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大魔導師、隠居する
心に聞いて 2
しおりを挟む足が軽く、下山は簡単だった。
朝ごはんを食べ終え、少し休憩してからマワーの屋敷を出発し、まだ日がてっぺんに上りきっていない。
リリが山を降りると、すぐに街が見えてきた。華やかな人が多く、市場はどこも人だかりだ。初めて見る街ではなかった。ポケットバックから擦り切れた紙を取り出す。
折りたたんであるそれを開くと、手書きの地図だった。リリが書いたものだ。
「…やっぱり…、ここはシンドットだ…」
地図には、訪れたことのある町や山の情報も書き記している。地図は高級なので一般人には手に入らない。リリの職業には地図が必要不可欠だ。擦り切れたら新しい紙に清書し直す…ということを繰り返していた。
とはいえ、リリは測量のプロではないので、”だいたい合ってる、多分”くらいのものだが…。
シンドットに続くのは、クレイモミジの山だ。クレイモミジは酷く荒れていて、手入れしてもすぐに獣道になってしまう。山に入った者は還さないと言う、誰も立ち入らせない山なのだ。呪われた山だと言う者もいる。山からの恵みがなく、資源が乏しいシンドットは、踊り子や楽士、手工芸品などを作る職人など、手に職を持った人たちが多いのだ。自作品の他、珍しい物を仕入れて売る物販も盛んで、結果的に人や物が集まる街となった。
しかし、リリは、このシンドットやクレイモミジの山からは遠く離れたチヌク山で足を挫き、困り果てていたところをマワーに助けてもらった。
クレイモミジの山なんて怖くて、たとえエイテルがあると言われても、リリはきっと登らない。同じような環境の違う山を探すだろう。
そこではじめて、足元からゾワゾワと嫌なものが這い上がるような感覚を覚えた。
マワーの美しい顔が脳裏に浮かぶ。可愛かった竜のナガ。不思議な家。一夜で治った足。
そういったもの全部、ワクワクする体験だと思っていたけど、実は、最悪の事態と紙一重の経験だったのかも知れないと思ったからだ。
でも、どのようにしてクレイモミジの山に入ってしまったのか、それはどれだけ考えても分からず、不思議だった。入ったら出られないクレイモミジの山。リリは、麗しい魔導師から治療をしてもらい、夕食にお風呂をいただき、ふかふかのベッドで一夜を明かし、服まで新品にしてもらった。伝説の竜は可愛かった。とにかく手厚い持て成しを受けて下山したのだ。
リリがどうしてチヌク山からクレイモミジの山まで迷ってしまったのかは分からないが、わかることは、マワーは好きになるような人ではなくて、いい思い出にするような人でも無いということだった。すごい力を持った魔導師で、本当はとても怖い人なのかもしれなかった。いつか絵本で読んだ大魔導師のマワー・カボットのように…。
リリを助けたのも気まぐれかも知れない。
それでも、良くしてもらったことは夢ではなく本当だ。服も色褪せたところもなく新しい。
足も、医者に診せたほうが良いと言われたが、必要がない気がする。
振り返ると、鬱蒼とした山が腰をおろしている。下山したときは導かれるように道が拓けていたのに、蔦や倒れた木か重なって、どこにも入口らしいところは見当たらなかった。
やっぱり忘れた方がいいのだろう…。
リリは、一息つけるところを求めてシンドットに向かった。
そうして、リリはまた魔導植物の新種をもとめて山に入っていた。あれからなんとなくクレイモミジの山から離れたところを登るようにしていた。新種に期待されるのは、少い魔導力で大きな効果を得ることができるものだ。狙った効果を効率よく引き出せたら尚のこと。しかし、そんな都合の良い新種はほとんど見つからない。傷の治りが少し早まる、痛みが緩和される…殆どがそういうものだ。古い服が新品になるような、時間を逆行することはない。洗った時に汚れが落としやすくなったり、服の繊維がシャキッとするくらいだ。
リリに魔導力はない。新種を見極める眼力はあっても、どんな効果があるのか、もしくは魔導が通しやすいかどうか、珍しい効力があるのか、そういったものをその場で確かめることはできない。だいたい植物の種類によって、こんな効果が出るかも知れないという、推察ができるだけだ。信頼のおける魔導師に使ってもらって効果を確かめてから、市場に出す。
今日はワスレ山に来ていた。本当はチヌク山をもう少し見て回りたいが、しばらく鬼門とする。
なのに、どうしたことか。
「…」
目の前の光景が信じられなかった。
鬼門にしていた、クレイモミジの山…多分…にある、あの貴族屋敷に、整頓された畑…、もはやただの作物には見えない、とんでもない神秘を秘めている作物なのかも…、まだあれから30日も経っていないのに…。
リリが呆然としていると、忘れるはずのない声が聞こえてきた。
「ああ、プッティさん、お久しぶりです」
「ガア!」
「…あ…」
「お元気にされていましたか」
忘れようとしても忘れられない。
白皙の魔導師が畑の中からひょっこりと顔をだした。
記憶よりも見目麗しい姿だ。やはり、実物は眩しいほどに綺麗だった。
肩乗り竜も一緒だった。今日も尻尾が立っている。可愛い。
そんなことを考えるリリに、もう下山したときのような恐怖はなかった…。
「は、…はい…、カボットさん…」
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