コンなハズでは?!

np03999

文字の大きさ
上 下
8 / 19
第二章

周囲の反応

しおりを挟む


 夜。
 ご飯は、心鉄の好きなおにぎり定食。

 心鉄が山で取ってきた山菜を受け取った稲荷は、浮かない顔をしていた。
 「稲荷、なんかあったん?」
 「…」
 稲荷は心鉄をチラッと見ただけで返事をしない。
 「?」
 虫の居所でも悪いのか、おにぎりがいつもよりしっかりと握られている。まるで岩のようだ。
 稲荷をチラチラ見ながら、心鉄は控えめに声をかけた。
 
 「今日のおにぎり、固めやな」
 「炊きたてのご飯だけど?」
 「いや、そういうことや無くて…」
 「…」

 なんか機嫌悪ない?
 触らぬ神に祟り無し。
 くわばらくわばら。
 心鉄は心で唱えながら、いつもよりしっかりと握られたおかげでボリュームアップしたおにぎりを平らげた。



 「心鉄」
 「なに」
 「まあ、そこに座りなさい」
 夕飯を終えたタイミングを見計らって、片付けもそこそこに稲荷が心鉄を呼ぶ。
 普段は、食べたらすぐに片付けると小言を言う稲荷がそんなことを言うものだから、心鉄は頭に「?」を飛ばしていた。心当たりがない。
 
 「はぁ~?まぁえけど」
 心鉄は、稲荷の向かいにどかりと胡座をかく。
 ぺしりと膝を弾かれて正座に。
 「なに?」
 ムッとしながら言う。稲荷は気にした様子もなく、着流しの袖から小さな玉をいくつか取り出して、コロコロっと転がした。どんぐりだ。
 「これ、鈴愛からもらったんだけど…」
 「あ」
 「ご祝儀ってなに」
 「いやぁ…それ俺ももろたわ」
 「心鉄!」
 小さな家に稲荷の声が響き、心鉄は股に尻尾をちょっとだけ隠した。

 これか~と思いながら。



 「あの二人…、さんざん笑って帰って行ったよ」
 「まぁ、俺と喋っとる時も、腹よじらせとったわ」
 「心鉄! あの二人に何を言ったの」
 「いいやろ、もう大人やし。いちいち言わんでも…。めっさ怒っとるし…」
 「怒ってないよ…」
 「嘘や」
 「う…」

 稲荷は、夕方のことを回想していた。
 収穫期を迎えたこの時期、木の実やきのこが豊富に採れる。心鉄は山菜を取りに行ってる。今夜のおかずはきのこ祭りにしようとカゴいっぱいにきのこを盛って、さて帰ろうかというところへ、親友の羽夜と鈴愛に出会った。ふたりとも、なんとも言えないニヤニヤ笑顔だった。

 「?」

 稲荷は、なにか顔に付いているのかと頬を触るが何も無い。今日もツルンツルンだ。
 「やあ、ふたりとも。楽しそうだね」
 「やあ稲荷クン、これを楽しめなかったらオレは君の親友を辞めないといけなくなる」と、羽夜。
 「世界を彩り豊かにするのは、やっぱ”ラヴ”ですねぇ!稲荷さん」と鈴愛。

 「??」

 何を言い出すのだこの二人。という顔を隠しもせず、稲荷は二人のニヤニヤ顔を交互に見比べた。しかし、なんのヒントも隠されていなかった。わからない。

 「俺は二人の親友失格かな、思い当たる節がない。でもこれから夕食を作らないといけないので、今日のところは失礼するよ。またゆっくり話を聞かせておくれ」
 そそと帰路につく。
 「待って!」鈴愛に呼ばれて振り返る。
 「これはほんの気持ち」
 ほんのり頬を染めながら鈴愛が稲荷の手のひらに乗せたのはどんぐりだ。きれいに磨かれ、鏡として使えそうなくらいピカピカのどんぐりだ。
 ますますわからない。
 「いや、こんな大切なものはいただけないよ」
 「いーのいーの、お祝いだから」
 「…?」
 「「婚約おめでとーーー」」
 婚約?
 「あんな年下のイケメン、そうそういないぜ?」
 「心鉄くんは男っぷりだけでなく、器も大きくて気持ちがいい青年です。稲荷さんは宇宙一の幸せものです。心から祝福します!」
 そして二人とも笑いすぎの涙を流しながら去っていった。
 二人の後ろ姿を見送りながら、なにかのネタに使われたことだけはわかった。あと心鉄が関わっていることも。そうとわかれば、こんなところで油を売っている場合ではない。育ち盛りの狼に食うもの食わせて、問いただして吐かせなければ。


