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17歳と18歳
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しおりを挟む斗樹は、週に一回の塾通いをして、それ以外はまた雲雀と一緒に過ごしている。雲雀は受験生なので、斗樹がゲームをしていても、隣で参考書片手にメモを取ったり、付箋をつけたり。斗樹なら隣でゲームなんてされたら気が散ってだめだが、雲雀は手元に集中している。
一学期の期末考査で学年5位以内に納まった雲雀は、志望校次第で推薦も狙えると進路指導の先生から言われたそうだ。
試験前も斗樹の勉強を見てくれていたうえに、休みの日は野鳥観察もする。さすがにフィールドワークのほうは一日から半日に短縮されていたけれど、飄々となんでもできる雲雀に『やっぱりヒバリくんはすごい』と昔と変わらないところに安心していた。
でも、以前と同じように思えるのに、やっぱり違くて。
携帯ゲームに夢中になっていると、耳の縁になにかが触れてびっくりする。虫でもいたのかと振り返るがそれらしいものは飛んでいない。
「トキくん」
「わっ」
雲雀の声に驚く。
「一時間経ったよ、休憩しよう」
「う、うん」
「なに?」
「なんか、さっき虫飛んでなかった?」
「虫?」
「うん、このへん飛んでたと思ったけどなぁ」
キョロキョロして探しても飛んでいないものは飛んでいない。
「…トキくんの言う虫ってこんな感じ?」
「…え?…あっ!」
さっきと同じように耳の縁を何かが触れていく。
びっくりして肩を竦めたが、よく見ると、雲雀が手のひらをヒラヒラさせていて、虫では無いことがわかった。
「ヒバリくん…」
「そ」
雲雀のいたずらだったとことがわかって、また別の緊張がやってきた。
「どうして…」
「んー、トキくんの反応が面白くて?」
こんなとき斗樹はどうすればいいのかわからない。
ショックも受けるし、ドキドキもする。
全然違う気持ちにもみくちゃにされて、どうしたらよくわからない。なにも言えず固まっていると、スッと雲雀が離れていく。
「冗談だよ」
「あ…」
からかわれて放り出される。こんなことが増えた。
「ごめんね?」
全然悪いと思ってないような顔。
悲しいのに、天使みたいな顔で言われるとつい許してしまう。じくじくした痛みが薄皮を重ねるようにして胸にたまっていく。
雲雀は、斗樹に好かれているのが嫌なのだろう。
でも家族ぐるみの付き合いで、隣に住んでいる。あからさまに斗樹を切り捨てることはできないのだろう。
(別にヒバリくんに振られるの初めてじゃないけど…)
だからといって慣れることもない。子どもの頃は、雲雀からも好意が返ってきていた。だから斗樹も純粋に、雲雀に好き好きと言えたのだ。
でも、もうさすがにしんどいかも。
毎年夏は暑いので、熱中症対策に、日が昇る前から公園でフィールドワークをして午前中には帰る。夏の野鳥は少ないけれど、朝早くに行くと結構見られる。雲雀が昆虫の羽化を調べるため、毎年何種類かを飼育する。雲雀が飼育した昆虫をもといたところに解き放つのが、斗樹の役目だ。今日はコバネイナゴだ。
「トキくん、ありがとう」
「うん」
フィールドワークのあとは、雲雀の家で飼育箱の羽化具合で、次を決めたりすることが多いのだ。雲雀がカメラをカバンに仕舞う。
「帰りに寄るでしょ」
「…」
「トキくん?」
俯いて返事をしない斗樹に、雲雀が声をかけると、思いつめたような表情をしており、どうしたのかと近づいてくる。
「暑かったね、疲れちゃった?」
「ヒバリくんはどうして俺と一緒にいてくれるの?」
「え?」
「どうして?」
雲雀の表情が柔和なものから精悍なものへと変わる。
「どうして俺に意地悪するの?」
「トキくん…意地悪ってこれ?」
引き寄せた斗樹の項を指が辿る。「ぁ…っ」とか細い声が出て、カァッっと顔に熱が走る。慌てて雲雀の胸を押して距離をつくる。
「だめっ!」
「トキくん」
「それもう嫌」
「トキくんこそ、どうして僕と一緒にいてくれるの?」
斗樹の質問をそっくりそのまま返してくる。またからかわれているのかと思ったけれど、雲雀の表情は思いの外真剣でそうじゃないことがわかる。
「…だって俺…」
(ヒバリ君が好きだからなのに…)
「ねぇ、どうして?」
雲雀の真剣な顔に圧されて、ぐっとお腹に力が入る。
これが最後だ。お腹に力を入れる。
「俺はヒバリ君が好きだから…」
「好きって、トキくんの気持ちは子どものころから知ってるよ?」
そうだ。でも雲雀がどう思っているのか知りたい。小さな子に言い聞かせるみたいにあしらわないでほしい。
「…でも俺は…」
「好きなのは僕の顔…かな?でも、もうさすがに女の子には間違われないと思うけれど…」
困ったように言う雲雀に胸が痛む。すぐそうやって斗樹の気持ちに『顔だけでしょ』『女の子と勘違いしないで』と釘を刺す。斗樹も違うと言いたいけれど、これだけ釘を刺されたあとに『ヒバリくんだから好き』と言いきれない。いつもここ止まりだ。そういうことに嫌気がさしてしまったのだ。でもよく考えたら、再会してからの雲雀は、斗樹に優しくない。大人になんてなりたくない。
また会えて嬉しかったのは、斗樹だけなのだ。
「…もう、いいよ」
「トキくん…?」
「ヒバリくんとはもう会えない…ごめんっ!」
「トキくんっ」
リュックを掴んで、走って逃げた。
後ろで雲雀が斗樹を呼んでいたが、振り返らなかった。
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