コンなハズでは?!

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第一章

絆の変化

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 心鉄が、『心鉄』となった初日ーーー。

 まず最初に心鉄がしたことは、稲荷の胸に鼻をぐっと押し当てて、ふんふんと匂いを嗅ぐことだった。それだけでは足りなかったのか、今度は頭を、まるで「俺のもの」とでも言いたげに、こすりつけた。

 「わあっ!」
 驚く稲荷をよそに、心鉄は今度は上目遣いをしながら見つめてきた。灰色がかった青い瞳がきらりと光り、甘えたような声で一言。
 「いなり?」
 「……うん」
 稲荷は何か言おうとしたが、言葉にならなかった。ただ、その一言で満足したのか、心鉄は軽やかに飛び跳ねると、今度は家の中をくんくんと嗅ぎ回り始めた。

 ふと、弾かれたように、勢いよく家を飛び出したかと思うと、何処かへ駆け出していった。
 「ちょっ…待って!」
 慌てて心鉄を追いかけていく稲荷だった。

 くんくん、くんくん…。

 「こ…心鉄…?」
 稲荷はしばらく何が起こったのかと首を傾げていたが、ただ縄張りを確認しているだけだと理解し、やれやれと肩を落とした。『お腹が空いたら帰ってくるだろう』と思い、好きにさせることに決めて、平屋に戻った。

 そして、日が暮れかけた頃……。
 心鉄が誇らしげに戻ってきた。手に握っているのは、一羽の鳥。「お土産」と言わんばかりに見せつけてくる。

 鳥はその小さな目に無念の涙を浮かべていた。

 「こ、心鉄?! 鳥は食べ物じゃないよ!!」

 「? 食べ物やろ?」
 一日中駆け回った心鉄はまた盛大に腹の虫が鳴っている。
 「おおおにぎり作ってあげるからお空に帰そ?」

 よくわからないといった表情の心鉄だったが、”おにぎり”に気を良くしたので、尻尾を振って、稲荷と一緒に鳥を放してあげた。


 「…おにぎり…」
 「今から作るから! ね?」



 こんなことがあって、子育てって大変だなぁ…と肩を落とした稲荷だったが。




 「イナリー、薪はここ?」

 心鉄が小さな声で呼びかける。稲荷が振り返ると、そこには小さな体で薪を抱え、置き場に積み上げた心鉄の姿があった。動きはどこかぎこちないが、一つ一つの動作に一生懸命さが滲み出ている。

 「ありがとう、心鉄。助かったよ。でも、こんなことまでしなくてもいいんだよ?」

 稲荷の言葉に、心鉄はパッと顔を明るくして、クルリとその場で一回転してから、稲荷の方を向き直る。ふわふわした尻尾が嬉しそうに左右に揺れ、誇らしげに立っていた。

 「もっかい言うて!」
 「え?」
 「さっきの!」
 「え…」
 「早く!」
 「…ありがとう心鉄?」
 「いーぜ!」

 胸を張って、得意げな顔を見せる心鉄。その小さな体はまるで、大きなことを成し遂げたように自信に満ちていて、稲荷の心は自然と愛おしさに包まれていく。小さな仕草や真っ直ぐな瞳、何もかもが可愛らしくてたまらない。

 「おやつにしようか?」
 「おう!」

 稲荷が手を差し出すと、心鉄は飛びつくようにその手を握りしめてくる。小さな手が自分の手に触れる感覚に、稲荷はどこか守りたい気持ちを覚えながら、笑みを浮かべた。



 心鉄は見かけによらず働き者だった。最初は、活発を通り越した野生に少し戸惑った稲荷だったが、彼の真摯な姿勢を見るたびに、少しずつ心が温かくなるのを感じていた。

 初めて彼が家に来た日、『一緒に神様を待とう』と心鉄に言って誘ったのは稲荷だが、正直、どうやって面倒を見ればいいのか分からず、不安な気持ちでいっぱいだった。しかし、次の日には、心鉄は自ら進んで「これ持っていけばいーん?」と体よりも大きな布団を縁側に運び出し、まるで稲荷を真似るかのように同じ動作を繰り返していた。小さな体で布団を干す姿は微笑ましくも頼もしかった。