 「心鉄はあの二人に何を言ったの」
 「え、…ああ…えぇと…」
 狼の耳をぴくぴくさせながら言い淀む心鉄に、神様直伝のアルカイックスマイルで諭す。
 「怒らないから」
 「え、怒らねぇ?」
 「もちろん。正直者は救われるよ」
 
 「二人にそろそろ番を持つ歳だねーって言われたから、稲荷を番にするって言うたな」
 心鉄のドヤ顔たるや。
 前言撤回、怒ろう。


 そして、今。
 「ああ、心鉄には、毛並みのきれいな美人狼を探していたのに…どうしてこんなことに…」
 怒るより先に嘆いている稲荷だ。
 「いらねえ!自分の番は自分で決める! つか、んなもん探すのやめろよな」
 「でも…」
 「でもじゃねー! 俺は稲荷がいいって言ってるだろ!」
 「そんな…」
 心鉄がムッとする。
 「そんなって、嫌なら嫌って言えよな」
 「嫌って言うか…」
 嫌では無いので困っている。
 稲荷も、心鉄に淡い想いを抱いている。でも。
 「心鉄とは家族だし…」
 「…」
 「仔犬の頃から丹精込めて育ててきたのに…」
 「犬じゃねーぞ」
 稲荷にツッコミを入れても暖簾に腕押しなのだが、言わずにはいられない心鉄だ。

 群れからはぐれてしまった仔犬を、群れに戻さず手元に置いたのは稲荷だ。稲荷も心鉄が狼として成長してからというもの、無償の愛情だけでは表せない気持ちを持っている。恋い慕っているのだ。
 「でも、心鉄は狼で、僕は違う」
 神様のお仕え狐と狼。種族が違いすぎる。添い遂げる術を知らない。
 「そこをなんとか神様の神通力で!」
 「ムリだよ! 僕は神様じゃないし!」
 できるものならとっくにしている。

 「なぁ、稲荷…」
 「あっ」
 心鉄が稲荷を腕の中にすっぽりと囲ってしまった。
 
 「こーゆーのホントに嫌?」

 ずるい。
 嵐の中、祠の近くに倒れていた仔犬は立派な狼に育った。稲荷を簡単に腕の中に入れてしまえる。
 「嫌や言うてくれたらきっぱり止める」
 「ん…っ!」
 着流しの脇から大きな手が侵入し、ふさふさの尻尾は稲荷の尻尾に絡めるようにすり寄ってくる。尻尾の付け根が甘く痺れる。
 「こらっ!」
 「いてっ!」
 「こんなのどこで覚えてくるの?! そんな子に育てた覚えはありません!」
 「ちぇっ」
 デコピンされた心鉄は、たいして痛くもないおでこを、痛い痛いと大げさに擦っている。
 「なあ、風呂沸いてる?」
 「沸いてるよ、入っておいで」
 「んー」

 心鉄は着替えを引っ掴んで風呂場へと消えていく。

 稲荷はひとりになり、ため息をついた。

 心鉄の言葉や態度が直球すぎて、戸惑ってしまう。狼としての本能なのか、あまりにも率直に気持ちを伝えてくる心鉄に、稲荷はどう対処すればいいのか分からなかった。何度も「家族だから」と自分に言い聞かせてきたが、それは言い訳に過ぎないのかもしれない。

 「…やっぱり、僕は心鉄が好きなんだな…」

 心の中でそう呟いてみると、今まで感じていたもやもやが、少しだけ晴れた気がした。でも、だからといって、今すぐに答えが出せるわけではない。心鉄が稲荷を想ってくれるのは嬉しい。けれど、それ以上の関係になる勇気がまだ湧かない。

 「僕なんかが、心鉄を幸せにできるのかな…」

 狼と狐、種族の違いが、稲荷の心に重くのしかかっている。神通力でどうにかできる問題ではないし、心鉄が望むような番として共に生きる未来を想像することも難しかった。
 そもそも心鉄は、稲荷とどんな未来を想像している?
 聞いてみたいような、応える自信がないので、聞くのが怖いとも思う。

