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受け入れるもの、変わるもの
塞翁が馬 5
しおりを挟む「厚木さん」
部屋に戻ると、ネクタイを緩めている厚木に詰め寄る勢いで近づく。厚木は手を止め、突進してくる厚木をなんなく受け止めた。
吉継はまだ派手なスーツを着たままだ。
「なんだ」
「ここは厚木さんのものですか」
「理生に聞いたのか」
「聞きました」
「不満か」
口を尖らせている吉継だ。
息をするように吉継の尻を揉む手に構っている場合ではない。
「不満です、厚木さんはこれ以上忙しくなったらだめです」
「なぜ」
「う…」
吉継の頭にあるのは、厚木に出会って最初の頃のことだ。
わかりやすく拗ねている吉継をベッドに座らせて、厚木はわかりやすく吉継の機嫌を取る。頭を撫で、頬、首と手が辿り降りていく。
単純な吉継は、それだけで厚木に絆されて手を伸ばしてすり寄る。舌先を出すとそのまま引き寄せられて唇が重なった。
舌を擽られ、余計な力が抜けて素直になる。
「俺…また放っておかれるのは嫌です」
「吉継」
厚木の家で毎日、厚木が来るのを待っていた。
今は厚木の仮眠室で厚木を待っている。今のほうがあの頃よりマシだが、やっぱり待っているのは寂しいのだ。厚木の仕事が順調なのは吉継にとっても嬉しいことだが、それとこれとは話が別だ。
また厚木の仕事が増える。ということは吉継を構っている時間は減るわけで…。
ここがボストンでなければ、また自宅のマンションで籠城している案件だ。
「嫌か」
嫌ではない。
一人で厚木が来てくれるのを待っていたことを思い出して、寂しくなってしまっただけだ。
だが、吉継も以前のように、寂しいから側にいて欲しいと泣き落としはしない。
厚木の腹に顔を埋める。服の上からでも骨ばっていて全く気持ちよくはないが、安心できる。
「厚木さんは仕事で来たけど、俺は違いました」
「有給だからな」
「パートナーです」
「それも理生から聞いたのか」
「聞きました」
表情に乏しい吉継でも、不思議と厚木には伝わる。
厚木が忙しいのは嫌だが、アメリカでボストンで、誰が誰だかわからないし、わかるのは厚木のお婆さんと気障男の理生だけだが、パートナーだと言ってくれたのは嬉しいことだ。吉継の表情を読み取った厚木が額に唇をつける。
「有給は全部ですか」
「そうだな、先に帰りたいなら手配はするが…」
「有給は全部つかってもいいです」
「そうか、一日くらいならゆっくりできそうだ」
「ホントですか」
「ああ」
「じゃあ待ってます」
「助かる」
少なくとも3、4日は暇を持て余すことになりそうだが、厚木がそう言ってくれるならまあいいかと思う。
厚木の腹に匂いをつけるようにまとわりつく。頭を撫でてくれているので嫌がられてはいないと吉継はここぞとばかりに甘えた。
そうしているうちに、頬に硬いものが当たったが、厚木のそんなものに構っている暇はない。こっちはまた数日放っておかれるのだ。
厚木もそんな状態だが、吉継になにかさせるつもりはないらしく、変わらず頭を撫でていた。
「厚木さん」
「なんだ」
「千聡さんは本当にお婆さんですか。見えません」
「ああ、祖母だ。母よりも若く見えるが…」
「きれいでした」
「そうか。そういえば珍しく緊張していたな、いや、照れていたのか?」
千聡と挨拶した時のことを思い出す。
派手なドレスが似合っていて、厚木とは目が似ている。なのに優しくて…。
「はい、きれいな人だったので、ドキドキしました」
心なしか表情も緩んで、いつもりより素直な吉継に、頭を撫でていた手が止まる。
「なんですか」
もっと撫でてくれと催促する意を込めて顔を上げると、厚木は難しい顔をしていた。
「厚木さん?」
吉継がじっと見られすぎて居心地悪いと感じはしめた頃、やっと口が開いた。
「お前…、さっきといい、山科といい…もしかして熟女が好きなのか?」
「えっ」
「千聡は熟女のレベルを超えているが…」
もはや自分の祖母を呼び捨てにしている厚木である。
「熟女…」
そんなこと考えたこともない。
山科は厚木家の家政婦だが、吉継のことを何かと気にかけてくれている。料理も美味しい。母の思い出をほとんど持っていない吉継が、勝手に思い描く母親像を山科に見ているだけである。そして千聡は、少しだけ厚木に似ていた。目力は強いが声は優しく、笑顔で『聡実をよろしく』と言われて、気持ちが浮き立ってしまったのだ。
「山科さんも千聡さんも、そんなんじゃありません」
二人を交互に思い出して、ほんのり頬を染める。
「なるほど…」
「わっ」
なにが起きたのかわからなかった。
厚木がネクタイを外したと思ったら、あっという間に後ろ手にまとめて括られた。
その手を引かれ、ぼふんっとベッドに引き上げられる。
「お仕置きだな」
「あ、厚木さん…?」
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