14 / 19
終章
明かされる真実
しおりを挟むしばらくの沈黙が続いた。稲荷が地面に膝をつき、深々と頭を下げる姿に、村人たちの中にも動揺が走った。心鉄も言葉を失っている。やがて、少し離れた場所から杖と砂が擦れる音が響いた。
「……何事じゃ」
重々しい声と共に、村の長老がゆっくりと現れた。深い皺に刻まれた顔からは、最初に出会ったときのような好々爺然としたものはなく、今は厳しさと同時に、今回のことで大きな疲れを感じさせた。
しかし、長年村を守り続けてきた知恵の光は失われていない。村人たちは長老の登場に口を閉ざし、道を空けた。
「稲荷さん、顔を上げてください」
「いいえ」
稲荷が頭を下げたまま、力強く言葉を紡ぐ。
「どうか私たちの話を聞いてください」
「ええ、どうぞ顔を上げて、こちらへいらしてください」
稲荷はゆっくりと顔を上げ、真剣な目で長老を見つめた。
長老の稲荷への態度から、村人からあからさまな不満を見せる者はいないが、表面上だけのことだとわかっていた。
「心鉄は狼たちを止めようとしました。彼が手引きをしたわけでも情報を漏らしたわけでもありません。心鉄も、村のことをとても心配しています
心鉄も力を振り絞るようにして、長老に向き直る。
「俺……ほんまに止めたかったんです。だけど、力が足りへんかった……すみません……」
「僕達もあなたたちの力になりたいんです。お願いします」
村人にとってなんとも心許ない内容だった。目に見えるような証拠を出しようもない。雲を掴むような弁明だが、稲荷と心鉄には村の役に立ちたいとこれしかない。信じてもらうしかなかった。
長老は目を閉じ、二人の言葉をじっと聞いていたが、やがて重い瞼を持ち上げた。
「こちらこそ村の若い者が失礼しました」
「長老……」
「村の衆は、こんな事態で気が立っています。ご容赦ください。……お二方を中へ」
「はい」
若い女性が一人、稲荷へ近づき立ち上がらせようとした。それをやんわりと断り、稲荷は逆らうことなく立ち上がった。案内されるまま村の真ん中にある、茅葺き屋根の家に招き入れられた。
先ほどの女性が湯飲みに入った白湯を二人の目の前にそれぞれ置いた。部屋には長老の他に男女が部屋の隅に控えていた。
どうぞと長老に促され、心鉄は飛びつくように飲み、大きな息を吐いた。
稲荷は湯飲みを手に持ち暖を取り、口に入れることはなかった。ただ長老を見つめていた。
「あなたたちは人ならざる者です」
長老が切り出した。
「はい」
「私もずいぶんの年寄りですが、爺の爺くらいの頃にはあなたたちのような人と違う人たちと関わったことがあるというのは聞いたことがあります」
「そうでしたか」
この山に村ができる前のことだろう。どうしてこの山に住みつくに至ったのかわからないが、今はそれどころではない。
「はい、あなた方は我々にはない知恵があると……」
「……僕には、そんな大それた知恵も力もありません……、ですがこの山には守るべきものがあると信じています。もちろんあなたにも」
長老が静かに頷く。
「長老は……、”祠”をご存知ですか」
稲荷の言葉に長老だけではなく、その場にいた男女も視線をそらしたり眉をひそめたりして、よくわからない様子だった。
「いえ、すみません……」
長老も緩く首を振った。
「いいえ。でも村に……いえ、この山には必要なものです。僕がもっと早くに伝えられたらよかった」
「どういうことでしょうか、稲荷さん」
「稲荷?」
長老と心鉄の疑問を受け稲荷は膝においていた拳に力を入れる。
「あそこには、山を守るための”神”がいました」
「神……それはあなた方とは違うのでしょうか」
「違います。神は、山に恵みをもたらす存在です。しかしながら、神は存在するだけでは力は無いのです」
「……」
稲荷の話しに矛盾を感じ、向かいに座っている長老や脇に控えた男女がいぶかしげな表情を見せる。そうするとますます濃い疲労を感じさせる風貌となったが、稲荷はかまわずに続けた。
「山の恵みを甘受するだけではなく、長く豊かな繁栄を願ってください。何よりもあなたたちのように山を生活の中心に据える人たちの感謝と……この山で生きていくという覚悟を、生への執着を”神”に見せてください。その祈りが”神”の存在理由です。力を発揮してもいいという免罪符なのです」
「山の恵みは当たり前ではないのですね……空気や風とは違うと……」
「はい」
「このような状況でただ右も左もわからずに騒ぐだけでは何も解決しないということですね」
「はい。ですが、そうすれば、祈りは強い力となって”神様”がまた戻ってきまーーー
「来ねえって……!」
心鉄が二人の話を遮るように大きな声を出した。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。
R指定はないけれど、なんでかゲームの攻略対象者になってしまったのだが(しかもBL)
黒崎由希
BL
目覚めたら、姉にゴリ推しされたBLゲームの世界に転生してた。
しかも人気キャラの王子様って…どういうことっ?
✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻
…ええっと…
もう、アレです。 タイトル通りの内容ですので、ぬるっとご覧いただけましたら幸いです。m(_ _)m
.

