神様はいない Dom/Subユニバース

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 吉継が起きた時間は、すでに店は閉まっている時間だった。
 「もう行けませんか」
 厚木と行くのを楽しみにしていたのだ。


 「明日だな」
 「明日は一緒に行きますか」
 「ああ」
 ならいい。


 「蘭さん、夕ご飯はまだですよね」
 笠井に言われて、そういえば食べていないと思い出す。
 「はい」
 「社長もですよね」
 「ああ吉継、何か食べたいものがあるか」
 「え…なんでもいいです」
 「ふん、いくぞ」
 「社長、私は帰っていいですよね」
 「ああ」

 

 駐車場には、車が数台停まっていた。
 以前も厚木の車には乗せてもらったことがあるので、見覚えのある車の助手席に乗り込もうとしたところを厚木に制止される。
 「お前はこっちだ」
 運転席…。
 「俺が運転するんですか」
 「免許証はあるんだろう」
 「ありますけど」
 「じゃあ問題ない。ナビはついてる」

 

 厚木と一緒に来たのは、門扉の豪華な日本家屋だった。
 夜だからということを差し引いても、建物の全貌が見えない。
 「ここは何ですか」
 「料亭と旅館」
 吉継にはよくわからない答えだった。奥から旅館の女将のような人が出てきた。
 「厚木さま」
 「急にすまない。二人いけるか」
 「はい、ご案内させていただきます」

 

 案内された部屋は、掛け軸には名のある水墨画、昔は文豪が執筆に使った部屋とも言われているそうだ。夜でわからないが、景色もすごいのだろう。
 女将が丁寧に説明してくれたが、侘びも寂びも理解しない吉継は、だだ広い部屋だとしか思っていない。
 「夕食はいつできる」
 「三十分くらいでご用意できるかと思います」
 「先に風呂をいただく」
 「かしこまりました」
 厚木と女将の会話を聞くともなしに聞いていた吉継は、お風呂の単語でハッとする。
 「山科さんに電話しないと」
 ポケットからスマホを取り出す。
 「今日は泊まると言っておけ」
 「泊まるんですか」
 「ああ」
 
 
 浴室は部屋に添え付けもあるが、少し離れにも大浴場があるということだった。
 吉継が添え付けを使うことになった。
 「俺はどこでもいいです。厚木さんがこっちでゆっくりしたらいい」
 厚木に添え付けの浴室をすすめるが、「またDom酔いしたらどうする」と言われ、人の機微には疎い吉継も、気遣われていることにやっと気づいた。


 体を洗って湯船に浸かる。
 吉継が足を伸ばせるくらい広い湯船で、お湯の温度もちょうどいい。

 よくわからない衝動のまま、厚木に命令コマンドを強請っていた。
 
 たまたま知らないDomが、Subを下に見るタイプだっただけで、なにもされていないのに。
 確かに今思うと、あれがきっかけだったと思う。 
 あれがDom酔いなのか。
 
 あれくらいで、心がざわついてしまうなんて思いもよらなかった。
 この半年で、いろんなことが変わったことを実感せざるをえない。
 安全とか、安心とか、なにかのキャッチフレーズみたいだが、そんなこと今まで知らなかった。
 ようやく理解出来るようになって、満たされるという感覚もわかってきた。


 でも、だからといって満たされているわけではない。
 厚木は、吉継に良くしてくれるが、本当に欲しい命令コマンドはくれない。
 ときどき、短いプレイをしてくれるだけだ。
 厚木が忙しいことはわかっているが、吉継にとっては、生かさず殺さずの生殺しに近い。
 
 吉継の気持ちは伝わっていると思う。なにせ婉曲したり、比喩したり、そんなテクニックはない。いつもストレートに言っている。
 厚木にはきっと、吉継ではない満たしてくれるSubがいるのだ。
 だからいつも余裕綽々で、夢中になってる吉継をどこか冷静に見ている。
 厚木が嫌なDomなのは、重々わかっているのに。

 捨てないって言った。
 忙しいなか、気にかけてくれているのはわかる。
 一緒にいるって言葉も嘘ではないが…。
 


 
 風呂から上がると、すでに風呂上がりの厚木は用意された食事をつつきながら晩酌していた。
 「遅かったな」
 「足が伸ばせてゆっくりしました」
 「そうか」

 厚木の向いに座る。
 「酒は飲めるのか」
 「少し」
 じゃあ少し、と猪口に注いでくれる。
 料理は品数は多いのに全部量が少ない。
 これでお腹いっぱいになるのか?

 

 


 
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