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第三章
稲荷の介入
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稲荷と心鉄が山道を下っていく。
「心鉄、少し休んでもいいんだよ?」
心鉄は休む間もなく、村から家へと山を走って登ってまた村へととんぼ返りだ。
「いらへん、それより稲荷」
「どうしたの心鉄?」
心鉄は思い詰めたような表情をしていた。
「あいつらを止められへんかった……悪い……!」
「心鉄っ」
心鉄が頭を下げる。ガロウたちが村から食糧を奪っていったことを言っているのだ。
「そんなことしなくていいよ、顔を上げて」
「村は混乱してるはずや」
「……」
「赤子がおるのに、冬を越せるやろか……?」
「わからない……」
「稲荷」
「わからないけど……」
心鉄の心配が稲荷にはよくわかった。
稲荷が村を見守り始めてから、あの村で争いが起きたことはなかった。周りに外敵らしい敵がいない、自然と共存してきたのどかで平和な村だ。こんな事態に慣れていないのだ。心鉄の言うとおり混乱しているだろう。稲荷にとっても初めてのことで、どうしたらいいのかわからない。ただ、取られたら取りかえすと言ったような単純で残酷なことにはなってほしくない。
(こんなとき神様だったら……)
稲荷はなにもない手のひらをじっと見つめた。
きっと神様なら、山の困りごとを放っておくはずがない。うまく仲裁して綺麗にまとめてしまうだろう。そもそも、神様がいれば食糧がなくなるなんてことにはなっていなかっただろう。
なにもできない手だと思う。神通力もほとんどない。雨を降らせることもできない。でも、もしも稲荷に力があったら……。
いや、力がなくても……それでも何かできることがあるはずだ。
不安そうに稲荷を見る心鉄を安心させるように笑顔を向ける。
稲荷は一人じゃない。
「行かなきゃ」
「ああ」
稲荷と心鉄が村に着いた頃には、もう空が白みはじめていた。
「はぁっ……っ、はっ」
息を切らしながら二人は村の入り口に走って行く。
「お前は……」
村の入り口では、村でも若い男が二人立っていて、稲荷と心鉄を見て二人の前に立ち塞がった。
「あなたは、トモヤさんと……ショウタさん」
「なんの用だ?」
トモヤが稲荷の後ろにいる心鉄に視線を向けて、何か言いたげな顔をする。
「長老に会わせてください」
「帰れ、それどころじゃない」
とりつく島もない。それでも稲荷は、二人に頭を下げる。
「お願いします。長老に伝えたいことがあるんです」
しかし、二人は聞き入れようとしない。頭を下げる稲荷の肩を押しやる。
「帰れって言ってんだろ?!」
「あっ!」
「お前たちと話すことなんかない!」
「だいたい狼を呼んだんだのもお前たちだろうが?!」
「!!」
トモヤとショウタが見ているのは心鉄だ。二人から思わぬ敵意を向けられた心鉄が怯む。
「違う」
「心鉄は違います!」
二人が違うと言っても、トモヤとショウタはますます表情を険しくしただけだ。
「心鉄、ああ……、お前だって怪しいもんだ、お前もあの狼たちの仲間だろっ!」
「違います」
「隠したって無駄だ。一緒にいるのを見てるんだよ! 裏切り者っ! 俺たちに近づいたのもそのためだろ? もう帰ってくれ!」
敵意を含んだ言葉に、心鉄は息を呑んだ。誤解だと言いたいが、村人たちの敵であるガロウと心鉄は、もしかしたら兄弟かもしれないのだ。心鉄がガロウたちを止めようとしていたと言ったところで、聞き入れられないだろう。
騒ぎを聞きつけ村人たちが一人また一人と集まってくる。心鉄は呆然として何も言えないようだった。稲荷がすぐに前に出て、心鉄を庇うように立った。
「待って!心鉄は違う! 食糧が奪われないように止めていただけです!」
だが、別の村人が声を上げた。
「俺は、そこの狼が、あの狼たちと一緒にいるのを見てるんだ。一緒に逃げていたんだ! お前も信用できない! この狐め!」
「俺達を化かしに来たのか! 帰れ!」
「!」
「稲荷は関係ないやろ!! 稲荷こそ誰よりもこの村の為に……っ」
「村のことは村でする! お前達には関係ない!」
「あんたら……!」
稲荷が心鉄の前に手をかざして、これ以上なにか言うのを止めさせる。
「稲荷……!」
「いい、心鉄」
「でもあいつら稲荷のことまで!」
「いいから」
稲荷の強い目に、心鉄がなにもいえなくなる。稲荷が村人に向きなおる。
そしてゆっくりと膝を地につけ、頭を下げ始めた。
「おいっ、稲荷っ」
心鉄だけでなく、村人たちも驚いた様子で稲荷を見下ろしていた。
「長老に話しをさせてください」
稲荷と心鉄が山道を下っていく。
「心鉄、少し休んでもいいんだよ?」
心鉄は休む間もなく、村から家へと山を走って登ってまた村へととんぼ返りだ。
「いらへん、それより稲荷」
「どうしたの心鉄?」
心鉄は思い詰めたような表情をしていた。
「あいつらを止められへんかった……悪い……!」
「心鉄っ」
心鉄が頭を下げる。ガロウたちが村から食糧を奪っていったことを言っているのだ。
「そんなことしなくていいよ、顔を上げて」
「村は混乱してるはずや」
「……」
「赤子がおるのに、冬を越せるやろか……?」
「わからない……」
「稲荷」
「わからないけど……」
心鉄の心配が稲荷にはよくわかった。
稲荷が村を見守り始めてから、あの村で争いが起きたことはなかった。周りに外敵らしい敵がいない、自然と共存してきたのどかで平和な村だ。こんな事態に慣れていないのだ。心鉄の言うとおり混乱しているだろう。稲荷にとっても初めてのことで、どうしたらいいのかわからない。ただ、取られたら取りかえすと言ったような単純で残酷なことにはなってほしくない。
(こんなとき神様だったら……)
稲荷はなにもない手のひらをじっと見つめた。
きっと神様なら、山の困りごとを放っておくはずがない。うまく仲裁して綺麗にまとめてしまうだろう。そもそも、神様がいれば食糧がなくなるなんてことにはなっていなかっただろう。
なにもできない手だと思う。神通力もほとんどない。雨を降らせることもできない。でも、もしも稲荷に力があったら……。
いや、力がなくても……それでも何かできることがあるはずだ。
不安そうに稲荷を見る心鉄を安心させるように笑顔を向ける。
稲荷は一人じゃない。
「行かなきゃ」
「ああ」
稲荷と心鉄が村に着いた頃には、もう空が白みはじめていた。
「はぁっ……っ、はっ」
息を切らしながら二人は村の入り口に走って行く。
「お前は……」
村の入り口では、村でも若い男が二人立っていて、稲荷と心鉄を見て二人の前に立ち塞がった。
「あなたは、トモヤさんと……ショウタさん」
「なんの用だ?」
トモヤが稲荷の後ろにいる心鉄に視線を向けて、何か言いたげな顔をする。
「長老に会わせてください」
「帰れ、それどころじゃない」
とりつく島もない。それでも稲荷は、二人に頭を下げる。
「お願いします。長老に伝えたいことがあるんです」
しかし、二人は聞き入れようとしない。頭を下げる稲荷の肩を押しやる。
「帰れって言ってんだろ?!」
「あっ!」
「お前たちと話すことなんかない!」
「だいたい狼を呼んだんだのもお前たちだろうが?!」
「!!」
トモヤとショウタが見ているのは心鉄だ。二人から思わぬ敵意を向けられた心鉄が怯む。
「違う」
「心鉄は違います!」
二人が違うと言っても、トモヤとショウタはますます表情を険しくしただけだ。
「心鉄、ああ……、お前だって怪しいもんだ、お前もあの狼たちの仲間だろっ!」
「違います」
「隠したって無駄だ。一緒にいるのを見てるんだよ! 裏切り者っ! 俺たちに近づいたのもそのためだろ? もう帰ってくれ!」
敵意を含んだ言葉に、心鉄は息を呑んだ。誤解だと言いたいが、村人たちの敵であるガロウと心鉄は、もしかしたら兄弟かもしれないのだ。心鉄がガロウたちを止めようとしていたと言ったところで、聞き入れられないだろう。
騒ぎを聞きつけ村人たちが一人また一人と集まってくる。心鉄は呆然として何も言えないようだった。稲荷がすぐに前に出て、心鉄を庇うように立った。
「待って!心鉄は違う! 食糧が奪われないように止めていただけです!」
だが、別の村人が声を上げた。
「俺は、そこの狼が、あの狼たちと一緒にいるのを見てるんだ。一緒に逃げていたんだ! お前も信用できない! この狐め!」
「俺達を化かしに来たのか! 帰れ!」
「!」
「稲荷は関係ないやろ!! 稲荷こそ誰よりもこの村の為に……っ」
「村のことは村でする! お前達には関係ない!」
「あんたら……!」
稲荷が心鉄の前に手をかざして、これ以上なにか言うのを止めさせる。
「稲荷……!」
「いい、心鉄」
「でもあいつら稲荷のことまで!」
「いいから」
稲荷の強い目に、心鉄がなにもいえなくなる。稲荷が村人に向きなおる。
そしてゆっくりと膝を地につけ、頭を下げ始めた。
「おいっ、稲荷っ」
心鉄だけでなく、村人たちも驚いた様子で稲荷を見下ろしていた。
「長老に話しをさせてください」
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