15 / 19
終章
和解の儀式
しおりを挟む「心鉄……?」
心鉄が立ち上がり、怒ったような大声で、稲荷の言葉を否定した。
その場にいた全員が、なにを言い出すのだ?という表情で、心鉄を見ている。
心鉄は、ここにいる全員の顔をぐるりと見渡してから、稲荷を見下ろす。
「……稲荷のいう神様は来おへんやん……」
「心鉄……!」
稲荷がびっくりして声をあげる。
「どういうことですか?」
長老が言う。
「いいえ、なんでもありません。夜が明けたら祠に案内させていただいても良いでしょうか」
「やめろよ、稲荷!!」
「心鉄、どうしてそんなことを言うの? 村を護るのは本来は山の神様の仕事だ。人が減って祈りの力もなくなって仕方なく出て行っただけだ。村の祈りが届けば、今を嘆いて、きっと助けてくれる!」
「稲荷が何百年待っても帰って来おへん”神様”のことかそれ?!」
「……っ!」
村人は口を挟めずにただ二人の成り行きを見ていることしかできなかった。
「やめときや……そんなだまし討ちみたいなやつ……!」
「心鉄……」
心鉄はもどかしい思いで、村のために神様を呼び戻す祈りを集めたいという稲荷の願望と焦りを見ていた。
「じゃあ……どうしたらいい……っ?! 僕が村の人にできることはこれしかないのに!」
思い詰めたように声を荒げる稲荷の姿を見たことがない心鉄はびっくりした表情で稲荷を見たが、それも一瞬。
「それ、見たこともない神様に祈るって意味やろ?」
「そ……うだけど……」
他の山では、神様のことを見たことがない人もいる。けれど、稲荷が仕えていた神様は人が好きでよく人里におりていた。稲荷も子どもたちと一緒に遊んだこともあった。稲荷が好きなこの山は、神様も人も人でないものもみんな一緒だった。羽夜や鈴愛の先祖もよく遊んでいた。
「祈っても神様が帰ってくるかわからないんだろ」
「……祈りがあれば戻ってくる。それがないと神様は生きていけないんだ」
祈れば神様が戻ってくると、稲荷はかたくなに信じている。
神様は人がいないからと言って出て行った。今は人がいる。神様がいなくても人が集まり、村を作った。そして今、神の加護を必要としている。彼らの祈りが届かないわけがない。祠があれば神様はどこにだってすぐに駆けつけることができるのだから。
「まだ言うんか?! 俺らに見たことない神様に祈れって? 違うやろ!?」
「心鉄……?」
心鉄のもどかしい気持ちが稲荷にはわからない。
「この山には稲荷しかおらんやん? 稲荷になら祈るで? な? 長老?」
「は……」
「ぼ、……僕?!」
「そや!」
話を振られた長老は、すぐには返事ができずに目を丸くしている。稲荷の言葉に、心鉄が大きくうなずく。
「いや……、心鉄……落ち着いて話し合おう……ね?」
「俺、めっちゃ落ち着いてるで?」
さっきまで大きな声で喚いていたことは棚上げになっている。
どうしてこんなときに尻尾を楽しそうに揺らせられるのだ。
村の一大事だぞ?!
稲荷の混乱を他所に、心鉄は渾身のドヤ顔で言った。
「だって、俺、稲荷を捨てた神様にまた戻って来てーってお願いするより、稲荷がええ!」
「あああ……」
心鉄はそういう狼だった。
褒めてくれとすぐにドヤ顔をする。褒め待ちドヤ。絆されそうになった稲荷だが、そんな場合ではない。
「僕がなんて無理だよ」
「なんで? 神通力あるやん」
「ある……けど、僕には不思議な力なんてほとんどないんだよ?」
「別に今なくても、村の人に祈ってもらったら神通力が増えるやん。俺も稲荷にならめっちゃ祈る」
「でも僕はただのお仕え狐……」
心鉄の中では、村を救うのは神様ではなく神通力になっているのだろうか。稲荷は、少ないながら神通力があったから神様に見初められて仕えることになった。ただ、稲荷に何かを望んで祈る人はいないから、祈りのない稲荷の神通力は使いどころがなかった。それは今も……?
