても人が集まり、村を作った。そして今、神の加護を必要としている。彼らの祈りが届かないわけがない。祠があれば神様はどこにだってすぐに駆けつけることができるのだから。
「まだ言うんか?! 俺らに見たことない神様に祈れって? 違うやろ!?」
「心鉄……?」
心鉄のもどかしい気持ちが稲荷にはわからない。
「この山には稲荷しかおらんやん? 稲荷になら祈るで? な? 長老?」
「は……」
「ぼ、……僕?!」
「そや!」
話を振られた長老は、すぐには返事ができずに目を丸くしている。稲荷の言葉に、心鉄が大きくうなずく。
「いや……、心鉄……落ち着いて話し合おう……ね?」
「俺、めっちゃ落ち着いてるで?」
さっきまで大きな声で喚いていたことは棚上げになっている。
どうしてこんなときに尻尾を楽しそうに揺らせられるのだ。
村の一大事だぞ?!
稲荷の混乱を他所に、心鉄は渾身のドヤ顔で言った。
「だって、俺、稲荷を捨てた神様にまた戻って来てーってお願いするより、稲荷がええ!」
「あああ……」
心鉄はそういう狼だった。
褒めてくれとすぐにドヤ顔をする。褒め待ちドヤ。絆されそうになった稲荷だが、そんな場合ではない。
「僕がなんて無理だよ」
「なんで? 神通力あるやん」
「ある……けど、僕には不思議な力なんてほとんどないんだよ?」
「別に今なくても、村の人に祈ってもらったら神通力が増えるやん。俺も稲荷にならめっちゃ祈る」
「でも僕はただのお仕え狐……」
心鉄の中では、村を救うのは神様ではなく神通力になっているのだろうか。稲荷は、少ないながら神通力があったから神様に見初められて仕えることになった。ただ、稲荷に何かを望んで祈る人はいないから、祈りのない稲荷の神通力は使いどころがなかった。それは今も……?
「でも、僕は……どうしても山の神様が戻ってきてほしい……」
稲荷は心鉄の軽口にもかかわらず、真剣な表情で続けた。
「僕も、村に恵みが戻ってくれば良いと思っている……けれど、神様が戻るためには人々の祈りが必要なんだ……僕はずっと祈っていたいよ……」
「稲荷……」
心鉄は黙り込む。稲荷が言う通り、山の神様が戻るためには信仰の力が不可欠だった
「そやけど、神様が戻って来おへんかったら……俺等はどうなるん?」
「それは……」
稲荷は目を伏せ、しばらく沈黙した。神様の力に頼らない方法があるのかどうか、答えが見つからない。しかし、心鉄の目に浮かんだ疑問は、稲荷自身の心にもあることを感じ取っていた。
ごほん。
と、長引く二人のやりとりが平行線なので、長老が話しを始めた。
「私共はよくわかりませんが」
長老が二人を交互に見る。稲荷も心鉄も、村人の前で言い争ってしまったことを恥じた。長老の話しを聞くため正座する。
「どちらにしても我々は、祈ることしかできない身です……」
「いえ……そんなこと」
稲荷は祈りを集めることで、この危機を回避したいと思っているが、狼と話し合う方法もあるのだ。心鉄の家族かもしれない上に食糧が少なくて気が立っていると思うと複雑すぎて、穏便に話しを進める自信はあまりないのだが……。
「今の話しを聞くに、稲荷さん」
「は、はい……」
「我々も、見たこともない、ましてよくわからない”神”という存在に祈るよりは、あなたに祈りたいと思います」
「は……」
「あなたにもその力がおありでしょう」
「………はい」
神様にはほど遠いが、稲荷にも神通力はある。人にはない力だ。しかしほとんど無い。稲荷は”祈り”をもらったことがないから……。まともに神通力が使えるのかどうかもわからない。
「祈る方法を教えてください、それで村がよい方向へ向かうなら我々は何でもいたします」
いいのだろうか。
祈りをもらっただけで、村のために力を使うことができるだろうか。力の正しい使い方はわかるだろうか。 責任が重い。こわい。
「いえ……僕は……」
「稲荷」
「!」
手に温かさを感じる。心鉄に手を握られていた。顔を上げると、心鉄の表情は自信に満ちていた。稲荷には不思議でしかたない。
「稲荷ならできるって」
「心鉄……、こんな村にとって大事な決断をしないといけないときに、どうしてそんなに自信満々なんだい……? 僕は怖いよ……」
「私は少しわかる気がします」
「長老……?」
「稲荷さんが村を気にかけてくれていることは、我々もよくわかっています。あなたに村を救って欲しいと思います。稲荷さん、お願いします」
「私も……稲荷さんに祈りたいです」
「俺も……」
同じ部屋にいた村の男女も口々にそう言う。
「腹くくれよ稲荷。俺も稲荷が神様になってくれへんかってずっと思ってたし」
「心鉄……、長老……みなさんも……」
「村のみんなもきっと同じ気持ちだと思いますよ」
女性がそう言って微笑む。稲荷の中で、在りし日の人々の祈りの姿が重なった。澄んだ思いでみんな手を合わせていた。幼い稲荷は、その姿を憧憬を感じながら見ていたのだ……。
「僕でお力になれるなら……喜んで」
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