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7巻

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 プロローグ クロイスからの緊急メッセージ


『古代遺跡ナルカトナ』の攻略は、私たち――シャーロット、アッシュさん、リリヤさんにとって非常に有意義な冒険となった。
 スキル販売者ユアラによる妨害工作、性悪貴族のゼガルディーへのお仕置き執行などを乗り越え、私たち三人はまた一つ成長することができた。
 私は、自分の基礎体力のなさを痛感した。というか、七歳で何の訓練もしていないのだから、体力が身につくはずがない。これまでは、莫大ばくだいなステータスの補正が、私を支えてくれていたのだ。今回、アッシュさんやリリヤさんと同じ数値に統一されたことで、そのありがたみが痛いほどわかった。
 ユアラがステータスを無効化させる技を持っているかもしれない以上、私は新たに取得したユニークスキル『身体制御』を使って、身体に備わる基礎体力を少しずつ向上させていこう。この大陸に転移させられてから約四ヶ月の月日が経過し、私もあと少しで八歳になる。とはいえ、七歳も八歳も子供なのだから、無理は禁物、みんなを心配させてはいけない。
 そして、アッシュさんとリリヤさんは、ユニークスキル『ウィスパーガーディアン』や称号『不屈の心』を取得したことで、また一歩強くなった。近い将来、リリヤさんも自分の内に潜む白狐びゃっこ童子どうじとわかり合える日が訪れるかもしれない。
 現在、改心したゼガルディーが先導となって、一同カッシーナへと歩を進めているのだけど、アッシュさんは少し離れたところで、リリヤさんにしかられている。一応、彼女は彼の奴隷という立場ではあるものの、傍目はためには恋人同士にしか見えない。周囲にいるゼガルディー付きの護衛やメイドさんたちも微笑ほほえましい顔で二人を見守っている。

「ここ以降、何かを名づけるときは、きちんと先のことを考えようね。私も違和感があったら、すぐに話すから」

 アッシュさんが適当に名づけたパーティー名『シャーロットと愉快な仲間たち』。リリヤさんはこれを気に入っていない。今思えば、遺跡入口でこの名称を初めて聞いたとき、私は別にいいかと軽く考えていたけど、彼女は不安そうにしていた。彼女だけが、制覇した後のことを考えていたのかもしれない。

「ごめん。君の言う通りだ、気をつけるよ」

 二人がいつか結婚したら、アッシュさんは絶対尻に敷かれるだろう。
 まあ、まずは二人が恋人同士になれることを祈っておこうかな。
 私がそんなことを考えていたら、いつの間にかカッシーナへと到着していた。
 住民は私を見て挨拶あいさつしてくれるのだけど、近くにいるゼガルディーに対しては『この青年は誰だ?』という感じで首をかしげている。
 私が彼の正体を打ち明けると、みんなが一様に驚き、彼を再度凝視ぎょうしする。周囲がそんな失礼な行動を起こしているにもかかわらず、当の本人は怒るそぶりなど一切見せることなく、一人一人に自己紹介と謝罪をしていった。
 そういった行動を続けていると、いつの間にか冒険者ギルドの入口へ到着したので、ゼガルディーは謝罪を一時中断し、真剣な面持ちで私を見る。

「シャーロット様、名残惜なごりおしいですが、ここでお別れです。以前お話しした通り、今後私はボストフ領内にある街や村を渡り歩き、謝罪行脚あんぎゃを実行しようと思っております。あなたの旅の成功をここから祈っております」

 私考案のお仕置きにより、彼の性格が激変してしまったわけだけど、今後いい意味合いで成長してほしい。

「ゼガルディー様、あなた自身がみんなに対して謝罪という誠意を示していけば、いつか許される日が必ず来ます。時間はかかると思いますが、頑張がんばってくださいね。それでは、私たちはギルドへ入ります」

 彼は何も言わずに私たちを見て、深々と頭を下げる。主人の行動にあわせ、使用人たちも一斉に同じ行動をとる。私たちはその行動を見届け、ギルドへと入っていった。


         ○〇〇


「「「クロイス様からの緊急メッセージ⁉」」」

 私たちがギルドに入ると、アイリーンさんが受付業務を放り出して、こちらへ駆けつけてきた。そして、あれよあれよと二階の客室へと連れていかれ、直後に彼女から放たれた知らせは、私たちを驚かせるのに十分な内容だった。

