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21話 マフィンの思惑

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私ーマフィン・サディアス・ブルセイドは、先程までこの部屋にいたフィックスについて考える。彼の持つ《カードガチャ》、ガチャ自体は多種類あるらしいけど、やり方が少し違うだけで、どんなカードを貰えるのかは本人でもわからない。でも、彼の持つ【極小生物辞典】は本物だった。

座学の授業が終わったところだったから、急ぎ職員室へと行き、私の事情を知る担任の先生に許可を得てから図書室へと向かい、そこで見た辞典の内容は私にとって驚嘆に値するものだったわ。スキル《善玉悪玉》だけでなく、これから取得するであろう数多くのスキルや魔法が掲載されており、《細菌とは何か?》《ウイルスとは何か?》、私の求める答え以上のものがあったわ。なんとしても、彼から辞典を譲渡してもらいたいと思い、手元にある金貨を全て用意したのだけど、彼は私の知る金の亡者共とは違うようね。

この窓から下を眺めると、彼がフィリアナの頭を撫でることで、彼女が顔を赤くしてそっぽを向くという可愛い一面を見せているわね。

「ハルヒト、私は彼の言った話を信じるつもりだけど、あなたから見て何処か不審な点はあったかしら?」

ハルヒトは私の守護精霊、彼が私に加護を与え、執事兼護衛の役目を担っているため、毒殺のような事は起こりえないし、賊などによる暴殺も発生しない。

「あの二人は、信頼の置ける人物だ。マフィンに害を与えるようなことはしない。しかし、彼らは一つ重大な嘘を付いている」

え…平民が、王族に嘘をついたというの?

「私にはわからなかったわ。あの内容のうち、何処が嘘なのかしら?」
「フィリアナは、聖獣の加護を持っていない」
「一番、肝心なところじゃないの!? どうして、何も言わなかったのよ‼︎」

私から見て、フィックスはとても誠実そうな男性に見えたわ。私に見せた彼の表情は、真剣そのもので、裏で何かを企むような人には見えなかった。
どういうこと?
何故、そんな嘘を付いたの?

「フィリアナ自身が、《聖獣》だ。あの男は、彼女の抱える事情を考慮して、あえて言葉を濁した」

は……もっと最悪じゃないの‼︎

つまり、マリエルは弱った聖獣を偶然見つけて、奴隷いえ主従契約を迫ったということね‼︎

「ハルヒト、あなたはフィリアナと知り合いなの?」
先程の言い方が、妙に気になるわ。

「いいや初対面だが、彼女の母親フリーゼとは旧知の仲だ。七十年近く前、彼女から娘が誘拐された事を報された。他の精霊と協力して探したが、手掛かりが全く見つからなかったものの、七年前遥か西方の国で発見された」

七年前? 
それって、西方の国ガスタール帝国がクーデターで滅んだ年よね?

「まさか、フィリアナと帝国の滅亡って関係しているの?」
「フリーゼから話を聞いた限り、フィリアナはガスタールの王族の手に落ち、力を封じられ悪用されていたようだ。クーデターとは、直接関係していない」

なるほど、フィリアナ自身が王族を毛嫌いしているのね。ガスタールの王族達は不思議な力を持ち、その力を利用して国民達を扇動し周辺諸国を属国化させようと、色々と画策していたわ。でも、そのやり方があまりに横暴であったため、国民達から反感を喰らい、クーデターで滅んだ。《不思議な力》というのは、フィリアナの力を指していたんだわ。フィックスは、私に彼女の存在を悟られないようにしていたのね。

「ここからは、心して聞け。昨日、風の精霊を通して、フリーゼから連絡があった。マリエルという女が、魔力暴走で大火傷を負ったフィリアナを強引に主従契約を結ぼうと迫った事で……彼女は死にかけたらしい。フィックスは、その状態の彼女を助けたんだ。これが、何を意味しているのかわかるか?」

全身から血の気が引いていく。
今回のフィリアナの件は、精霊や聖獣達に既に知られているのね。
まずいわ、事態はかなり切迫している。

「マリエルは、全ての聖獣の怒りを買った?」
「そうだ。今頃マリエルの所業が、フィリアナの母フリーゼにより、多くの仲間に伝えられているだろう。フィックスの言った罰が、どんなものかはわからん。だが、明日以降何かが起こる。用心しておけ」

古来から、聖獣を怒らせてはいけないと言われているわ。マリエルは、なんて事を仕出かしたのよ。ただでさえ、お兄様との不貞で騒がれているのに、そこに聖獣による罰が降り掛かるなんて……学園にどれだけの迷惑を掛ける気なのかしら?

「ハルヒト、学園長と面談したいから至急アポイントをとってくれない? これから忙しくなるわよ」

「了解」

でも、これって好機と捉えていいのかもしれない。フィックスは、『加護持ちには見えるようにする』と私に教えてくれたわ。聖獣達の怒りは、あくまでマリエル個人に向けられている。学園長や教師陣に予め伝えておけば、ある程度の対処もできるし、上手くいけば彼女とお兄様との関係性を断つこともできる。アレイラお姉様だって、笑顔を取り戻してくれるはず‼︎

ふふふ、聖獣様の与える罰を利用させてもらいましょう。


○○○


【フィックスとフィリアナは、この国の《聖獣保護法》を知らない】

《聖獣の里》はブルセイド王国内にあるため、当然王族達は多くの聖獣と深い関係にある。そのため、聖獣との関係性を崩さないよう、周辺諸国以上に一際厳しい法律を敷いている。それが《聖獣保護法》、この法律に違反した者は誰であろうとも、厳しい罰が用意されている。

【フィックスとフィリアナは知らない】
ハルヒトが精霊で、フィリアナの母フリーゼと旧知の仲であることを。
フリーゼが他の聖獣仲間に、ハルヒトが他の精霊仲間に、フィリアナに起きた出来事をスキルで伝えていくことで、この日以降マリエルは国内にいる聖獣と精霊全てに嫌われてしまうこととなる。

フィックスとフィリアナの預かり知らぬところで、周囲の者達が一人の令嬢を破滅へと追い込んでいく計画が今始まろうとしている。
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