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17歳と18歳

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部屋に戻った斗樹は鞄を放り投げて、ベッドにダイブした。
(ヒバリくん…)
久しぶりに見た雲雀は、斗樹の想像と少し違っていて。
(声が大人だった…)
低くて、でも落ち着いていて、名前を呼ばれてスッと斗樹に馴染むところは変わっていなくて。
コンコンとドアをノックする音が聞こえ、慌てて返事をする。
「トキくん、今ちょっと大丈夫?」
「ヒバリくんっ! いいけどちょっと待って!」
「わかった」
大急ぎで着替えて、散らばった服を一か所に集める。
部屋を見渡す。そこそこ物が多いので、片付けているつもりでも雑然としている。そこはもう大目に見てもらうとして、あっちこっちバラバラに積まれている教科書の向きを揃え、出しっぱなしのゲームをケースに仕舞う。換気をしてからやっと扉を開いた。
「ごめん…おまたせ」
ドタバタと激しい音は隠しようもなく、部屋の前で待っていた雲雀にもしっかり聞こえていたはずだが、そこに触れることはなく、雲雀はにっこり微笑んで、「おじゃまします」と声をかけてから斗樹の部屋に入る。部屋をぐるりと見て、表情を和らげた。
「懐かしいな」
「そ、そう?模様替えもしてるよ」
彼女を部屋に入れたときより緊張する…、と考えて頭を振る。
「ちょっと散らかってるけど」
「いいよ、気にしない」
「おばさん元気そうだね」
「そうだね、早く日本に帰りたがっていたから、おばさんと話ができてはしゃいでる」
「うちの母さんもだよ」
何気ない話をしながら、肩の力を抜いたようすの雲雀をチラチラ盗み見る。
(変わったなぁ、ヒバリくん…)
(昔は、美少女天使からの美少年って感じで格好よかったけど…)
(…もう女のコには見えない)
雲雀は今年で18歳になる。大人だがまだ大人になりきらない、微かに幼さが残っている端正な顔は、斗樹が知っている面影があるのに、会わなかった時間のせいで一足飛びに大人っぽくなってしまったように感じて、知らない人みたいにも見えた。
でも、柔らかく笑うところは、記憶のままだ。
すでに心臓がうるさい。
斗樹よりも少し背が高くてスラッとしている雲雀は、足も長くて。やっぱり格好いい。
(これは…女子が放っておかないだろうなぁ)
そんなことを考えてしまう。
本当は、そんなことよりもいろいろ話がしたいことがあった。
日本では見られない珍しい昆虫や野鳥がいたのか。インドのごはんはおいしいのだろうか。雲雀はどんな学校に通っていたのだろうか。それなのに、うまく話せない。
前は雲雀にたいしてそんなことを思ったことはないのに。
「ま、座って。なんか飲む?」
「さっきいただいたからいいよ、それより、トキくんも座って」
「う、うん」
客用の座布団なんて気の利いたものはないから、雲雀も斗樹もラグのうえに座る。雲雀が座ったのを見てから斗樹も向かいに座った。なんだか緊張する。
「ひ、ヒバリくん、こっちの学校に通うの?4月から?」
「そう。トキくんと一緒だよ、またよろしくね」
「うん」
新学期から一緒に登校できるのは嬉しい。
でも。
「…」
「…」
そこで会話は途切れた。
目も合わない。
(ヒバリくんってこんな感じだったっけかな…?)
記憶では、いつも斗樹のことを見てくれていたように思うのだが。…願望だろうか。
久しぶりすぎて、よくわからない。
だいたい斗樹は雲雀のことをまだ直視できていない。チラチラと盗み見て、心臓をおかしくさせているだけだ。
そこでハッと気づく。
「ヒバリくんっ」
「どうしたの、トキくん」
雲雀が帰ってきたら謝らないといけないことを思い出した。
「俺のせいで連絡、途切れちゃったから…ごめんなさい…」
「…」
「ヒバリくんが、元気かなとか、フィールドワークしてるって聞いて嬉しかったんだ。ホントだよ、でも…」
なんて言えばいいのか。
幼なじみで、隣に住んでいるお兄さん。
本当のお兄さんみたいに斗樹のことを考えてくれて、優しくて頼りになる。昆虫の生態を調べて、野鳥を見ているときは生き生きしている。原っぱにいる虫を捕ってくると喜んでくれて、「すごいなぁトキくん」と褒めてくれる。
そんなお兄さんみたいな人に、男の人が女の人に言うみたいな「好き」と一緒のやつだとは言えない。離れているときは、勉強ひとつから雲雀を思い出し、今は、天使の面影は薄く、大人の男の人になってしまった雲雀を見ても、ドキドキしてしまっているのに。
こんな気持ちを知られたらと思うと怖くて仕方がない。
雲雀が帰ってくるまでに気持ちの整理をつけないといけなかったのに。
それ以上言葉に詰まってしまった斗樹をどう思ったのか、雲雀は笑顔で頷いた。
「いいよ、そんなこと」
「あ…」
「トキくんも、サッカーで忙しくしているって聞いていたよ。頑張ってるんだなあって思ってた」
そこで言葉を切って、ふうとどこかを見た雲雀だったが、それに…、と言葉を続ける。
「彼女ができたって聞いたよ」
「えっ」
「違うの?」
雲雀が斗樹の顔を覗き込んで、目を合わせてくる。
天使の面影が斗樹の心臓をおかしくさせる。
でもこのおかしさは今までと少し違って…。
そうだ。母同士も繋がっているのだ。彼女を家に連れてきたこともある斗樹だ。母が色めき立って話題にしたのだろう。
「ちが、…わない…」
雲雀を忘れるために。弟でも下僕でもなんでもいいから、そういうポジションに収まるため。人生の軌道修正ができるかも知れないと微かな期待を込めて斗樹は、好意を持ってくれていた彼女たちを頼りにしたけれど。
違わない。けど、雲雀に知られるのは嫌だと思った。
まさか、彼女のことを知られているとは思っていなかった。
「俺がいない間にトキくんが巣立っちゃうから、寂しかったんだ…」
そう言って、雲雀は軽く両手のひらを丸めた。まるで見えない雛を手に乗せているかのよう。
(ヒバリくん、もしかして…)
雲雀は、彼女ができて連絡もよこさなくなった斗樹と、ちゃんと距離を取るために来たのかもしれなかった。果たされなかった約束を、成長した斗樹への労いの意味を込めて、兄として。
相変わらず心臓はおかしな感じのまま、ただ、以前と同じような関係に戻れると思い込んでいた斗樹は、大きな勘違いにめまいがしそうだった。
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