婚約破棄を卒論に組み込んだら悪魔に魅入られてしまい国から追放されました

犬社護

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第二章 波乱の魔導具品評会

十九話 盗まれた設計図

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 学年末に年一回開催される魔導具品評会は、中等部と高等部の二つの魔導具クラブの合同で実施される。今回のテーマは《魔法訓練》、生徒たちが魔法訓練する際にアシストする魔導具を開発すること。

 私は既に設計図を描き終えており、休暇中の製作は二人に任せていたけど、何が起きたの?

「まずは、昼食を頂こう。行儀が悪いかもしれないが、食べながら話せば、多少和むかもしれない」

 オースティンの勧めで、私たち三人は席に座り、テーブルに置かれているクローシュを外す。今日の昼食は魚介系のようで、メインが魚のムニエルとなっており、芳しい香りが私の鼻腔を燻らせる。腹は減っては戦ができぬと言うし、とにかく食べよう。五割程食べ進めたところで、オースティンが唐突に口を開き、とんでもないことを口にする。

「ティアナ、落ち着いて聞いてくれ。現在の進捗状況だが……設計図が盗まれてしまい、製作が滞っている」

 うぐ‼︎

 あまりの内容で、私はムニエルを喉に詰まらせる。急いで水を飲み、喉の物を胃の中へ無理矢理押し込む。アデリーヌもその様子を見て焦ってしまい、私の背中をトントンと叩いてくれる。

「大丈夫か?」

 食事しながら、話す内容じゃない‼︎

「大丈夫なわけないでしょう!? 設計図が盗まれたですって‼︎ それって、いつの話?」
「五日前だ。設計図自体は、二日後に保管場所に戻されていた。誰かがキューブ騒動のどさくさに紛れて、ここへ侵入し戻したとみて間違いない」

 それって、私が知恵熱で寝込んでいる時じゃないの‼︎
 設計図を完成させたのは今から七日前。
 五日前だと材料の選定に入っている頃だわ。

 一応、設計図自体にも書き込んでいるけど、本来であれば、その選定が正しいのかを確認するため、二人が図書室にある資料などで調査している頃よね。他の部員もいるけど、それぞれが課題を課されているから、部室にいない場合もある。一番手薄な時期に、部屋へ侵入されたのね。

 苦労して描いた物が盗まれるなんて、猛烈にムカムカしてきた。
 でも、せっかく盗んだ物を、何故元の保管場所に戻したのかしら?

「犯人は?」
「わからん。だが、アデリーヌのおかげで、犯人に繋がる有力な情報が入った」

 キューブの件もようやく落ち着いてきたってのに、今度は盗難騒ぎか。立て続けに災難に遭っているけど、これって偶然なの?
 
 まさか、またお兄様が何かやらかそうとしている? 
 私がアデリーヌの方を見ると、彼女も覚悟を決めて、続きを話す。

「昨日…私が高等部の校舎へ立ち寄った時…不穏な会話を聞いたのよ」
「内容は?」
「怒らないで聞いてね」

 今の時点で、怒りが湧いているわよ。
 だって、私を怒らせる情報ってことだもの。
 とりあえず、頷いておきましょう。

「『この設計図を基に製作すれば絶対に勝てるさ。誰が持ち込んでくれたのか知らないが、この厚意を無駄にしたくない』『あの逆転的発想は、俺にもなかった。これまでにない訓練用魔導具の腕輪が、もう少しで完成だな』『ああ、これが完成すれば、皆遠慮なく魔法をぶっ放せるし、剣を打ち合える。俺たち高等部も、去年の中等部と同じく注目されるぞ』」

 あ~そうきますか~。
 アデリーヌから聞いた内容は、私の心を業火に変えさせるほど驚くべきものだった。

 設計図を盗んだのは、私の兄ウィンドルかもしれない。

《設計図が盗まれたのは今から五日前》
《兄が私のもとへ訪れ近況を聞いてきたのが三日前》

 品評会のことを伝えた時、ほんの一瞬だけど、あの人は安堵したかのような表情を見せた。今の兄ならやりかねないけど、直接犯行を下しているとは考えにくい。二人の言い方から察するに、証拠だって残っていないだろうから、実行犯を特定できないかもしれない。

 そして、高等部の生徒たちの交わした会話の中の《逆転の発想》《腕輪》という二つのキーワード、これらだけで私の設計した魔導具を開発していると容易に想像がつく。
盗んだ設計図をコピーして、それを高等部のクラブメンバーたちに寄贈したのね。
 
 アデリーヌと部長のオースティンは兄の本性を知っている。去年の品評会で、私と兄の会話を偶然聞いてしまい、その際の言動があまりに酷いものだったから、兄への評価が反転した。その兄は、二人が隠れて会話を聞いていることに気づく事なく、私を罵倒して去っていったのよね。

 ただ、これは何の根拠もない仮説だから、今言っても意味ないわね。
 気になるのは、高等部のクラブメンバーよ。

「正体不明の人物から寄贈された物を採用するって、高等部の連中も堕ちたものよね」
「世界レベルだからこそ、高等部の人たちも誘惑に負けて製作しているのよ」

 アデリーヌの言葉に、私は少し気恥ずかしくなる。

「顧問のアドマルド先生も対応に困っている。証拠はないが、設計図を盗んだのは、あの時の審査員連中の誰かだろう。奴らなら、ここを行き来可能だからな」

 去年の品評会で、私たちは魔導具《魔封石》を開発した。この世界には、異世界の王道とも言える魔物が存在し、その心臓部といえるのが魔石。

 討伐後に摘出された魔石には、魔力が含有されているため、私たちは様々な生活必需品に、それらを利用している。ただ、魔石にも当然寿命がある。魔力を使い切り、寿命を迎えた魔石は、本来であれば廃棄処分される。

