神様はいない Dom/Subユニバース

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その距離感、すれ違い

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 吉継が予め告げていた帰宅時間は十八時。
 山科は吉継が今まで時間を破ることはなかったので心配しつつも、少し遅れるくらい…と軽く考えていた。

 三十分を過ぎても帰って来ないので吉継に電話をしたら、スマホを持ち歩いているはずなのに、吉継の部屋から着信音が鳴ったので、慌てて厚木に連絡してきた。

 「こちらでも探してみよう。…ああ、時間になったら帰っていい。見つかったら連絡する、気にするな」


 
 「どうされました」
 通話の内容を聞き、ただならぬものを感じた笠井だ。
 「吉継がいなくなった」
 「ええっ」

 「連絡用のスマホを部屋に置いたままらしい」
 「…今日は通院日でしたね」
 押元に電話をかけている。通院はしたらしい。

 笠井が調べたところによると、今の段階では、周辺で大きな事故や事件は起きていないようだ。
 「行きたいところでもあったのでしょうか」
 
 
 「…席を外す、適当にごまかせ」
 「ええ? この会食すっぽかしたらまた方々から嫌味言われますよ」
 「言わせておけ、中身はない会食だ。車を出せ」
 「はぁ…どちらへ? 行き先に心当たりでもあるんですか」







 吉継が行くところは一つしかない。
 
 
 
 

 


 笠井に車を手配させて、着いたのはワンルームのマンションだった。
 「ここで待っていてくれ」
 「はい」

 運転手を待機させ、マンションの階段を登る。エレベーターはない。
 四階の一室が吉継の自宅である。吉継は、選手向けの寮を断り、ここから会社に通っていた。新築で入居したのか、きれいなマンションである。
 
 窓からは、薄明かりが漏れている。

 吉継は初めて会った時から帰りたがっていた。
 今までは治療を受け入れていたが、もともと患者としての自覚がない。ふと沸き上がった衝動のまま帰宅したに違いない。


 インターホンを押す。
 しばらく待つが、返事がないためもう一回。
 中で何かが動く気配、それは一人しかいない。
 
 『…帰ってください』
 「吉継、話をしにきた」
 『話すことなんてありません、帰って』
 「連れ戻しに来た訳じゃないから、中に入れてくれ」
 『…』
 
 

 鍵の外れる音がして、扉が開く。
 「ありがとう、いいこだ吉継」

 ワンルームにしては少し広めだが、長身の吉継には手狭に思われる。高身長向けのベッドが居住空間の殆どを占めていた。


 
 「今更…どうして来たんですか」

 「断りもなく勝手なことをしているからだ。第一、お前が俺に会いたくないと言ったんだろう」
 「そんなの…」





 家主を差し置いて、ベッドに座る。
 吉継は床に正座する。
 落ち着きがなく、厚木を歓迎していないことは一目瞭然だった。


 久しぶりに見る吉継は、三食昼寝付きの生活をしているおかげで毛並みは良い。しかし、少し疲れてみえる。
 


 「吉継、療法士とのプレイでは満足できないか」
 
 

 
 早く帰ってくれとでも言うように下を向き耐えていた吉継が、厚木を睨みつける。
 「厚木さんには関係ない…!」
 普段は大人しい吉継が声を荒らげて怒っている。それが答えだった。

 「俺に言いたいことがあるのかって、そんなの…」
 「…」
 「あんたにはその程度でも俺は…」
 「吉継」

 厚木の言葉を遮るように首を振って拒否する。


 「俺のこと捨てないって言ったくせに…」
 「吉継」
 「うそつき…やっぱりあんたも一緒だ…」



 「でももういい」
 虚ろな目が濡れている。


 「厚木さん、お願いです」
 吉継が厚木の足に縋る。
 「通院もカウンセリングも言われたとおりにします。療法士ともプレイします。それ以外も…だから」
 あの家には帰りたくないと言って涙を流す吉継が憐れだった。


 吉継は、厚木が来るのを待っていたのだろう。
 あの朝も、その後もずっと。



 厚木の言葉を信じていたのだ。
 それが憐れで、愛しい。

 
 


 さめざめ泣いている吉継の頭を撫でてやる。
 厚木の膝はびしょ濡れだった。

 「一人にして悪かった。聞いてるかどうかは知らないが、俺はあの家を出禁にされている。来たくても来られなかった」
 「…あ、っ…厚木さんの家なのに…」
 「今はお前のためにあるようなものだ」





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