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9話 死せる聖獣、生けるヒロインを走らす

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俺は、危険を承知で地面へと座る。そして目を閉じ瞑想を開始して、女の気配や魔力を感知できるよう、全神経を集中させた。障害物などを視認してしまうと、どうしても雑念が過ってしまい、気配を感知できる距離も短くなってしまうからだ。

「……見つけた! よかった、ここからかなり近い!」

俺は気配を感じた場所へ、急ぎ歩を進めていく。
多分、距離的に50mもないはずだ。
俺の推理は当たっていたようで、数分程で現場へと駆けつけることができた。

そこには、薄いピンク色のウェ~ブがかった長い髪、背丈がやや低く、保護欲のそそる可愛い顔立ちをした女性がいた。学生服を着ているから、学園生なのだろう。彼女の側には、小さな獣が横たわっている。全ての毛が焼け焦げており、地肌が露出し、所々黒く変色している。ピクリとも動かないところから察すると、おそらく死んでいる。

「おい、何があったんだ? さっきの衝突音と熱風が関係しているのか?」

女性が慌てて、こちらを見る。

「私じゃない! 私は聖獣を殺していない! やったのは、魔法を暴走させた奴よ!」

やはり、学生が犯人か。
多分、暴走した火魔法の一部が、あの獣に直撃したんだ。

それにしても、この女性はあの焼け焦げた遺体を見て、よく聖獣と識別できるな? 
俺には、魔獣の子供にしか見えない。

「その小さな獣が、本当に聖獣なのか?」
「そうよ! 私にはわかる! 早い段階でこの子を見つけたのに、光魔法を使って回復させようとしたら、どういうわけか逃走したのよ。最悪…最悪よ…まさか…死ぬなんて…」

この女性は地面に横たわる絶命した獣に対して、本気で悲しんでいる?
この獣を助ける術を持っていたのか。
それなら、どうして獣は逃げたんだ?
それ以前に、君なら魔力暴走を防げたんじゃないか?

光魔法の使い手は、国内でも少数しかいないと言われている。そして、回復系魔法の中でも、回復力の高さがピカイチなのは光属性だから、重度の火傷であってもまだ発展途上の学園生の魔法であっても全快可能かもしれない。当初聞こえてきたこの女性の声から察すると、優しげにこの獣を探していたようだけど、もしかしたら…

「多分、この子は君のことを犯人だと思って、慌てて逃げたんだろうね」
「私は、ヒロインよ! 犯人なわけないじゃない! お願いよ、治って!」

ヒロイン?
意味がわからないが、本気でこの獣を治療させようとする気概は伝わってくる。

「何にしても、この獣は既に死んでいる。君も、クラスメイト達のところへ戻った方がいい」

さっきから俺と話をしながら、何度も光の中級魔法《ライトクリアヒール》であの獣を復活させようとしている。外見上、焼け爛れた肌に関しては完治しているが、心臓が止まっている以上、もう起き上がることはない。

「ダメ…生き返らない。どうしよう…どうしよう…」

何故、そこまでこの小さな獣に拘るんだ?

そういえば、聖獣を従魔にした者は王族貴族からも認められ、たとえ強さとしての力量が足らなくとも、一定の信頼が置かれると聞いたことがある。この子の目的は、この獣との【主従契約】か?

仮に聖獣だとしても、死んでしまった以上どうにもならないんだぞ?

『マリエル~~何処かしら~~~』
『お~いマリエル~~返事しろ~~~』

遠くから、男女の声が聞こえる。
クラスメイト達が、探しているようだ。

「とりあえず、ここを離れた方がいい。この光景を目撃されたら、聖獣殺害犯と誤解されかねないよ?」

学生達なら知識量も豊富だし、聖獣と判別できるかもしれない。国自体が聖獣の存在を大きく注視しているからこそ、無闇に傷つけた者には厳重な罰が下され、逆に聖獣を正規の手段で従魔にした者には、国から多額の報償金を貰える。この情報は、冒険者側でも一般常識となっているからこそ、聖獣と出会った場合は慎重に行動するよう、きつく厳命されている程だ。

「あ…あの令嬢達ならありえる。私を蹴落とそうと躍起になっているし……もう最悪! 見つかってたまるもんですか!」

「あ、おい!」

何故か、声の聞こえる方向とは違う方へと走っていった。


○○○


最悪、最悪、最悪、最悪!
聖獣フィリアナが死んだ!

焼け爛れたフィリアナを回復させて、主従契約を結べるかが、今後の展開の鍵となるのに!

まさか、発見して言葉をかけた瞬間、逃げ出すとは思わなかった。
フィリアナ、あなたの大火傷を治せるのは、あの場で私しかいなかったのよ。
なのに…どうして逃げたのよ?
しかも、やっとの思いで発見したら、既に死んでいるし!