 私たちクラブメンバーは、そこに着目した。

 廃棄処分予定の魔石はただ同然で購入できるので、これを再利用できないかを考えた。調査の結果、空の魔石には何の属性も魔力もないため、魔石の持つ耐久限界値以内の魔法であれば、封入可能であることがわかった。つまり、攻撃魔法や回復魔法などのあらゆる魔法を理論上空魔石に封入させることが可能で、その人自身が習得していない魔法であっても、対応する魔封石さえあれば、少量の魔力を注入するだけで、いつでも発動可能となる。

 この大発見となる成果を品評会で発表すると、出席者全員がスタンディングオベレーションとなり、当時の出場メンバー三人は品評会で高等部を下し見事優勝を果たした。でも、優勝が宣言される結果発表で、小競り合いが起きたのよ。

 その影響で審査員を務める高等部の教師陣と大きな溝が発生してしまい、当時中等部三年の二人は不信感から高等部へ進学せず、魔導具ギルドの従業員となり、未完成の魔封石の技術を確立すべく、研究を続けている。《空魔石に魔法を注入する》、一見簡単そうに思える技術だけど、空の魔石の耐久値を正確に把握しておかないと注入時に爆発する危険性がある。発表時、それを披露したことで、皆もその危険性を理解してくれたわ。この一年で基礎理論も確立し、本年度中に国際学会で大々的に発表すると聞いている。いまや、先輩方は時の人状態ね。

 そして、残る一人のオースティン・アデルガム伯爵令息は、二年生であったため、現在中等部部長として魔導具クラブに在籍したままで、高等部とも交流があるのだけど、その時に生じた教師陣との溝は、現在でも回復していない。

 理由は一目瞭然。
 あの発想を思いつき、その理論をクラブ内で披露したのは、他ならぬ私だからだ。

 メンバーたちは、それを実験で証明し、品評会で発表した。三人はそれをきちんと審査員の先生方に訴えたのだけど、『思いつくだけであれば、誰にでもできる。それを実現する力がなければ、意味がない。そもそも、彼女が思いついたという証拠はあるのかね?』と一蹴されてしまい、私の成果を一切認めなかった。

 これにより二人は学園高等部を見限り、学園側は優秀な人材二人も失うこととなり、当時の審査員たちは大目玉をくらい、高等部だけでなく、国内全域での評価を大きく落とした。おそらく、その時に関わっていた誰かが私を逆恨みして、今回の犯行に繋がったかもしれないわね。そこに、兄が関わっているのかは不明だけど。

「その可能性は大きいわね。でも、証拠がない以上、追求できないのが悔しいわ」

「キューブ事件も解決したから、昨日になって俺はウィンドル様のもとへ向かい、設計図の盗難と、アデリーヌから聞いた件を話した。そうしたら、『アデルガム伯爵令息、盗み聞きは関心しないな。勇気ある発言だが、実際に高等部の設計図を見ていないのだろう? それに、その設計図がティアナのものだと証明する方法はあるのかい? 証拠もないのに進言するのはどうかと思うぞ? 今回は不問にするが、次はない』と言われたよ」

 正論で突き返されたわね。
 私の設計図を基に他人が描いている以上、筆跡鑑定を行っても無駄でしょうね。
  
 仮に、兄が関わっているにしても、追い詰められない限り、ボロを出さない。
 私の設計したあの魔導具は、もう高等部のクラブメンバーのものになることは決定的ね。
 私のこれまでの人生って、本当に奪われてばかりだわ。

 オースティンも、相当に怒っている。
 アデリーヌは、そんな彼を見て少し震えている。

「去年敗北した高等部メンバーが先に発表する以上、その後に我々が設計図だけを発表したとしても、恥をかくだけだ。新たなものを制作するしか、道はない」

 この時期になって辞退を選択することも可能だけど、そんな事をすれば、これまで築いてきた先輩方の名誉だって損なわれる危険性もある。

「後ろへ進めないのなら、前へ進むしかないわね。私の制作したあの魔導具は生徒の防護、つまり命を優先したもの、それと真逆なものを作製しましょう」

 それを聞いたオースティンは、軽く微笑む。

「ほう奇遇だな。攻撃は最大の防御と言われているから、俺も君と同じ事を思っていた。しかし、訓練に関わるものとなると、何を基点にすればいいのかわからなくて、途方に暮れているんだ」

 それは、私も同じよ。遠距離・中距離・近距離といったあらゆる面で、訓練は実施される。学生たちの目指すべき道も、騎士・魔法使い・魔導技師といった具合で幅広い。そういった専門職に分かれて訓練している以上、そのメニューもバラバラ。だからこそ、全てに共通する物を考案したのに、アイデアを完全に盗まれてしまった。

 私とオースティンが悩んでいる中、アデリーヌが不意にボソッとある一言を告げる。

「何かを基点にしようとするからダメなんじゃない? 一層の事、遠近を兼ね備え、全方位からも攻撃可能な魔導具を開発できないかな? それなら訓練用としてピッタリだし、審査員に与えるインパクトも大きいと思う」

「アデリーヌ、言いたいことはわかるが・・・」

 彼女に言われた瞬間、私の中に一つのヴィジョンが思い浮かぶ。あと二週間しかない以上、もうアレに全てを賭けるしかない。

「待って‼︎ 予算の兼ね合いもあるけど、もしかしたら開発可能かもしれないわ。ただ、私は魔力に不慣れだから、二人の協力が絶対に必要なの。力を貸してくれる?」

 私は、さっき思いついたばかりの構想を二人に打ち明ける。すると、オースティンもアデリーヌも大層驚いたけど、最後には笑顔でこう言ってくれた。

「「喜んで‼︎」」
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