「そう、昨日連絡があったばかりなの。内容を簡潔に言うと、『急病となった私の恩人をシャーロットの力で治療してください』よ」

 簡潔に言いすぎでは? クロイス女王の性格から考えて、まず謝罪から始まる気がする。アイリーンさんは、そういった内容を全部省略したのね。

「回復魔法による治療なら、別に私の力は要りませんよね?」

 魔鬼族の魔法封印が解かれた以上、マックスヒールは無理でも、リジェネレーションを扱える術者は少数ながらいるはずだよ。

「急病の詳細については私も質問したのだけど、特別な事情があるらしくて何も教えてくれなかったの。あなたの聖女としての力が、必要らしいわ」

 聖女としての力、そうなると『呪い』のたぐいかな?
 多分、『構造編集』でないと解けないと踏んで、救援を求めているのかもしれない。

「シャーロット‼ シャーロット‼ 呪い関係なら、私やアッシュでもあのスキルを使えば解呪できるんじゃないかな? 今の私たちには、あの称号があるもの‼」

 リリヤさんの言うスキルと称号は、新しく取得した『洗髪』と『禿げの功労賞』のことだね。あれらを併用すれば、『呪い』は確実に解呪できるはず。

「そうですね。私たち三人がかりでやれば、どんな呪いでも打ち勝てますよ」
「うん‼」

 リリヤさん自身がエルギスに一度洗髪されているから、スキルの優秀さは知っている。そこに解呪能力が追加されているのなら、早く試してみたいのもわかる。ただ、気がかりなことが一つある。アッシュさんを見ると、私と同じ考えのようだ。

「アイリーンさん、クロイス様のメッセージには緊急性を含んでいるんですよね?」

 アッシュさんが、代弁してくれた。

「ええ……ナルカトナ遺跡から帰還次第、王都へ早急に戻るよう伝えてほしいと言われたわ。急病となった女性の命は……ってあと三日だそうよ」
「「「三日⁉」」」

 昨日言われているのなら、あと二日ってことだ。一刻の猶予ゆうよもないよ‼ 王都を旅立ってからまだ一ヶ月ほどしか経過していないのに、まさかクロイス様の指示で逆戻りする羽目になるとは思わなかった。

「それなら、少しでも早く到着するためにも、今日中に出発した方がよさそうだ。シャーロット、リリヤ、いいかな?」
「もちろんです」
「私もいいよ。早く王都に戻って、クロイス様の恩人を治療してあげようよ」

 次の目的地が決まったね。
 それにしても、クロイス様の恩人って何者なのかな?
 アイリーンさんに何の情報も与えていないことが、少し気にかかる。

「アイリーンさん、教えていただきありがとうございます。私たちは宿屋『ゆりかご』に戻って、クレアさんに事情を話してから、急ぎ王都へ戻りますね」

 数日ほどゆっくり過ごしたかったというのが本音だけど、人の命が懸かっている以上、そんな悠長なことは言っていられない。馬車だとどれだけ急いでも二日かかるから、緊急移動用の『ウィンドシールド』を使おう。あれなら、一時間とかからないからね。『善は急げ』って言うし、早速行動に移そう。

「あ、ちょっと待って‼」

 私たちが席を立ち、ドアの方へ行こうとすると、アイリーンさんが呼び止めた。

「シャーロット、ナルカトナ遺跡の攻略法に関しては上手くいったの?」

 あ、忘れてた。そっちはそっちで重要だった。

「え~と、遺跡入口中央の石碑を見ていただければわかるんじゃないかな~と」

 多くの冒険者が苦汁くじゅうめさせられた難攻不落のダンジョンを、私のような新米冒険者の口から『制覇しました』とは少し言いづらい。それは、アッシュさんやリリヤさんだって同じ気持ちだろう。

「ちょ……それって……まさか……」

 アイリーンさんも、私たちが何を成し遂げたのかを察して絶句する。

「土精霊様からの伝言です。『地下四階以降を改良するので、しばらくの間、地下三階までしか探索できないよ』『〝ウチワ掘り作戦〟は全面禁止だよ』とのことです。多分、構造上できないように改良するかもしれませんね。最後に、最下層の石碑に刻まれた内容に関しては、クロイス女王に内容をお教えしてから、公言するかどうか決定します。それでは、失礼します」

 私たちは、口をパクパク動かしているアイリーンさんを残したまま、部屋を出た。



 1話 王都への帰還


 冒険者ギルドを出た後、私たちは寄り道することなく、宿屋『ゆりかご』へと向かう。中へ入ると、クレアさんとユーミアさんが私たちを出迎えてくれた。まだ昼食の時間帯であったため、小さな食堂は冒険者で満席となっている。どうやら一番忙しい時間帯に戻ってきたようだ。

「シャーロット、リリヤ、お昼もまだだし、まずは栄養を補給しよう」

 アッシュさんの意見に賛成‼

「はい、お腹ペコペコです」
「あはは、私も」

 それにしても、周囲にいる冒険者たちが食べているのは、女性陣がコロッケ定食、男性陣が唐揚げ定食だね。女性陣は通常の量だけど、男性陣は唐揚げの量が多い。

「あ、アッシュ、シャーロット、メニューの看板を見て」

 リリヤさんに言われ、お昼の定食メニューが載っている看板を見ると、どうやらコロッケと唐揚げの量を『小』『中(通常)』『大』『特大』の四つから選択できる設定にしているようだ。男性陣は、みんな『大』か『特大』を選んでいるのね。しかも、どれを選んでも追加料金が発生しない。おそらく、一日の宿泊費を若干値上げすることで、それを補っているのだろう。
 ナルカトナ遺跡に行く前、宿を立て直す相談を受けていたけど、ここまでのことは話していなかった。私たちがいない間、クレアさんたち兄弟姉妹の三人が冒険者たちの意見を参考にして考え出した案なのかな。

「僕は唐揚げ定食の『大』‼」
「私は唐揚げ定食の『中』‼ シャーロットは?」
「唐揚げ定食の『小』にします」

 あのボリュームは、七歳児のお腹に入りません。
 前世でなら、間違いなく『大』と宣言しただろうね。
 お昼を食べたら、私たちはすぐ王都へ戻らないといけない。そうなると、私自身が唐揚げやコロッケのレシピの商標登録を実施している暇がない。それに、私一人ではここまでの味を引き出せなかったことを考慮すると、制作者は『私』『リリヤさん』、そしてクレアさんの弟で料理担当の『ヨシュアさん』の三名にするのが最適だ。いわゆる『共同制作』という部類に入る。


 ……昼食を食べ終え、私たち三人はクレアさんの後片づけを手伝った。クレアさんは、『お客様にそんなことはさせられないわ』と言っていた。けど、アッシュさんが『急用ができて、今日中にカッシーナを去らないといけません。だから、ナルカトナ遺跡で起きたことをすぐにでも話したいから手伝います』と言ったら、クレアさんたちは急ピッチで後片づけを終わらせてくれた。


「嘘、ナルカトナ遺跡を制覇したの⁉ ということは、以前聞いたウチワ掘りが上手くいったのね‼ 三人とも、おめでとう」

 クレアさんは、私たち三人を平等にめてくれた。

「マジかよ。上手くいくとは思ったけど、制覇するとは。まあリリ……三人が無事でなによりだ」

 ヨシュアさんは、リリヤさんだけをめようとしたけど、途中で気づいて言い直した。

すごい‼ すごい‼ アッシュさん、すごいよ‼ あ、リリヤさんもシャーロットもすごいよ‼」

 ユーミアさんは完全に言い切ったところで、私とリリヤさんを後づけでめてくれている。二人がアッシュさんとリリヤさんにどれだけの好意を抱いているのかわからないけど、いきなりの別れとなる以上、きちんと踏ん切りをつけさせた方がいい。

「みなさん、ありがとうございます。ただ、先ほども言ったように、絶対にこの作戦のことを口外しないでください」

 念のため『ダーククレイドル』を使用して、ここでの話は、宿泊者にも絶対に聞き取れないようにしているけど、どこかで漏れる危険性はある。まあ、土精霊様のことだから、そういったことも踏まえて、誰もいない深夜の時間帯にでも、地下一階から地下三階の構造も変化させているよね。

「シャーロット、もちろんわかっているわ。あんなやり方、反則ギリギリだと思うもの。土精霊様も全面禁止にするのもわかるわ」
「クレア姉さんの言う通りだ。あんな方法が知れ渡ったら、金にがめつい連中が大勢カッシーナに押し寄せてくる」
「ヨシュア兄さんの意見に賛成‼ 冒険者の中には、金にものを言わせてなんでもするやからがいるって聞くもん‼ ウチワ掘り禁止、禁止、禁止‼」

 なぜかな? 三人の言葉の一つ一つが、私の胸に突き刺さるのですが?
 私、金に汚くないよ? ゴーレムがムカついたから思いついただけだよ。
 私はそうさけびたい気持ちでいっぱいなんだけど、そんなことを言える雰囲気ふんいきではないよね。

「そうだ、ヨシュアさんにお願いがあります」
「どうしたんだよ、シャーロット、急に改まって?」

 ここからは宿屋『ゆりかご』の今後にも関わるから、真剣に言っておこう。

「『コロッケ』と『唐揚げ』の商標登録についてなんですが、元々は私が調理したものです。しかし、リリヤさんとヨシュアさんの二人がいなければ、完成に至ることはできませんでした。だから……登録する際は三人による共同制作にしたいです」
「「え⁉」」

 おお、一気に場が静まったよ。

「シャーロット、そんなことをしたら、入ってくる利益がかなり少なくなるぞ?」
「ヨシュアさん、私は構いません。軍資金はクロイス女王からたくさんいただいています」

 というか、登録自体で生じる利益は、はじめは大きいかもしれないけど、数ヶ月もすれば失速するだろう。

「それだったら、私はいらないよ。今後も、アッシュと一緒に冒険者として活動を続けていくもの。だから、ヨシュアさんとシャーロットの二人で登録すればいいかな」

 リリヤさんの言った何気なにげない一言で、彼の心は『失恋』というやりで串刺し状態となってしまう。ほら、彼の表情が固くなってますよ、リリヤさん、気づいてあげて。あ、ユーミアさんも似たような状況におちいっているね。二人とも、告白する前から振られるとは可哀想に。これが、『初恋』というものなんですよ……多分。

「ああ……そういうことなら、ヨシュアが代表として、この街の商人ギルドで『コロッケ』と『唐揚げ』を登録すればいいわ。ヨシュア、あなたの料理人としての人生が、ここから始まるのよ‼」

 クレアさんが気まずい雰囲気ふんいきをいち早く察知し、場をなごませてくれたよ。ありがとうございます。

「そ……そうだね姉さん、料理人として俺も頑張がんばるよ。いつか自作した料理を、カッシーナ……いやジストニス王国中に広めてやる‼ 立派な料理人として成長した俺の姿を、いつか三人に見せてやるよ‼ ……また、カッシーナに来いよ‼」

 ヨシュアさんも失恋に気づかれないよう、私たちに別れの言葉を贈ってくれた。

「私も、周囲に気を配れる立派な人になる‼ アッシュさん、リリヤさん、シャーロット、またカッシーナに遊びにきてね」

 ユーミアさんは、失恋の感情をまったく顔に出していない。切り替えの早い女の子だね。

「三人とも、宿屋『ゆりかご』の再建に協力してくれてありがとう。急なお別れだけど、また遊びに来てね」

 別れの挨拶あいさつという流れになってしまったことだし、ここは長居しない方がいいよね。いればいるほど、ヨシュアさんとユーミアさんが傷つくかもしれないもの。アッシュさんもリリヤさんも何も気づいていないようだから、ここはこのまま別れることにしよう。


         ○○○


 現在、私たちは風魔法『ウィンドシールド』で四方を囲み、上空二千メートル付近を王都に向けて移動中である。アッシュさんとリリヤさんにとって、この移動手段は初見であるため、イミアさんやアトカさん同様、当初かなり驚いていた。
 けれど、木魔法で床を作り下が見えないよう配慮することで、なんとか落ち着いてくれた。
 二人は以前から風魔法『フライ』と『ウィンドシールド』による飛翔に興味を持っていたので、時間があるときにこれらを教えようと思っている。
 クロイス様の恩人、命の危機にひんしているけど、種族も名前も不明だ。何やら訳ありな感じだから、余裕があるなら先に事情を聞いておきたい。

「そういえばリリヤ、クレアさんたちと別れる少し前、やることがあると言って十分ほど出かけていたけど、用事は終わったのかい?」

 ああ、そういえば何か唐突に用事を思い出した感じだったけど、何かあったのだろうか?

「大丈夫だよ。あの子たちに、王都へ移動することを伝えただけだから」

 そういえば、リリヤさんは私の『構造解析』に頼らないよう、鳥を使って新たな技を開発していると言っていた。ただ、 『構造解析』と『鳥』の関連性が、どうしてもわからない。

「ああ、あの鳥たちか。君の思惑通りにいきそうかい?」

 アッシュさんは、リリヤさんの狙いを知っている。彼女は、鳥を使って何をする気なのだろう? 彼女を構造解析すればわかることだけど、そんな無粋ぶすいなことをしてはいけないよね。

「あともう少し……かな? 多分、王都にいる子たちと合流すれば、アレが完成すると思うわ」

 気になる。アレって何なの? 今の時点で聞いても教えてくれないんだろうな~。


 ……少し飛ばしたこともあって、王都の王城へは三十分ほどで到着した。前もって、アイリーンさんが連絡を入れてくれたのかな? アトカさんが王城バルコニーにいて、私たちを視認できたのか、手を振ってくれている。

「お~い、ここに着陸してくれて大丈夫だぞ‼」

 言われた通り、私たちはバルコニーへゆっくり着陸した。

「急な呼び出しをしてすまん。こっちも、かなり切羽せっぱ詰まった状況なんだ」

 あのアトカさんがここまであわてているとなると、事態はかなり悪い方向へ進んでいるようだ。

「アトカさん、命の危機にひんしている方の名前をうかがってもよろしいですか?」
「そうか、あいつの事情もあって伝えていなかったな。種族は俺と同じダークエルフ、名前は『ベアトリス・ミリンシュ』だ。呪いのせいで危険な状態にある」

 クロイス女王の恩人と言っていたから、てっきり魔鬼族だとばかり思っていたよ。ダークエルフなら、イミアさんとも繋がりがあるのかな?

「『ベアトリス・ミリンシュ』⁉」

 アッシュさんの様子がおかしい。彼女のことを知っているの?

「ああ、そうだ。そうか、アッシュは学園に在籍しているから、彼女のことを知っているのか」

 どういうこと? ベアトリスさんって、そこまで有名な人なの?

「ええ、彼女がサーベント王国で何をしたのか授業で学びましたし、発見したら必ず冒険者ギルドへ報告するよう、先生方からもきつく言われています。僕は、自分が指名手配されていたとき、変装して冒険者ギルドにある掲示板に自分の手配書があるのか確認しに行ったことがあります。そこには、デカデカと彼女の手配書が貼られていましたよ。『金貨五百枚』という懸賞金付きで」