 洗濯物を運ぶ時も同じだった。「これする?」と、心鉄は両手をこすり合わせるような仕草で洗濯の動作を表現し、稲荷の役に立とうとしてくる。

 「するよ」と稲荷が答えると、心鉄は目を輝かせながら元気よく「俺も行く!」と声を上げた。その一言が、稲荷にとっては何よりも嬉しいものだった。






 「かっ、かっかっ…かわいいですぅーーーー!!」 
 「!!」 
 突然の大音量に、まるで平屋全体が揺れるかのような錯覚が走り、心鉄は全身の毛を一斉に逆立てた。
 「ガルルル…!!」 
 「心鉄っ」
 「鈴愛…っ、声が大きすぎるよ。この子、驚いてるじゃないか」
   稲荷も耳をパタリと伏せ、目を細めて声の衝撃をやり過ごそうとしていた。 
 「だって樹音!この子、信じられないくらい可愛いんだもん!見てよ、このモフモフ!」
 鈴愛の目は、心鉄の尻尾や耳を捉え、モフモフにあやかろうと、いまにも手が出そうだ。
 心鉄は走って稲荷の後ろに隠れて、警戒しながら目だけを鈴愛に向ける。
 「いや、まぁ、確かに…可愛いけどさ。でも、少しは落ち着いて…」 
 樹音と呼ばれたのはリスの少年で、鈴愛の番だ。心鉄と稲荷の反応を見て、鈴愛を宥めようとする。
 「だっ…!誰だオマエ!」 
 心鉄が鋭い声を上げた。目が鈴愛を警戒している。
 しかし、鈴愛は心鉄の警戒心には気づいていないのか、待っていましたとばかりに、胸を張って言った。
 「僕は鈴愛!愛の伝道師さ! 恋の相談なんでも聞くよ!」
 その宣言は、自信に満ち溢れていた。声も大きくて、堂々としていだが、周囲の反応はどこか戸惑いが漂っていた。

 樹音は落ち着かずに鈴愛の方をちらちらと見ていた。その視線は、心配と少しの戸惑いが入り混じったものだった。一方、心鉄は何とも言えない表情で稲荷を振り返り、まるで「助けてくれ」というような視線を送る。その眼差しには、鈴愛の突飛な発言に対する困惑が滲み出ていた。「どういう奴やねん、こいつ…」と心の中でつぶやく心鉄の感情が手に取るようにわかる。

 「鈴愛はね、ちょっと元気が有り余ってるだけなんだ。友達だから安心していいよ」
  稲荷はあまりにも自然な口調で、『愛の伝道師』という強烈なフレーズをあっさりと流し、鈴愛を紹介する。
 稲荷の言葉は、場の空気を和らげるには至らず、逆に心鉄の困惑をさらに深めた。

 「友達……こんなふざけたヤツと?!」 
 心鉄は信じられないというように稲荷を見つめ、呆然とした表情で口を開いた。

 「こら、心鉄。鈴愛はいい子だよ、そんなことを言うものじゃないよ」 
 「う…」
 稲荷は少し困ったような笑みを浮かべ、心鉄を軽く叱る。優しい口調だが、その『めっ!』という一言は威力があり、心鉄の尾はピシッと上を向いた。威勢のよかった心鉄がしょんぼりとする姿に、稲荷は心の中で微笑んだ。

 だが、その一方で、鈴愛は全く気にする様子もなく、にこやかに心鉄に近寄っていった。

 「キミ、心鉄って言うのかい? とっても素敵な名前だね!」 その一言に、心鉄の耳がぴくりと反応する。名前を褒められたことで、心鉄は思わず一瞬動きを止めた。
 しかし、稲荷のほうが反応は早かった。

 「そうだろう? 心鉄はね、初対面から気丈で、誇り高くて、モフモフで可愛いんだよ」 
 稲荷は嬉しそうに自慢を始める。その口調には心鉄への愛情が滲んでいた。
 本当は、心鉄の瞳が一番好きな稲荷たが、どうしてかそれは言えなかった。


 鈴愛は稲荷の言葉に一瞬ポカンとしたが、すぐに目を輝かせて言った。 
 「そうだね! とってもキュートだ!」

 「そうなんだ、心鉄は、可愛いだけじゃないんだよ。強い心も持っていて、その上、とても優しくて頼りになるんだ!」
  稲荷の自慢話は止まらない。

 一方で、心鉄は樹音の方を仰ぎ見た。だが、樹音はすまなそうに手を合わせて謝罪の仕草をするだけで、結局助け舟を出す気配はない。彼もまた、稲荷と鈴愛の盛り上がりに肩を落としていた。

 心鉄は静かに、諦め半分で二人を見つめ、心の中で小さくつぶやいた。

 「類友とはこういうことか…」




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