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4歳と5歳

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駅から徒歩10分、とある緑化地域にできた新築分譲住宅がある。
『グリーンガーデンFujiya』に森永斗樹が越してきたのは4歳のときだ。


「わあっ、ひろーい。ここ僕が使ってもいいのっ?」
父に抱かれてまだ家具の運び込まれていない、まっさらでフローリングの広い部屋を見渡す。父の腕から降りて部屋の端から端まで走り回る。
「そうだよ、斗樹の部屋だ」
「やったあ」
「その前に一人で寝る練習だな」
「できるよっ」
「そうか?」
「業者さんが来たわよ」
母の声がして玄関に行くと、引っ越し業者がトラックから荷物を下ろしているところだった。
「こちらでよろしいですか」
「はい、よろしくおねがいします」
両親が引っ越し業者と、どこに荷物を置くかと話し合っている。
斗樹がわくわくしながらみていたのは最初だけだった。すぐに飽きてしまい、運び入れの邪魔にならないように庭へ走っていく。
庭も広い。まだ両親には相談していないが、斗樹は犬を飼いたいと思っていた。誕生日プレゼントにしようか、クリスマスに強請ろうかと想像を膨らませながら、ここに犬小屋を置こうと辺りをつけていると、隣の家にもトラックが止まっていることに気づいた。
(引っ越しかな?)
目隠しフェンスの隙間から隣の様子を伺う。
斗樹の家と同じように、引っ越し業者と思われる作業服を着た人達が大きな荷物を運び入れていた。
「覗き?」
「わあっ!」
びっくりして後ろにのけ反った反動で、数歩下がって尻もちをついてしまう。
クスクスと笑い声。
目をぱちくりさせながら、声がした方を見ると、フェンスの隙間から2つの目がこちらを見ていた。
その目が、玄関側に目を動かせる。
「こっち来て」
斗樹は口をポカンと開けたまま動けなかった。
しばらくすると、隣の家とを仕切っているブロックからにょきっっと子どもが顔を出した。
サラサラの黒髪に、少し切れ長の大きな目にピンク色の頰。
(かわいい! 天使みたい!)
「はやく」
「う、うん!」
天使に急かされて、慌てて立ち上がる。
近くで見ると、その子は斗樹よりも少し背が高くて年上っぽかった。クリーム色のシャツにカーディガンを羽織っていて、袖口からさくら色の爪先がちょっとだけ見えている。
(絵本でみた天使よりもかわいい。僕とけっこんしてくれないかなぁ)
斗樹はドキドキしながら話しかけた。
「ここに引っ越してきた?」
「そう。今日から」
「僕も今日からだよ!」
(すごい、うんめいだ!)
「ふうん、なんさい?」
「よん!」
自信満々に指を四本突き出して言う。だって今日から一人で寝られる4歳だから。
なのに、じいっと見つめられたら照れてしまう。
もじもじしながら、「えっとぉ」「あのぉ」と言っていると、「なに?」と顔を覗き込まれる。
「わっ、あのっ、お姉ちゃんのお名前おしえてくだしゃいっ」
斗樹は子どもながらに、目の前の天使みたいにかわいい子の名前を聞いて、お隣りのよしみで仲良しになりたい一心で言った。しかし、天使からの返事はなかった。
「…」
「?…え…いたっ!」
天使みたいな顔がみるみる曇り、胡乱な眼つきになったと思うまもなく頭にチョップされた。
ギャン泣きするほどじゃないけど、地味に痛い。
「うぅ…」
その場にうずくまる。
「僕はおまえのお姉ちゃんじゃない」
「え」
「名前も教えない」
「!」
(そんなぁ…)
プイッとそっぽを向かれる。
なんだかよくわからないが、嫌われた。
これからけっこんするのに。
天使に嫌われたショックで斗樹の目にはみるみる涙が溢れてきた。
(嫌われたくないよぅ…)
「わぁああぁん」
「ちょっ、お前っ!」
「ごめ、ごめんんんっぅわああん」
火がついたように泣き出した斗樹をあやす事ができず、天使はさっきまでツンとしていたことも忘れて困りきっていた。
斗樹の泣き声に両家の大人たちが何事かと駆け寄る。
斗樹の父が泣いている斗樹を抱き上げ、背中を撫でてあやす。斗樹は「ごめんなさいするぅ」と言いながら父にしがみついている。
斗樹の父と目が合い、天使の体がビクッと体が揺れた。
「雲雀、どうしたの?」
「ママ…」
振り向くと母がいた。雲雀は母の姿を見てホッとして、母の腰にしがみつく。ホッとしたら涙が出てきた。
「その子泣かせちゃった…っうぅ…」
「まあ」
二人は、斗樹の父と雲雀の母に仲裁してもらい、お互いに謝って仲直りをした。

「ごめんなさい」
「ごめんなさい」
二人同時に言って、目を合わせる。
斗樹がニカッっと笑う。屈託のない笑顔を見せられ、雲雀の体も自然と力が抜ける。
「はなみず」
「え…んむっ」
雲雀が袖口で斗樹の鼻を拭う。力加減はよくわからないので、グイグイ拭って鼻水はほっぺたまで伸びていたが、斗樹は「へへ…ありがと」と嬉しそうにしていた。
「クワガタ好き?」
「うん」
「見せてあげる」
「うんっ!」
雲雀が斗樹の手を引いて自分の家の庭に連れていく。
庭先に置いていた茶色い瓶を「ほら」と斗樹に見せる。
「これ?」
「うん、この中に幼虫がいるよ」
「ようちゅう?」
「あと一ヶ月くらいでクワガタの赤ちゃんが生まれるんだ」
「見たい!」
「いいよ」
「赤ちゃんはやく来てー」
「はやくー」
早く早くと二人して瓶に呼びかける。

そんな微笑ましい二人の様子を見ながら、両親たちも挨拶をはじめた。


これが森永斗樹と、入江雲雀の出会いだった。
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