婚約破棄を卒論に組み込んだら悪魔に魅入られてしまい国から追放されました

犬社護

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第一章 不遇からの脱出

三話 表と裏の顔を持つ兄

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 慇懃無礼という言葉があるけど、この兄からは無礼しか感じられない。

 六歳の時に起きた事故以降、兄の私を見る目が変質した。人前では、私のことを常々心配する面倒見の良い兄で通しているけど、今のように周囲に誰もいない時に限り、この男は醜悪な内面を私に見せる。正確にはメイドのルミネもいるのだけど、この男にとって子爵令嬢のルミネは眼中にない。

 目覚めたばかりで少々フラつく感覚もあるし、上半身だけを起こそう。
 あ、寝巻き姿になってる。
 私が知恵熱で寝込んでいる間に、ルミネが着替えさせてくれたんだわ。
 お兄様には何か言われる前に、こっちから軽いジャブでも放っておこう。

「お兄様、遂にテストで一位をとれましたか?」

 何の脈絡もなくテストの話をしたせいで、顔を顰める兄。

「なんだ、急に?」
「当然でしょう? 妹が骨折しようが、大熱で倒れようが決して一人だけで私のもとを訪れなかったお兄様が、ここへ来られたのですよ? 何か特別なことでもあったのかと?」

 兄は十七歳、高等部二年生。
 定期テストにおける学年での総合順位は毎回五~十位圏内。

 私の総合順位は毎回三十位前後、科目別だと知識のみを要求される科目は全て一位、逆に魔法の実技を必要とする場合は全て最下位と、両極端な成績となっているから、いつも兄から小言を言われているわ。

 私の盛大な嫌味に気づいたのか、不愉快さが顔へ現れるけど、すぐに柔らかな笑みを私に向けてくる。

「ふ…まあいい。最近になって良い出来事が二つも起こりそうだから、その無礼な言葉を許してやる」

 あらまあ珍しい。
 かなりご機嫌のようだけど、二つの良いことって何かしら?
 そもそも《起こりそう》だということは、まだ何も起きていないのよね?

「そういうのは、起きてから言うべきでは?」

 余程の余裕なのか、別段怒る事もなく、兄は私に言葉を返してくる。

「良いんだよ。ようやく、俺の抱えていた膿が除去されるのだ。これは、ほぼ覆ることのない確定事項だ。それで、お前の《卒論》と《品評会》の方は順調なのか?」

 なるほど、その出来事が何なのかを告げる気はないと。
 本当に、私の見舞いに来てくれたの?
 それとも、今の私の状況を知り笑いに?

「卒論に関しては、未だにタイトルも決まっていないので、終える目処すらも立っていません。品評会に関しては設計図を描き終え、現在製作の段階へ入っているのでご安心を」

 品評会で発表予定の魔導具、これは私一人で開発しているわけじゃない。三人一組のチーム編成で、私が休む前に設計図を描き終えているから、二人がそれを基に製作しているはずだけど、寝込んでしまってからの状況が気になるわ。

「そうか…既に品評会用の設計図を描き終えていたのか」
「去年と違い、正真正銘の魔導具で、自信作となっています」

 今、一瞬だけど、ホッと安心した表情を見せなかった?

「頑張ってはいるようだが、肝心の卒論を仕上げられないのなら、自ら退学申請を行い、潔く平民になった方が利口だぞ? あと二ヶ月、せいぜい足掻くことだな」

 憎たらしい顔。
 結局、苦しむ私を見に来ただけじゃないの。

 上から目線での冷徹な物言い、これが王位継承権第一位の男なのだから、本当に最悪。皆に、兄の本性を伝えたいところだけど、外面が慈愛深く、身分問わず平等に接し、次期国王として相応しい完璧な性格をしているから、誰にも信じてもらえない。私が言い返そうと思った時、ルミネが二人分の紅茶を運んできて、ベッドの脇に置かれているナイトテーブルの上へ置く。

「俺はいらん。《欠陥品》の部屋にいつまでもいたら、俺の魔力までもが劣化する」

 兄のあまりの言い様に、私はカッとなるも、なんとか怒りを鎮める。
 どんな理屈よ、それなら見舞いに来ないで。

「ウィンドル様の性格上、滞在時間は五分と保たないのはわかっております。これは、三十分程前にお会いしたミルフィア様とティアナ様用です。先に王妃様とお話になられていますので、時間的にそろそろこちらへ来られるのではないかと」
  
 専属メイドのルミネも、お兄様との付き合いが長いから、裏の性格を熟知しているのよね。兄の裏の姿を知ってからは彼女も幻滅して、皮肉を交えるようになったのよ。ただ、お兄様の婚約者ミルフィア・レインブルク公爵令嬢も王城へ来ていたのか。ルミネから私の目覚めも聞いているのなら、ここへ必ず来る。私と彼女は、親友とも言える間柄だもの。私的には、早くお姉様と言いたいところだけど、それってお兄様と結婚すること前提だから複雑なのよね。

「チッ…あの女も来るのか」

 この裏の顔をミルフィア様に見せてやりたい。
 表向き二人は相思相愛と言われているけど、実際は違う。

 兄はミルフィア様の容姿こそ気に入っているけど、《監視されているようでストレスが溜まる》《感情がない》など時折私に文句へ言ってくるほど毛嫌いしている。本人や皆の前では、決してそんな事を表に出さないから、タチが悪い。

 ルミネの予想が的中したのか、すぐに入口のドアからノックが聞こえてきた。ルミネがすぐさま扉へ赴き、そこから入ってきたのは私の親友ミルフィア様だった。

 ウィンドルお兄様の婚約者、ミルフィア・レインブルク公爵令嬢、流麗な水色の長髪、少しきつい目付きをしているけど、同年代の人たちは男女関係なく、皆彼女の美貌に惹かれている。学園内にいる時は第一王子の婚約者ということもあって、兄の恥にならないよう、芯の通った少し気強い性格を演じているけど、本来の彼女はその逆で、少しだけ気弱な性格をしており、守ってあげたくなるような存在だ。

「あ…殿下」

 あれ? 
 兄の前だから気強い性格で接してくると思ったけど、妙に弱々しい。

「ミルフィア…あの件を知らせに来たのかい?」

 変わり身、はっや!!
 私とミルフィア様の位置は丁度百八十度違う正反対の位置にいる。

 私に向けていた顰めっ面が、悲嘆に暮れたかのような顔へと急変させ、すっと振り返り、優しげに彼女へ語りかける。

 内心、さっきまでの会話を聞かれていたのかヒヤヒヤしているくせに。

「はい…あと二時間程しかありませんので」 

 二時間? 

「そうか、私は…出よう。妹と最後の…すまない、失言だ。まだ…どうなるのかわからないのに。とにかく、二人だけで話し合うといい」

「お気遣いありがとうございます」

 何か二人からはただならぬ気配を感じるけど、どういうこと?
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