完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します

例え何度戻ろうとも僕は悪役だ…
東間
BL
ゲームの世界に転生した留木原 夜は悪役の役目を全うした…愛した者の手によって殺害される事で……
だが、次目が覚めて鏡を見るとそこには悪役の幼い姿が…?!
ゲームの世界で再び悪役を演じる夜は最後に何を手に?
攻略者したいNO1の悪魔系王子と無自覚天使系悪役公爵のすれ違い小説!

BLR15【完結】ある日指輪を拾ったら、国を救った英雄の強面騎士団長と一緒に暮らすことになりました
厘/りん
BL
ナルン王国の下町に暮らす ルカ。
この国は一部の人だけに使える魔法が神様から贈られる。ルカはその一人で武器や防具、アクセサリーに『加護』を付けて売って生活をしていた。
ある日、配達の為に下町を歩いていたら指輪が落ちていた。見覚えのある指輪だったので届けに行くと…。
国を救った英雄(強面の可愛い物好き)と出生に秘密ありの痩せた青年のお話。
☆英雄騎士 現在28歳
ルカ 現在18歳
☆第11回BL小説大賞 21位
皆様のおかげで、奨励賞をいただきました。ありがとう御座いました。
乙女ゲームが俺のせいでバグだらけになった件について
はかまる
BL
異世界転生配属係の神様に間違えて何の関係もない乙女ゲームの悪役令状ポジションに転生させられた元男子高校生が、世界がバグだらけになった世界で頑張る話。

三度目の人生は冷酷な獣人王子と結婚することになりましたが、なぜか溺愛されています
倉本縞
BL
エルガー王国の王子アンスフェルムは、これまで二回、獣人族の王子ラーディンに殺されかかっていた。そのたびに時をさかのぼって生き延びたが、三回目を最後に、その魔術も使えなくなってしまう。
今度こそ、ラーディンに殺されない平穏な人生を歩みたい。
そう思ったアンスフェルムは、いっそラーディンの伴侶になろうと、ラーディンの婚約者候補に名乗りを上げる。
ラーディンは野蛮で冷酷な獣人の王子と噂されていたが、婚約者候補となったアンスフェルムを大事にし、不器用な優しさを示してくれる。その姿に、アンスフェルムも徐々に警戒心を解いてゆく。
エルガー王国がラーディンたち獣人族を裏切る未来を知っているアンスフェルムは、なんとかそれを防ごうと努力するが……。
【完結】悪役令息の従者に転職しました
*
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
本編完結しました!
『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく、舞踏会編、はじめましたー!
他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる