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4歳と5歳
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しおりを挟む「けっこん…」
満を持して、斗樹は雲雀にプロポーズをしていた。
辞書ひきは、二文字目以降もあいうえお順に並んでいることを教わり、時間をかけて2つの単語を調べ終えた。「トキくん、がんばって調べたね、エライ」と褒められて達成感と嬉しさでメロメロになっていたところだ。
これ以上ないタイミングと言えた。
雲雀の手をぎゅうっと握って、真剣な気持ちを伝える。
「そう。僕、ヒバリくんが好きだもん」
「うん、僕も好きだけど…」
「やっぱり!」
雲雀も斗樹のことが好きなのだ。知ってた。
だって斗樹の運命の人は雲雀だ。雲雀としか結婚しないと決めた。
でも…、と雲雀がぷるふわの唇をゆっくりと開いた。
「僕が知ってる結婚は、おとこの人とおんなの人がしてるよ…」
「えっ」
「パパとママが結婚して、僕が生まれたもん」
「そんなぁ…」
情けない声を出して斗樹が考えるのは、両親のことだ。お父さんは男の人で、お母さんは女の人だ。そして斗樹が生まれている。お父さんとお母さんも好き同士だ。雲雀のところも。
じゃあ斗樹が昼間見たみなとくんとはるひちゃんの結婚式…あれは何だったのだ。いや、たしかにみなとくんは男の子で、はるひちゃんは女の子だ。…あれっ、そうなの?
でも、先生だって認めてくれた、歴とした結婚なのに。
誓いのキスだけ大人になるまで待てばいいルールじゃないの?
斗樹は次々と浮かんでくる疑問で、頭がパニック魔法にかかったみたいだった。
雲雀は人気者だ。みんな雲雀と遊びたくて声をかけている。今は入園したばかりのときにお友だちに両腕を引っ張られたことがショックで一人でいることが多い雲雀だが、そのうち気持ちを切り変わってみんなと遊びだすに決まっている。雲雀が他の子と遊んだらその分斗樹と遊ぶ時間が減るわけで。そのうえ雲雀が小学校に上がってしまったら…。そんなことを想像すると無性に焦ってしまうのだ。
「トキくんとは結婚できないとおもうよ…」
「で、でも…っ」
なにか雲雀と結婚ができる方法があるはずだ。
振り切られないのをいいことに、さらに強く雲雀の手を握る。
逃げないでほしいという不安な気持ちの表れでもある。
ずいと顔を寄せる。
「ひっ、ヒバリくんは、いちばんいちばんかわいいもん!」
「でも、僕おとこの子だもん…」
「ヒバリくんはだれよりもかわいいもん!僕のお嫁さんでもぜったいに誰にもおとこの子ってわからないよ。ね?おねがい!」
斗樹は必死だった。斗樹にとって長い人生の中でここが頑張りどころに思えたからだ。
今まで一番大好きだったのは母の雪衣と父の裕だ。ちょい雪衣が優勢で。だけど雲雀に出会ってから、斗樹の一番はずっと雲雀だ。天使よりもかわいくて、いろんなことを優しく教えてくれる雲雀に斗樹はもうメロメロのくにゃくにゃなのだ。
(大好きなヒバリくんとずっと一緒にいたいだけなのに)
ここ一番のキメ顔でおねがいした。
実際は最高のおねだり顔で。
のに。
「…しない」
「え…」
「トキくんとは結婚しない!」
「あっ」
思い切り手を振り払われた。
「トキくん嫌い」
「えっ」
ど、どゆこと?
雲雀に嫌われた。
さっきまで天使の微笑みで辞書ひきを教えてくれていたとは思えない。顔を真っ赤にして、いつもは優しそうに垂れている眉も目尻もきゅっと上がっていておしっこがちびりでそうなほど怖い。
一世一代のプロポーズだった。
断られるとは思ってもみなかった。
さっきは雲雀も斗樹の事を好きだと言ったのに、どうして断られたのかわからない。
なにより。
(嫌われた!)
この世で一番怖いのは、ピーマンを残した時の雪衣でもなく、もったいないオバケでも夜中のトイレでもない。
雲雀に嫌われることだ。
結婚を断られたうえに、嫌いだとまで言われた。
結婚はだめだった。
顔を真っ赤にして怒るほど、雲雀にとって、それくらい嫌なことだったのだ。
斗樹の小さな心はくしゃくしゃになってしまった。
雲雀が嫌なら結婚なんてしなくていい。
でも。
「嫌いにならないでぇぇ…!」
お願いお願いと頭を下げ、ぷいとそっぽを向く雲雀に縋り付く。
「トキくんなんか嫌い」
「それやだぁーーー!」
「…」
結婚を断られるよりも嫌われることのほうが嫌だ。
嫌いって言わないでほしい。斗樹がこれだけお願いしているのに、一向に折れる気配のない雲雀だ。昨日おやつの蒸しパンを半分こしたときに大きい方をくれたあの優しさはどこにも見当たらない。
あ、これもしかして、ダメなやつ?
斗樹の目は、あっという間に涙の洪水が起きて。
「ごべんなざいぃーー」
大粒の涙を流しながら、謝り倒す斗樹をじいっと見ていた雲雀だが、掴んだ手を離す気配も泣き止む気配もない斗樹の様子に根負けしたのか、「…結婚っていわないで」と小さな声で言った。
蚊の鳴くような声だったが、斗樹の耳にはしっかり届いた。
天の岩戸が開いた!と、狂喜乱舞の思いでたたみかける。
「言わない!言わないよ!」
だから嫌いにならないでぇぇ~と言う声にはもう甘えが入っていた。
「トキくんのこと嫌いじゃいよ」
「……ホント?」
「うん、…最初から」
「ホント? 僕のこと好き?」
「うん。結婚はだめだけど…」
「もう結婚なんてしないよ、もう言わないよ?」
「…でも、下僕ならいいよ」
「げぼく…?」
「…うん、…ずっと一緒にいられるよ…。…弟みたいな…? トキくん僕のこと好きでしょ…?」
好きに決まってる。プロポーズするくらい好きだ。
「なるっ、僕ヒバリくんのげぼくと弟になるっ」
「よかった」
そうして微笑む雲雀はまさに天使の生まれ変わり。斗樹の胸はキュンキュンしまくりだ。
雲雀が薄ピンク色の小指を斗樹に見せる。
「じゃあ約束、みんなには内緒だよ?」
「うんっ!」
斗樹も小指を出して、雲雀の小指にぎゅうっと絡める。
具体的に下僕がなんなのかはわからないが、弟はわかる。兄弟になるってことだ。
結婚以外でも一緒にいられる方法があった。
この天使の生まれ変わりみたいな雲雀と一緒にいて、大事にできるならなんでもいい。
世界一の下僕に俺はなる!
森永斗樹の初恋はこうして幕を閉じた。
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