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受け入れるもの、変わるもの
塞翁が馬 10
しおりを挟む理生に言われて、持ってきた中では一番動きやすい服に着替える。その間に理生も着替えていた。「じゃ行こうか」ついて行くと、ホテルの地下にある駐車場だった。吉継はボストンで運転免許証は持っていない。理生の車に乗るのかと内心げんなりしていたが、理生は奥にある駐輪場の前で止まる。
「自転車…」
「そ、レンタルサイクル。乗れるでしょ」
「はい」
「いいとこ連れて行ってあげる」
「いいとこ…」
「好きなのを選んで」
車輪の大きい自転車を選ぶ。
理生が機械にカードキーを通し、自転車に割り振られた数字を入れると解錠された。吉継も倣ってその通りにして解錠された自転車をエレベーターで地上に移動させる。
「だいたい40分くらい漕ぐけど走大丈夫?」
「はい」
「行くよ」
地上に出て、自転車で理生について行く。
自転車を走らせて、川沿いの道に入った。同じように自転車に乗った人たちと短い挨拶を交わしながら走っていく。
建物も道路も街路樹も日本にもあるものだが、どれも日本とは違った。街並みと風を感じてやっと、外国にいると実感した。
車にしても徒歩にしても、理生と話をしながら移動するのは苦痛でしかない。自転車でついて行くのは、厚木のことを知りたいとは言ったが、理生と話をしたいわけではないので、吉継にとってはよかった。
途中から海沿いの道路に出た。
「吉継ちゃんは魚は好き?」
理生と話さなくて楽だと思ってすぐ理生がにこやかに話しかけてくる。
油断も隙もない。
「好き嫌いはないです」
「見る方だけど…」
「あ、はぁ、まあ」
特別好きだと感じたことはないが、嫌いだと思ったこともない。
「近くに水族館があるから、総実ちゃんと行ったらいい思い出になるかなー?なんて思ったけど…」
さすがの吉継も、その先はわかった。厚木と水族館なんて想像できないからだ。魚介類がすべからく食べ物に見える吉継から見た厚木は、ファミリー層が気軽に利用する施設で、態度からいけ好かなさから何から何まで浮くだろう。
交通量が減り、並走してきた理生だったが、上滑りする会話に首をかしげている。そしてまたパワーワードを出してきた。
「吉継ちゃんたちって、デートとかしないの?」
「で、デート…?」
「デートって知ってる?」
吉継の間抜けな聞き返しに、理生はそもそもを問うた。
「…わかりません…」
「うそでしょ…」
素直に言うと、今度は理生が引いた目をしている。英語で独り言を言っていたが、吉継にはわからなかった。
「あの看板の下で止まるよ」
「はい」
さらに自転車を走らせ、理生の言う場所で自転車を停める。見上げると、深い緑色の小さな看板が扉の上にぶら下がっていた。色褪せ、ペンキ塗りされた看板の端っこは少し剥がれていた。よく見ると小さくパンのイラストが描かれている。パン屋っぽくない配色だ。
パン屋なのに…、お店なのに、茶色のガラスは少し小さくて中の商品が見えにくい。
「あまり商売っ気はないね」
その通りだと思った。
「吉継ちゃんはお腹空いてないかな、昼食にしようか」
「はい」
まだお昼には少し早いが、理生の言う通り、適度な運動をしてお腹も空いてきた。店内は入口で購入してテイクアウトかイートインを選ぶ。しかしイートインはカウンターが殆どで、座れるところは10席くらいだ。
「どれにする?」
焼き立てのパンがズラリとならんでいる。どれも美味しそうだ。
「これと、これです」
「わかった」
魚介が挟んである大きなサンドイッチとデザートパン、飲み物を選ぶ。
お金を払って、トレーに置かれたサンドイッチを受け取る。理生も肉が挟んであるサンドイッチと珈琲を選び、店員と仲良く話をしている。よく行くところなのだろう。店員が吉継の方を見て、ウィンクをしてきた。びっくりしてトレーを落としそうになって慌てて持ち直す。理生みたいに気障さもいけ好かなさもない、人の良さそうな店員だったので油断していた。
「総実ちゃんの知り合いだよ」
「I'm John, nice to meet you, can you tell me your name?」
「彼はジョン、名前を教えてほしいって」
「あ、…マイネームイズ、ヨシツグアララギ、ナイスミーチュー」
「Satomi can't just leave such a modest boy behind with her as her partner.」
全然聞き取れない。理生を助けを求める目で見る。
「聡実ちゃんとパートナーでしょ、吉継ちゃんを祝福してるよ」
「え…、はぁ、どうも…」
パーティでしたように、頭をペコリと下げる。
理生と店員、二人の短い会話の中では、”Eccentric”、”Cute”と全く反対の単語が並んでいた。吉継にはどんな繋がりがあるのか想像もできない。
「カウンターでもいい?」
「はい」
カウンターに二人分空いているところがあり、並んで食べる。
挟んであるものは、エビや野菜だ。エビの方が多くて、吉継の好みだ。パンも、ふかふかだった。
「美味しいです」
「そ、よかった、ここのパンは総実ちゃんも好きだよ」
「厚木さんが?」
「近くに来たら必ず寄るね。堂々と上座で居座るよ」
それは容易く想像できた。
厚木の食べる食べないは、好き嫌いより先に気分で左右される。それが進んで行くお店なら余程舌に合うのだろう。
「おみやげにします」
「喜ぶと思うよ」
だいたい食べ終えたころ、それよりさぁ吉継ちゃん…と、理生が言う。
「はい」
「吉継ちゃん、聡実ちゃんとパートナーを公表して、結婚も秒読みかと思ったけど、二人ともデートもしたことないってちぐはぐすぎない?」
「…はぁ…?」
またわけの分からない言語が出できて、間抜けな聞き返しになってしまった。どういう意味ですかと聞こうにも、理生は理生で、聡実ちゃんって朴念仁なの?とか好きなことを言っていた。
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