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受け入れるもの、変わるもの
塞翁が馬 1
しおりを挟む吉継には、”ご主人様”が何人もいた。
”ご主人様”たちにいろんなことをさせられたが、命令はもらえたりもらえなかったりした。
いつも理不尽な思いを抱いていた。粉々になったガラスの上に立たされているような、その痛みが鈍いのか鋭いのかも判別できていなかったと思う。
どれも何重にも膜が掛かったようにぼんやりとした記憶で、顔も覚えていない”ご主人様”たちだ。
厚木だけだ。吉継の中でハッキリと姿があるのは。吉継の”ご主人様”像に興味はないと言いながら、命令もくれて、ケアもしてくれる。厚木の好みは今までの”ご主人様”たちと違いすぎてよくわからない事だらけで戸惑うことも多いが、嫌ではない。いや、嫌なときも結構あるが…。
そして、吉継は。
アメリカにいた。
「パスポートは持っているか」
「は?」
「パスポートは持っているのかと聞いた」
厚木から唐突に言われて、「ないです」と言うと、「取っとけ」とため息を吐かれた。
みんながみんな地球全体を庭だと思っているわけではない。ムッと口を尖らせていると。
「取れ次第アメリカへ行く」
と、こともなげに言ってきた。
前情報が少なすぎる。
吉継と厚木で、ツーと言えば、カー。あ、といえばうん。阿吽の呼吸など100年早い。
「仕事があるので無理です」
「有給があるだろう」
ああ言えばこう言う。
「無いです」
「見え透いた嘘をつくな」
結局吉継は、有給が丸々余っていることがバレて、厚木のアメリカ渡航に同行するとこになった。
ローガン国際空港からタクシーで一時間弱。
半分拉致のように連行され、飛行機で約12時間。
12時間の移動で14時間の時差。わけがわからない。吉継はぼんやりする頭で、初めて見る街並みを見るともなしに見ていた。
隣の厚木は平然としている。
異星人すぎる。
「ここはどこですか、どこに行きますか」
「ボストンだ」
「ぼすとん…」
「もうすぐ着く」
厚木の言うとおり程なくしてタクシーが止まった。
目の前には5階建てビルくらいの大きな建物がある。
運転手は荷物を下ろして、厚木からチップを受け取って去っていった。
「ほら運べ」
厚木の荷物は吉継に比べてかなり小さいトランクが一つだけだ。時差ボケもなさそうなうえ、旅慣れた感じがどこか鼻につく。吉継はデイバッグを背負いなおしながら聞いた。
「はあ…ここは?」
「ホテルだ」
厚木はフロントマンと少し会話して、そのままエレベーターまで案内される。吉継には二人の会話が早口の英語で聞き取れない。かろうじて聞き取れたのは、”ミスター”と”ウェルカム”と”サンキュー”くらいだ。それすら、吉継を通すことでカタカナ英語に変換されている。
案内された部屋は大きくて、雰囲気からビジネスホテルとは違うことはわかるが、物の価値がわからない吉継にはだだ広い部屋だという印象しかない。ルームサービスの飲み物と軽食が運ばれてきて、そう言えばお腹が空いていることを思い出す。
「食べられるものだけ食べて少し休め」
厚木に言われて、素直に返事をする。
前情報もなく、あれよあれよという間にボストンのホテルだ。
一応、厚木の仕事の同行という形だが、笠井はいない。秘書を同行させずヒラの中のヒラ社員である吉継を連れて行くなんて、たいした仕事ではないのでは…?と睨んでいる。まさか社費で仕事と偽ってバカンスか?またしても記者会見で頭を下げている厚木が頭に浮かぶ。
「厚木さん…」
「なんだ」
「失脚するときはまともな理由にしてください」
「はあ?時差ボケがひどいな…早く寝ろ」
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