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17歳と18歳

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塾通いを決めた日の夜。
雪衣は張り切って、斗樹の大好物である春巻きを作ってくれた。
雪衣の料理は創作が入っているので、一般的な春巻きだけではない。春巻きの皮を使って春巻きと名乗ったおかずだ。春巻きの中身は食べるまでわからない。斗樹はなにがでてくるのかわからないわくわくを含めて雪衣の春巻きが好きだった。
サクッとした皮から出てきたのはささみの梅しそチーズ巻だ。これは当たりの方だ。ご飯がすすむ。夕食を終え、しばらくした頃、父の裕が帰宅した。
「おかえりなさい」
母が玄関まで小走りして父を出迎える。斗樹はもう風呂も済ませて、リビングのソファでだらしなく座りながら携帯ゲーム機で遊んでいた。
ネクタイを緩めながら父の裕がリビングに入ってきた。
「塾に行く気になったって?」
斗樹の塾通いは裕も驚いていた。
「まあね、俺の成績ヤバすぎ」
「目標でもできたのか」
「まーね!」
「いいことだ、頑張りなさい」
裕は詮索してこなかった。斗樹にはそれがよかった。
ゲームの画面から目を離さない斗樹の頭をガシガシ撫でたあと裕は、斗樹の文句を聞き流して雪衣の元へ行った。
そうして、学校と最寄り駅からも近い塾に週に一回、通うことになった。
二学期も成績が振るわず、冬休みになり、3日間集中の冬期講習に申し込んだ。
バイトはせず、部活も行かず、彼女とも別れ、友だちとも少し距離を置いたままになっている斗樹は、暇だった。
学校の授業にはついていけていけなかったが、授業のあとに質問ができるようになった。短い時間でも個別に教わることで、少しわかるようになった。そこでも雲雀を思い出した。斗樹のわからないところを瞬時に見抜いて、わかりやすく教えてくれた、声変わりしたての落ち着いていて優しい声。雲雀以上に斗樹のために丁寧に根気強く教えてくれる人はいないだろう。先生も塾の講師も生徒は一人だけではない。それが普通なのだからそれでいいのだが、雲雀に甘やかされていたなあと思うと、胸が甘酸っぱいふわふわでいっぱいになる。
塾に通い始めてまだ日は浅く、成績には表れていないが、教科書の文字が目を貫通して頭をすり抜けることはなくなった。理解はまだついてきていないが、少なくとも、なにを学ばせたいのかがわかるようになってきた。この冬休みに復習していけば、三学期からは授業にもついていけるかもしれない。先行きにわずかな光が見えてきた。
家の近くには大きな自然公園がある。「グリーンガーデンFujiya」の売りのひとつだ。斗樹は塾の帰りには公園に寄って、運動不足を解消してから帰宅するようになった。
「ただいまぁ」
「おかえり」
夕食の支度をしている雪衣の後ろから手元を覗き込む。
「ごはんなに?」
今日は肉じゃがかカレーか、ポトフの線もある。
「もう、先に手を洗って。今日はお父さんも一緒に食べるからね」
「はいはーい」
「ほんとにもう…」

ほどなく裕が帰宅し、先に風呂に入ってくるというので、裕の風呂上がりに合わせて夕食の時間となった。
斗樹はそれまで期末試験の振り返りをしていた。
不思議と今まで苦だった勉強がいつの間にかルーチンワークになっていた。斗樹はたぶん、一度にひとつの事にしか取り組めないタイプなのだろうと自己分析をしていた。不器用なのだ。今まではサッカーにしか夢中になれなかった。
それでも公園に寄って、越冬しているカマキリの卵を見つけたり、スズメの仲間が鳴いている声に耳をすませたりする余裕はある。こんなときいつも頭に浮かぶのは雲雀のことだ。雲雀なら、公園で聞いた鳥の鳴き声もすぐにわかって、斗樹にも教えてくれただろう。
(ヒバリくんに会いたいなぁ)
もう連絡してもいいだろうか。
雲雀と気軽に連絡を取っていたのが不思議なくらいだった。
これだけ離れている時間が長いと、いつでも連絡してもいいはずなのに、その一歩を踏み出すことが難しくなるなんて思わなかった。そのうえ、連絡をしなくなった理由が理由だ。
次に会ったら謝りたい。許してくれなくても謝り倒す。斗樹の伝家の宝刀だ。

夕食は肉じゃがだった。裕好みのあっさりとした味付けになっていて、斗樹にはやや物足りない。裕が仕事納めで早めの帰宅だったので、久しぶりに家族3人で囲む食卓となった。
いつもは発泡酒しか卓に上げてもらえないが、今日ばかりはビールが注がれ、裕はあきらかにホクホクしていた。
頃合いを見計らった雪衣に、斗樹と裕は大掃除の割り振りをされた。玄関と庭掃除を言い渡された斗樹は「うぇぇ」と不満声を出した。
「寒いとこ全部俺ぇ?」
「今まで季節関係なく外で走り回っていたじゃない。頼んだわよ」
「斗樹、父さんも外で洗車をする…手伝ってもいいぞ」
「斗樹に洗車なんて任せられないわよ、傷がついたら大変よ」
「俺のスーパー洗車テクを知らないくせによく言うよ」
「スーパーテクニックとやらを披露させてあげようとしたら、いつも腹痛じゃない」
「だって腹が痛くなるし」
「まあまあ、洗車が終わったら僕は何をしたらいいかな、母さん」
親子喧嘩の緩衝材である裕が素早く役目を果たす。
「廊下と窓ガラスをお願いね」
「わかった」
「斗樹は、軒下の蜘蛛の巣を払ってね」
「やっぱ外じゃん」
夕食の片付けを終えた雪衣が、「あら」と言って、スマホに手を伸ばした。しばらくして「お父さん」と呼ぶ声が、テレビの前で年末特番を見ていた斗樹にも聞こえた。
「お隣りの入江さんが帰ってくるそうよ」
「ああ、旦那さんの出張だったな。任期を終えたのかな」
雪衣が瑠李と仲がいいことを知っている裕は、お隣りさんだし帰って来たら僕も挨拶しなきゃなあ…と考えていた。
「来年度からまたこっちでの勤務になるそうね」
「ひ、ヒバリくんも?」
2人の会話に急に入ってきた斗樹に何を言うでもなく、雪衣が言う。
「そうよ、編入試験も通ったみたいだから、4月からこっちの学校に通うんですって」
雪衣はうっとり帰国子女って響きがいいわぁとか言っているが、そんなこと斗樹の耳には入っていない。
(ヒバリくんに会える!)
「斗樹は、息子さんの雲雀くんと仲がよかったからなあ」
「斗樹が一方的に懐いてただけよぅ」
両親にイジられても、ろくな反応を見せない息子に気にせず2人はまた違う話に流れていった。
斗樹は「おやすみっ!」と素早くテレビを消して、自分の部屋に走っていく。もう頭の中は、雲雀と会える期待感でいっぱいになっていた。
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