 その時、風呂場から聞こえる水音が稲荷の耳に届いた。よくわからない鼻歌も。

 「…心鉄は、あんなに素直に僕のことを好きだと言ってくれるのに」

 ふと笑みがこぼれる。心鉄の無邪気さと、一途な思いが愛おしく感じられる瞬間だった。

 「…少しずつでいい。少しずつで…」

 稲荷は決心する。今はまだ心鉄を完全に受け入れられなくても、心の中で少しずつ、彼を想う気持ちを大切に育てていけばいい。
 それがいつか、自然に答えを導いてくれるかもしれない。
 まだ自分の中で整理がつかない気持ちを、少しずつ受け入れられるようにしたい。心鉄の一途さに応えられる日が来ることを、怖れずに信じてみようと決めた。今はただ、心鉄と共に過ごす毎日を大切にして、少しずつ前進していけばいい。明日からは、もう少し素直に心鉄を受け入れようと思う。

 風呂場から出てきた心鉄が、少し照れくさそうに笑う。素直になろうって決めた舌の根も乾かないうちに、どうしたら良いのかわからなくなっている稲荷に気づいているのかいないのか、心鉄は何も言わずに稲荷の横に座った。

「なぁ、稲荷……」

 心鉄が肩をぐいっと寄せてきて、無邪気な笑顔を見せる。稲荷の心が、少しだけ軽くなるのを感じた。
「何?」
「俺は稲荷を番にって思うてるけど、別に稲荷は無理せんでええよ」
「心鉄?」
「無理して番にとかちゃうから……、稲荷が嫌やったら……嫌とか無理やけど……まあ、稲荷はそんなん気にせんでええから」
 あっちこっちと行き来する心鉄の言葉が、稲荷の心を温かく包み込む。思わず笑ってしまう自分がいた。

「心鉄はほんとに素直だね」
「やって、ほんまやし」
 心鉄の真剣な眼差しが、稲荷の胸をぎゅっと締めつける。それに応えられるように、少しだけでも心を開いていこう。そう決めた稲荷は、心鉄の手をそっと握り返した。
「…ありがとう、心鉄」

 心鉄の顔がぱっと明るくなり、稲荷の手を強く握り返す。
「どっちでもええけど……、一緒におってな」
「そうだね……家族だからね」
「そ」
 その言葉が、稲荷の心にじんわりと沁み込んでいった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

天涯孤独になった少年は、元兵士の優しいオジサンと幸せに生きる

ir(いる)
BL
ファンタジー。最愛の父を亡くした後、恋人(不倫相手)と再婚したい母に騙されて捨てられた12歳の少年。30歳の元兵士の男性との出会いで傷付いた心を癒してもらい、恋(主人公からの片思い)をする物語。 ※序盤は主人公が悲しむシーンが多いです。 ※主人公と相手が出会うまで、少しかかります(28話) ※BL的展開になるまでに、結構かかる予定です。主人公が恋心を自覚するようでしないのは51話くらい? ※女性は普通に登場しますが、他に明確な相手がいたり、恋愛目線で主人公たちを見ていない人ばかりです。 ※同性愛者もいますが、異性愛が主流の世界です。なので主人公は、男なのに男を好きになる自分はおかしいのでは?と悩みます。 ※主人公のお相手は、保護者として主人公を温かく見守り、支えたいと思っています。

【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。

白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。 最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。 (同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!) (勘違いだよな? そうに決まってる!) 気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。

狼騎士は異世界の男巫女(のおまけ)を追跡中!

Kokonuca.
BL
異世界!召喚!ケモ耳!な王道が書きたかったので ある日、はるひは自分の護衛騎士と関係をもってしまう、けれどその護衛騎士ははるひの兄かすがの秘密の恋人で…… 兄と護衛騎士を守りたいはるひは、二人の前から姿を消すことを選択した 完結しましたが、こぼれ話を更新いたします

小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」 普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。 史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。 その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。 外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。 いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。 領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。 彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。 やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。 無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。 (この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)

異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~

戸森鈴子 tomori rinco
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。 そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。 そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。 あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。 自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。 エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。 お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!? 無自覚両片思いのほっこりBL。 前半~当て馬女の出現 後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話 予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。 サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。 アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。 完結保証! このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。 ※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。

処理中です...