「はあ、はあ、はあ…す…少し…休憩。ここまで全力で逃げたら、あいつらだって追ってこれないはず。悪役令嬢アレイラの取り巻き三人組にだけは、絶対見つかりたくない。あいつらのことだから、これを理由に私だけでなく、クォークス男爵家そのものをアレイラのため潰すかもしれないわ」

幸い、魔導具のおかげもあって、私の現在地と先生のいる場所もわかるから遭難の心配もないけど、今後どう行動しよう。

最重要最難関とも言われている【フィリアナ生死イベント】で成功していれば、私が聖獣フィリアナを従魔にできる。そして、互いの絆を深めていきながら、七日後に起こる大騒動に二人で立ち向かう。フィリアナが魔物の弱点となる属性と部位を透視し、私が魔物との戦いで光の上位【聖属性】を覚醒させた後、攻撃魔法で魔物を屠る。そして、回復魔法で大勢の怪我人達を回復させる。この功績により、私は人間族の聖女に選ばれ、攻略対象者の一人、ジークハルト第一王子との仲が一層深まることになる。

これこそが、私の求める超王道ルート!

この乙女ゲームの悪役令嬢は五名、全員が攻略対象者の婚約者。
悪役と言っても、性格が最悪というわけではないわ。

悪役令嬢とは、【ヒロインと攻略対象者との間にある高い壁】なのよ。そんな彼女達を何らかの方法で婚約者の座から降りてもらえれば、私はハッピーエンドになれるわ。

ジークハルト第一王子の婚約者は、アレイラ・ティリセルド侯爵令嬢。
私のライバルでもある。

フィリアナを生かしてこそ、この王道ルートの土台が築かれる。
そして終盤、アレイラは聖女となった私を認め、婚約者の座を明け渡してくれる。
このまま順調に進めば、私は男爵令嬢から王妃へと成り上がれる…はずだった。

フィリアナを死なせないために、しっかりと下見をして、彼女が何処で事故に遭うのかも、前世の記憶を思い出しながら、入念に調べあげた。最善策としては魔法暴走自体を防ぎたかったけど、誰が何処で魔法を暴走させるのか、それだけがわからないまま当日になってしまった。

だからこそ、何度も何度も下見して、最短距離かつ最短時間で事故現場へ到着できるよう頑張ったのに…

「最悪よ…なんで逃げたのよ。私一人だけであの大騒動を何の代償もなく、鎮圧させるなんて出来ないわ。このままだと、展開次第では《バッドエンディング》になるかもしれない」

このゲームは、ヒロインと悪役令嬢による好感度天秤方式、五人の攻略キャラ達の好感度がヒロインに傾けば、プレイヤーの性格次第で多くのグッドエンディングを迎えることができる。

《王道》エンド ← 私の求めるエンドはここ!
ヒロインと攻略キャラによる大恋愛の末の結婚。《私》という存在を悪役令嬢となる女性に認めさせ、皆から祝福される王道中の王道エンド。

《自分勝手》エンド 
攻略対象者が、ヒロイン・婚約者のどちらを選ぶのか悩むに悩む。ヒロインは、その煮え切らない態度に怒り爆発! 全てを投げ捨て、攻略キャラを強引に腹パンで気絶させ誘拐(本人は駆け落ちのつもり)、そして見事逃亡を果たし、他国で仲睦まじく結婚。

《逆ハーレム(別名:クズ)》エンド ← こんな【ドクズヒロイン】には絶対なりたくない!
ヒロインが五人の攻略キャラ全員を陥落させ逆ハーレムを結成させる。その後、自作自演で五人の悪役令嬢を陥れ、国外へと追放させる。馬鹿げた犯罪だがバレることなく、ヒロインはクズ街道まっしぐら。陥落させた男共を使い、貴族共の弱みを掴み脅し、王子との結婚を成就させる。全てが自己中心的でクズ中のクズ、ドクズ王道エンド。

《鬱》エンド
ヒロインは告白する勇気のないまま、ずっと一人の攻略キャラを想い続ける。告白して振られた場合、精神を病み、攻略キャラを薬で眠らせ山中の屋敷にて監禁、そこで一生を添い遂げる。

開発者達はプレイヤーとなる女性の性格を考慮して、あらゆることを想定した選択肢を用意させることで、ゲームに自由度を持たせた。その結果、様々なエンディングがヒロインに待ち構えているわ。全部で、いくつだったかな? 私自身、全てを見ていないからわからない。

この反対に、天秤が悪役令嬢へと傾けば、バッドエンディングが展開される。これもヒロイン(プレイヤー)の性格次第で、十種類以上の《ヒロインざまぁ》エンドがある。《ヒロイン刺殺》、《ヒロイン監禁》、《ヒロイン冤罪国外追放》、《ヒロイン石化》、あと何だっけ?……とにかく、どれもこれも最悪なものなのよ!


このゲームは、選択肢の多さとエンディングの豊富さから、《プレイヤー性格診断ソフト》とも言われている。私がヒロインとして転生した以上、この世界を楽しみたいし、推しのジークハルトとも結婚したい。

「王道がダメでも、《友情》エンドとかもあったはずよ。諦めないわ…諦めてたまるもんですか! こうなったら私一人だけで、あの大騒動を収めてやるわ!《ヒロインざまぁ》だけは、絶対ごめんよ!」

悪役令嬢アレイラはゲームと同じ設定で、顔もゆるふわ美人、性格もお淑やかで侯爵令嬢だけあって気品もある。ただ、その分隠れ崇拝者も多い。私は、そいつらの一部から虐めを受けている。多分、今の段階では自作自演行為とかもしていないから、天秤自体は私の方へやや傾いているはず。

ここからが正念場、《ざまぁ》されてたまるもんですか!
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