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12歳と13歳

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「黙っててごめん…」

それが雲雀の答えだった。
もうそれって確定だし。そう思うだけで気持ちがささくれ立ってくる。
雲雀は申し訳なさそうにしている。けど、そんなの。
「早く言って欲しかったよ…」
「ごめん」
「いいよ…もう…」
父親の仕事の都合なら仕方ない。中学生の雲雀にはどうすることもできないのは、頭ではわかる。親戚付き合いもほとんどなく、頼れる大人は少ない。
別れは寂しいけど、でももう少し早く知りたかった。せめて最初は雲雀の口から聞きたかった。そうしたら、寂しいなかでもゆっくり別れの準備もできた。寂しい気持ちをゆっくりとなだめることができたはずなのに。斗樹もこんな恨みごとみたいなことを雲雀に言いたくなかったし、言ったあとで後悔した。
そして、なにより、やっぱり。
(ヒバリくんは、俺のことなんかなんとも思ってないのかも…)
(弟だと思っているのは俺だけなんだ)
そう思うと、うまく書けない手紙をくしゃくしゃに丸めるときのような、もどかしい気持ちになる。
(下僕って、そういう意味だったのかな)
ひとつ上から見下ろして…。いや、でも、雲雀にそんな扱いをされたことはない。
だめだ。下向きな想像が止まらない。
もともと、斗樹の方が好き好きオーラをだしまくり、雲雀は涼しい顔してそれを受け止めてくれていただけで、本当は…?
それきり黙ってしまって俯く斗樹に、雲雀が慌てたように口を開く。
「僕はインドになんか行きたくない。父さんたちに相談したけどやっぱり駄目で…トキくんと離れたくなくて、なかなか言い出せなくて…ごめんね」
「ううん、いいよ」
斗樹のことを、どうでもいいと思っていないならそれでよかった。ささくれていた気持ちが凪いでくる。
「ホントはさ、俺のこと忘れちゃったのかな、とか思って…」
「そんなことないよ!」
雲雀が斗樹の体を引き寄せて、ぎゅうっと抱きしめる。
「トキくんには、言いにくいと思ったよ…、僕が行きたくないから、トキくにも言うキッカケがつかめなくて…ごめん」
耳元で直接流れ込んでくる声は、切実だ。
雲雀も斗樹と離れるのは嫌だと寂しいと言っている。
雲雀の言葉に込められた気持ちがストンと斗樹の中に落ちてくる。
(寂しいけど、それならいい…)
雲雀の背中に腕をまわす。
「中学に入ったら一緒に登校できるかと思ったのに」
「うん、ごめん」
「ヒバリくんともう昆虫見に行けないのも寂しい」
「父さんの仕事が終わったら、またここに帰って来るんだ。トキくん、待っててくれる?」
「待つよ、手紙も書くから」
「僕も書くよ」
「うん」
「トキくん、好き」
「俺も」
好きって言ってもらえてよかった。
雲雀が斗樹を好きな気持ちは、最初から変わっていないと思う。斗樹のほうは少しずつ形を変えてきている。それを雲雀に押し付けるつもりはない。
顔を見合わせての仲直りは、すこし照れくさかった。


雲雀の渡印は二ヶ月後だ。
パスポートを申請したり、インドの学校に通うための手続きなど忙しい。
あっという間に出発の日がやってきた。



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