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しおりを挟む「あなたは町一番の戦士よ」
この言葉を胸に、魔物を討伐して討伐しまくった。今回はかなり自信があった。
アイツにだけは負けたくない。頭に思い描くのは、ムカつく大男が泣きべそかいて足元に縋りつき、俺に許しを請うている姿だ。それを実現するためには、1位を獲るしか道はないのだ。
「2位…っ!」
成績と見合った褒賞の引き換え券が綴ってある紙を震えながら握る。
手汗でインクが滲みそうだが構ってなんていられなかった。
成績表は魔物討伐の数だけではなく、倒した魔物の難易度も考慮され、総合的な順位が出される。順位は首都で登録している討伐戦士が対象だ。褒賞金に影響するので、討伐戦士はみなライバルとなる。
これは男の貞操と地位をかけた、負けられない戦いだった。難易度の高い魔物を切って切って切りまくったのに。
どうして1位じゃないんだ…。
いや、それより。た、大変だ。ヤツが来る…。
「おい…おい…パデュノ…」
聞き覚えのありすぎる声が後ろから聞こえ、少しずつ近づいてくる。
来たぁっ。
「おい、聞いてんのか」
「き…聞こえてますけどぉ?」
振り返ったが、錆びた歯車みたいにキギギと音がしそうなくらいにぎこちない。
声の主を確認する前に目の前が象牙色一色になる。声の主なんて顔を見なくてもわかる。アイツしかいない。象牙色した成績表の向こう側には、不遜な態度の大男。
大きいだけではない。筋骨隆々の百戦錬磨の戦士、粗野で乱暴で横柄で大雑把で、とにかく戦い以外にはなにもできなさそうな大男が立っていた。ついでにエロい。暗黒だ。
「おら、見ろよ」
大男が自分の成績表を押し付けてくるので、嫌だが確認することになった。
「う…」
”ペルシアンヌス、1位”
「うそだ…」
「ああ?」
「今度こそバフをうまく使えたと思ったのに…あれだけ練習したのに…!」
「ふーん、お疲れさん。ま、なんでもいい、とにかく約束は守れよな」
ペルシアンヌスに聞く気はない。居丈高に言い放つペルシアンヌスの態度を腹立たしく思っているのに、言い返す言葉はどこにもなかった。
「あなたは町一番の戦士よ」
これは、母の口癖だった。しかし生まれ育った町は、魔物に襲われた。父を早くに亡くし、女手ひとつでパデュノを育ててくれた母も魔物に奪われた。思い出以外、手元にはなにも残らなかった。あのときのことは一生忘れない。魔物に襲われた村や町は、魔物の縄張りになるので、人は住めない。魔物の縄張りなんかで生活できないと、生き残った町の人たちはみな散り散りになった。
魔物を前に全くの役立たず。町一番の戦士が聞いて呆れる。戦士として経験が浅かった。町に他の戦士がいなかった。どれも言い訳だ。戦士は強くないと意味がないと思い知った。
あれからもう何年も経って、首都でそれなりの戦績を挙げていても、故郷を無くしたやりきれなさが心の中で昇華されることはない。
強さに憧れを持っている。あのときもっと強ければ母や町を守ることができたはずだという思いが、戦士としての今を形作っている。 ペルシアンヌスが首都で戦士登録をして一年ほどになる。以前は海の向こうで戦士をしていたとかなんとか。ペルシアンヌスは、どう見てもヘビー級の筋骨隆々筋肉だるまだというのに、動きは羽の様に軽い身のこなしで次々と魔物を討伐していく。まるで戦いの申し子で、彼一人で魔物を絶滅させることができるのでは?とまで噂されるほど。はっきり言って規格外なのだ。
これまで首都でトップクラスの戦士だったことを忘れるほどの強さだった。人知を超えるとはこのことか。開いた口が塞がらない。ヤツは人の皮を被った魔物に違いないと恐れる半面、ペルシアンヌスの強さに惹かれた。
ペルシアンヌスは、俺が最も欲しい物を持って生まれた。憧れでもある。それなのに、この男ときたら、初対面で「尻貸せよ」と言うだけにとどまらず、本当にペルシアンヌスの性欲処理として扱われたのだ。
ペルシアンヌスは、山肌が険しい山中の、大きな洞窟の中を拠点に生活している。
手前は広く空洞で、寝泊まりはそこでしている。奥は迷路のようになっていて、一度入ったら外には安易には出られない造りだ。複雑な構造だが、住人のペルシアンヌスだけはすべて把握していた。首都で一番の戦士なら街に豪邸を構えることもできるのだがわざわざこんな辺鄙なところに居を構えている。前世は洞穴動物だったに違いない。
荒々しい岩肌に不似合いなくらい清潔なベッドに清潔なシーツ。褒賞金を荒稼ぎしているだけあって、中は快適だ。
何度目かわからない敗北。ありえないことだが、なぜか毎回勝負に負けてしまうので、もはや馴染みのように見慣れた光景になっているが、決してそんなことは望んでいない。ベットはふかふかがいいだとか、シーツは常に清潔でいろとか掃除はちゃんとしろ、虫は寄せ付けるな、温かいお湯を使わせろ、だとか、関白なのかわがまま令嬢なのかわからないようなことをガミガミ言っていたとしてもだ。
ペルシアンヌスが負ければ、都での登録を取り下げて、田舎町で細々と討伐をする。
ペルシアンヌスが勝てば、ペルシアンヌスのありあまる性欲の処理をする。ペルシアンヌスは討伐後、女を数人抱いただけでは治まりがつかず、ときには男も抱く。性欲バカなのだ。ペルシアンヌス一人で娼館の機能を麻痺させるほどなので、最近首都の娼館では、ペルシアンヌスが来たら一日5人まで!と書面契約させられるらしい。信じられないくらい馬鹿馬鹿しいことなのだが悲しきかな、これは事実だ。なので、この褒賞金1位の大男は、いつも欲求不満を抱えている。
初めて声をかけたその日のことはよく覚えている。ペルシアンヌスがこちらを上から下まで品定めをするような視線をこちらに向けたあと、発した言葉はあろうことか「ちょうどいいな、尻貸せよ」だった。
「はっ、はぁぁぁ??」
「よく見たら、お前、顔はまあ悪くないな。一応、福笑いは成功してる」
失礼すぎる評価に口が勝手にわなわなと震える。
「ぎゃっ!」
「お、肉付きも理想的だな」
お尻の肉を揉まれていた。びっくりして後ずさる。いつの間にか間合いを取られていた。
「お、おま…お前何を…?!」
「少々色気が足りねぇけど、んなもんはあとからなんとでもなるな」
俺は、戦士道に則って、ペルシアンヌスの強さを讃えるために声をかけただけだ。ついでに強さの秘密とか、どんな風に体を鍛えているのか、どうして戦士になったのか、色々と聞いてみたかった。ちょっと格好いいと思っていた。今は後悔している。
強い人がみな人格者ではない。胸に湧いた淡い憧れに霧が立ち込め、すごい速さで一切を隠してしまった。
「おまっ、この野郎…勝負だ…!!」
「あ?」
「絶対にぎゃふんと言わせてやるからな!」
ペルシアンヌスに手袋を投げつけた。剣が掠っただけでは簡単には破れることのない頑丈な手袋も、鍛えられた筋肉の前にはぽふんと情けない音しかたたなかった。むかつきが上乗せされた。
かくして、魔物討伐だけではなく、ペルシアンヌス討伐も始まったわけだ。
しかし、現実はそう甘くはない。彗星のごとく現れた不遜で傲慢な戦士は、勇者真っ青の最強戦士だった。
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