「でも、僕は……どうしても山の神様が戻ってきてほしい……」
稲荷は心鉄の軽口にもかかわらず、真剣な表情で続けた。
「僕も、村に恵みが戻ってくれば良いと思っている……けれど、神様が戻るためには人々の祈りが必要なんだ……僕はずっと祈っていたいよ……」
「稲荷……」
心鉄は黙り込む。稲荷が言う通り、山の神様が戻るためには信仰の力が不可欠だった
「そやけど、神様が戻って来おへんかったら……俺等はどうなるん?」
「それは……」
稲荷は目を伏せ、しばらく沈黙した。神様の力に頼らない方法があるのかどうか、答えが見つからない。しかし、心鉄の目に浮かんだ疑問は、稲荷自身の心にもあることを感じ取っていた。
ごほん。
と、長引く二人のやりとりが平行線なので、長老が話しを始めた。
「私共はよくわかりませんが」
長老が二人を交互に見る。稲荷も心鉄も、村人の前で言い争ってしまったことを恥じた。長老の話しを聞くため正座する。
「どちらにしても我々は、祈ることしかできない身です……」
「いえ……そんなこと」
稲荷は祈りを集めることで、この危機を回避したいと思っているが、狼と話し合う方法もあるのだ。心鉄の家族かもしれない上に食糧が少なくて気が立っていると思うと複雑すぎて、穏便に話しを進める自信はあまりないのだが……。
「今の話しを聞くに、稲荷さん」
「は、はい……」
「我々も、見たこともない、ましてよくわからない”神”という存在に祈るよりは、あなたに祈りたいと思います」
「は……」
「あなたにもその力がおありでしょう」
「………はい」
神様にはほど遠いが、稲荷にも神通力はある。人にはない力だ。しかしほとんど無い。稲荷は”祈り”をもらったことがないから……。まともに神通力が使えるのかどうかもわからない。
「祈る方法を教えてください、それで村がよい方向へ向かうなら我々は何でもいたします」
いいのだろうか。
祈りをもらっただけで、村のために力を使うことができるだろうか。力の正しい使い方はわかるだろうか。 責任が重い。こわい。
「いえ……僕は……」
「稲荷」
「!」
手に温かさを感じる。心鉄に手を握られていた。顔を上げると、心鉄の表情は自信に満ちていた。稲荷には不思議でしかたない。
「稲荷ならできるって」
「心鉄……、こんな村にとって大事な決断をしないといけないときに、どうしてそんなに自信満々なんだい……? 僕は怖いよ……」
「私は少しわかる気がします」
「長老……?」
「稲荷さんが村を気にかけてくれていることは、我々もよくわかっています。あなたに村を救って欲しいと思います。稲荷さん、お願いします」
「私も……稲荷さんに祈りたいです」
「俺も……」
同じ部屋にいた村の男女も口々にそう言う。
「腹くくれよ稲荷。俺も稲荷が神様になってくれへんかってずっと思ってたし」
「心鉄……、長老……みなさんも……」
「村のみんなもきっと同じ気持ちだと思いますよ」
女性がそう言って微笑む。稲荷の中で、在りし日の人々の祈りの姿が重なった。澄んだ思いでみんな手を合わせていた。幼い稲荷は、その姿を憧憬を感じながら見ていたのだ……。
「僕でお力になれるなら……喜んで」
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。
白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。
最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。
(同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!)
(勘違いだよな? そうに決まってる!)
気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。
狼騎士は異世界の男巫女(のおまけ)を追跡中!
Kokonuca.
BL
異世界!召喚!ケモ耳!な王道が書きたかったので
ある日、はるひは自分の護衛騎士と関係をもってしまう、けれどその護衛騎士ははるひの兄かすがの秘密の恋人で……
兄と護衛騎士を守りたいはるひは、二人の前から姿を消すことを選択した
完結しましたが、こぼれ話を更新いたします
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!
めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。
ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。
兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。
義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!?
このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。
※タイトル変更(2024/11/27)
父親に会うために戻った異世界で、残念なイケメンたちと出会うお話【本編完結】
ぴろ
BL
母親の衝撃の告白で異世界人とのハーフであることが判明した男子高校生三好有紀(みよしあき)が、母と共に異世界に戻り残念なイケメン達に囲まれるお話。
ご都合主義なので気になる方にはオススメしません。イケメンに出会うまでが長いです。
ハッピーエンド目指します。
無自覚美人がイケメン達とイチャイチャするお話で、主人公は複数言い寄られます。最終的には一人を選ぶはずだったのですが、選べないみたいです。
初投稿なので温かく見守って頂けたら嬉しいです。
モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中
risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。
任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。
快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。
アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——?
24000字程度の短編です。
※BL(ボーイズラブ)作品です。
この作品は小説家になろうさんでも公開します。
神は眷属からの溺愛に気付かない
グランラババー
BL
【ラントの眷属たち×神となる主人公ラント】
「聖女様が降臨されたぞ!!」
から始まる異世界生活。
夢にまでみたファンタジー生活を送れると思いきや、一緒に召喚された母であり聖女である母から不要な存在として捨てられる。
ラントは、せめて聖女の思い通りになることを妨ぐため、必死に生きることに。
彼はもう人と交流するのはこりごりだと思い、聖女に捨てられた山の中で生き残ることにする。
そして、必死に生き残って3年。
人に合わないと生活を送れているものの、流石に度が過ぎる生活は寂しい。
今更ながら、人肌が恋しくなってきた。
よし!眷属を作ろう!!
この物語は、のちに神になるラントが偶然森で出会った青年やラントが助けた子たちも共に世界を巻き込んで、なんやかんやあってラントが愛される物語である。
神になったラントがラントの仲間たちに愛され生活を送ります。ラントの立ち位置は、作者がこの小説を書いている時にハマっている漫画や小説に左右されます。
ファンタジー要素にBLを織り込んでいきます。
のんびりとした物語です。
現在二章更新中。
現在三章作成中。(登場人物も増えて、やっとファンタジー小説感がでてきます。)
光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。
みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。
生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。
何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる