コンなハズでは?!

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第二章

心鉄の家族

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 心鉄は、山の斜面を慎重に歩きながら、静かに山菜を摘んでいた。澄み渡る空に、爽やかな風が木々の間を抜けていく。心地よい自然の静けさが広がる中で、心鉄はただひとり、周囲に気を配りながらもその孤独を楽しんでいた。

 昨夜のことが頭をよぎる。
 流れに任せるように番宣言をしてしまった。
 あの二人に言えば稲荷にも伝わることなんか、当たり前なのに、つい、衝動にまかせて言ってしまった。しかし、嘘はない。
 心鉄は稲荷を、親でも兄弟でもないのに、一番近くに感じている。心鉄の中では、『番』という言葉が一番しっくりくる。

 昨夜、稲荷を腕の中に収めた瞬間、彼の小さな体が思った以上に脆く感じられ、守りたいという感情が心鉄の中に膨らんだ。だが、稲荷の困惑した表情は忘れられない。嫌悪感を示さなかったことに安堵する一方で、その無言の反応が、心鉄と稲荷の間にまだ越えられない距離があることを痛感させた。

 稲荷はすでに神様のような存在だと心鉄は思っている。
 かつて祠を出ていった神様に代わるものは、今や稲荷に他ならないのではないかと思うが、稲荷は『お仕え狐』の身分に拘り、健気に神様の帰りを待っている。
 心鉄の想いが稲荷に届く日はまだ遠い。心鉄は、無くした記憶にも今は興味がない。幼い頃の心鉄が神様を探していたかどうかも怪しい。
 ただ、稲荷が少しずつ心に近づいてくれることを願いながら、そっと距離を見守っている。




 突然、背後から低く響く声が、心鉄の耳に届いた。

 「お前…アオやろ?」

 心鉄は反射的に振り返った。そこに立っていたのは、自分と歳も変わらなさそうな、鋭い目つきをした精悍な狼族の男だった。
 灰色の毛並みが風に揺れ、琥珀色の瞳がまるで何かを確信したように心鉄を見据えている。

 「アオ?」
 心鉄は眉をひそめ、男をじっと見返した。
 「悪いけど人違いや。俺はそんな名前やないで?」

 以前から、遠くの山の向こうに狼の姿を感じていたが、まさか目の前に現れたこの男がそうなのか?
 それにしても、なんでこんなところまで来たんや…?

 男は一瞬、感情が溢れそうになるのを堪えながら、心鉄の灰色がかった青い目をじっと見つめていた。やがて、深いため息をつく。

 「いや…お前の目。その灰色がかった青い目…間違いない、お前はアオや。俺たちの群れにいた頃を覚えとらんのか?  一緒に狩りの練習もしたやろ?  俺はガロウ、お前の兄貴や」

 心鉄はますます怪訝そうな顔をして、思わず目をこすった。

 「いやいや、目が青っぽいのは分かるけど、それで兄弟やとか言われても、ちょっと無理あるんちゃう?」

 ガロウは心鉄の言葉に表情を歪めたが、鋭い琥珀色の目をさらに細めて一歩近づく。その動きには、長く失っていた弟をやっと見つけた者の喜びがにじみ出ていた。

 「お前…本当に忘れたんか、アオ?  俺はずっとお前を探してたんや。嵐の中、弟が消えたんやぞ!  群れの誰もが心配してた。お前は俺たちの大事な家族や…」

 心鉄はその言葉にますます困惑し、呆れたように鼻を鳴らした。『嵐』という言葉に引っかかりはあるものの、アオなんて知らない。
 家族? そんな記憶は微塵もない。

 「はぁ? 兄弟とか群れとか、何言うてんねん?  目の色だけで決めつけられても困るわ」

 ガロウは微かに落胆しながらも、必死に言葉を続けた。

 「お前の目は特別やった。群れの中でも、灰色がかった青い目を持つのはお前だけやった。それで間違いない、アオ…俺の弟や。どうしてもお前を見つけたかったんや…!」

 心鉄はガロウの切実な声を前に、思わずため息をついた。

 「……だからって、目の色だけでそんなこと言われても、俺はただの心鉄や。アオなんて知らんて!」

 「心鉄…?」
 「そうや、俺は心鉄や!」
 稲荷が『心鉄』と名付けて可愛がってくれた。

 ガロウはその場で短い沈黙を挟み、ため息をつきながら目を伏せた。喜びはあった。しかし、同時に深い落胆もあった。

 「お前がそう言うなら、それを尊重する。でも…もし記憶が戻った時、俺たちはいつでもお前を待ってるからな。なあアオ、俺たちの群れに戻る時が来たら、その時は俺たちが迎え入れる」

 「いやだから、何なんやそれ…もうええわ」
 心鉄は呆れ顔を浮かべ、ガロウを見送りながら、結局最後まで彼の話が理解できないまま、その場に立ち尽くしていた。







 「おかえり、心鉄」
 「ん」
 山菜が入ったかごを稲荷が受け取る。
 「こんなにたくさん、ありがとう。心鉄が斜面もラクラクに渡ってくれるから助かるよ」
 「だろ?」
 「今年は、日照りが続いたせいで収穫期が短かった。もうすぐ冬が来る。少しでも食べ物があるうちに蓄えておかないと」
 「だな、村にも行くんか?」
 「うん。ここより村のほうが心配だよ」
 「俺も行く」
 「わかった」

 山菜を干し、残りは村に持って行くことにした。
 さっきまで山菜を採っていたあたりを通っていく。
 「そういえば」
 「うん?」
 「俺の兄貴?を騙る狼と会ったで」
 「え?」
 前を歩いていた稲荷が勢いよく振り向く。
 「わっ、急に止まんなって」
 「心鉄、お兄さんに会ったの?」
 「兄貴っちゅうか、自称兄貴?」
 「狼だよね?」
 「まぁ。多分、隣山の狼っぽい。ほら、時々こここらも見えてたやろ」
 心鉄がいつも狼が見える方角に視線を移すが、稲荷は下を向いて動かない。
 「稲荷? ちょお大丈夫か?」
 「…うん…」
 「うん、て顔青いで?」
 「大丈夫、…ほら行こう心鉄」
 「あ、ああ…」
 稲荷の、思い詰めたような雰囲気も一瞬。
 すぐにいつものように軽い足取りで村へと向かった。
 心鉄はその後ろ姿を追いかけながら、嫌な予感だけを感じていた。



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