 は、指名手配されているの⁉ ベアトリスさんって、何をしでかした人なの⁉



 2話 指名手配犯ベアトリス・ミリンシュ


 国賓こくひん用客室へと移動しているとき、私はアッシュさんからベアトリスさんの情報を聞き出した。
 六年前まで、彼女はサーベント王国王太子の婚約者だった。しかし、学園卒業時に王太子から婚約破棄を宣言されてしまう。理由は、王太子の命の恩人でもある一人の女性シンシア・ボルヘイム子爵令嬢をいじめたから。
 はじめは『礼節を重んじた行動をとるように』という口頭注意だけだった。だが、苦手分野の魔法学の実技でシンシアさんが四苦八苦していると、周囲にもわかるよう嫌みを言ったり、貴族の集まるお茶会での失態を後日学園中に拡散したりと、嫌がらせが徐々にエスカレートしていく。
 王太子が強く警告して以降、シンシアさんへの直接的な嫌がらせは減少したものの、ベアトリスさんは友人たちを利用して、彼女の精神を少しずつ少しずつ擦り減らしていく方法をとる。その手段は至ってシンプル、シンシアさんが常に人の視線を感じるようにしただけ。
 私たちには、『気配察知』などのスキルがある。ベアトリスさんはそれを悪用したのだ。
 シンシアさんがどこにいようとも、常に自分を探る気配や視線を感じさせるようにしたことで、精神が病んでいくよう仕向けた。その思惑は見事成功し、最終的には自殺未遂にまで至る。
 ここまで来て王太子もおかしいと感じて調査した結果、ベアトリスさんとその友人たちの仕業であることに気づいた。ただし、直接的には何もしていないため、彼女たちは一ヶ月の停学処分だけで済んだ。
 しかし、その間に王太子はシンシアさんを看病するようになり、それがきっかけで、彼女への愛を強く自覚し、互いの仲を深めていくこととなる。
 そして、今後こういった最悪の事態が起こらないよう、彼は王家の影の者を使って、秘密裏にベアトリスさんを見張り、婚約破棄の手続きを水面下で進めていった。
 停学が明けてからのベアトリスさんは、当初は大人しくしていたものの、王太子とシンシアさんの仲がさらに深まっていることを知り、ついに強硬手段に出たりもした。
 魔法の演習授業の際、一人の学生が氷魔法の制御を誤り、周囲に氷の槍をき散らした。そのとき、ベアトリスさんは氷の槍の一部を周囲に悟られないように操作して、シンシアさんに行くよう仕掛けたのだ。鋭く尖った氷は、彼女の胸を貫こうとしたものの、王太子によって阻止そしされる。
 こういった様々な悪行を学園卒業パーティー時に全て暴露されたことで、ベアトリスさんは婚約破棄され、牢獄へと幽閉された。その後の裁判で公開処刑が決まったのだけど、彼女は処刑三日前に脱獄、手引きをしたメイドのルクス・ソルベージュとともに姿を消すこととなる。
 ここからは私の推測だけど、二人は隣国のジストニス王国へ亡命、指名手配が大陸中の国々に伝えられた後、ネーべリック事件により魔剛障壁が発生したってところかな?

「あの……アッシュさん、知れば知るほど、なぜクロイス様が彼女をかくまっているのかわからないのですが?」
「僕も、そこがわからないんだ。もしかしたら、サーベント王国から伝え聞いた内容と、実際に起きた事件に齟齬そごがあるのかもしれない」

 それは、ありえる。何らかの陰謀がうごめいているのかな?

「いや、おおむね合っているぞ。ベアトリス自身が、自分のやった悪行を認めたからな」
「「「え⁉」」」

 私たちは、アトカさんの一言に驚く。それなら、なぜ国賓こくひんの客室に迎えているの?

「今から七年前、クロイスが七歳のとき、俺たちはサーベント王国の王都フィレントへ表敬訪問している。その際、俺たちを王都入口で出迎えてくれたのが、ミリンシュ侯爵だった。そこには、当時十七歳だったベアトリスもいた。当時の俺たちは込みいった事情を一切知らなかったこともあり、クロイスは彼女とすぐに打ち解け、『お姉様』としたうほどにまでなっている」

 七年前ということは、婚約破棄事件の起きる一年前の出来事だね。
 多分、シンシアさんへのいじめも既に起きているけど、クロイス様に伝わらないよう、情報を操作していたのかな。

「俺も久しぶりに彼女と話したが、呪いでかなり弱々しくなっているものの、七年前と同じく、気品のあるしんの強い性格は健在だった。だからこそ、どうしてあんな陰険な事件を引き起こしたのかがわからない」

 アトカさんもクロイス様も、『ベアトリス』という個人を認めているんだね。
 なら、何か事情を聞いているのかな?


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