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6巻
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3話 ナルカトナ遺跡のルール
ギルドの奥から聞こえてきた美声の持ち主がこちらへとやってくる。その正体は、金髪ロングでモデル体形の美人さんだ。芸能人のようなオーラを感じるけど、この人は何者なの? 周囲にいる男性陣だけでなく女性陣も、彼女の優雅に歩く様を見てハア~と感嘆の息を漏らしている。
「ケアザさん、ハルザスさん、そしてシャーロットさんたちも、そこにいては他の方々の妨げとなりますから移動しましょうね」
有無を言わさぬ迫力を持った発言、私たちもケアザさんたちも素直に従った。
「悪いね、アイリーン。僕たちやウルラマさんを守ってくれたシャーロット、アッシュ、リリヤの三人に、どうしてもお礼を言いたくてね」
ハルザスさん、わざわざ声高に言うこともないでしょうに。これで、私たちの存在は完全に周知されたね。でも、二人の知り合いと認知されたことで、余計な騒ぎを起こさずにすみそうだ。
「まあ、いいわよ。私も精霊様方から詳しく聞いているもの。シャーロット、アッシュ、リリヤ、私は『受付嬢』兼『ギルドマスター補佐』のアイリーンよ」
このモデルのような美人さんが、アイリーンさんか。私やリリヤさんも、将来こんな女性になりたいよね。リリヤさん自身、彼女を見て目を輝かせている。私たちが挨拶を終わらせると、ギルドの二階にある客室にて、今後についての話し合いを行うこととなった。多分、私の強さのことに関しては、ケアザさんたちと同様、何も知らされていないはずだ。
「さあ三人とも、二階へ行きましょう。他の人たちは、通常業務に戻ってね」
みんながアイリーンさんの言葉に従い、誰一人文句を言うことなく、私たちから視線を逸らしていく。その態度だけで、彼女がどの程度慕われているのかがわかる。
二階客室に到着して中へ入ると、部屋全体にほのかに甘く爽快感あふれる匂いが漂っていた。綺麗な花が壁際に飾られているから、多分あれが匂いの元だろう。貴族たちも使用するためか、内装もやや豪華なものとなっている。
「飲み物を用意するわ。あなたたちは、そちらのソファーに座っていてね」
私たちがソファーに座って寛いでいると、アイリーンさんは奥でティーカップに温かな飲み物を入れ、こちらへ運んでくれた。見た目からホットミルクティーかなと思い一口飲むと、地球で知るミルクティーと同一の味だったことに内心驚いた。
「はあ~落ち着きますね」
「うん、いい味だよ」
「美味しい‼」
私たち三人の言葉に、アイリーンさんが優しく微笑む。
「好評でよかったわ。これまで領都カッシーナの収入源は、ナルカトナ遺跡へ訪れる冒険者を相手にすることだけに頼っていたのよ。でも、領主様はそれだけでは厳しいと踏み、土壌を活かした特産品を作ろうと各ギルドのトップたちと相談し合い、三年前から農地改革に力を入れているの。これは、その特産品の一つから作られた新たな飲み物よ」
へえ~、特産品か。この味なら、王都でも絶対に売れるよ。
「さて、シャーロット、アッシュ、リリヤ」
ミルクティーを数口飲み落ち着いたところで、アイリーンさんは真剣な面持ちとなる。
「今、領主様とギルドマスターは所用でこの街にいないの。だから、補佐である私から言わせてもらうわ」
アイリーンさんが丁寧な所作で立ち上がり、深々と頭を下げた。
「カッシーナ、いえ、ジストニス王国を救っていただき、誠にありがとうございます」
この人は貴族なのだろうか?
一つ一つの所作に無駄がなく、見惚れるほどの優雅さだ。
「私は隠れ里ヒダタカのことを知っているわ。長のテッカマルさんやカゲロウさん、ナリトアさんとも、面識がある。あなたたちと里の人が一丸となって、魔物の大群のほとんどを倒してくれたおかげで、ここは救われたのよ。そして、聖女であるシャーロットが霊樹様の力を借りて、あのドール族の最高峰ドールマクスウェルを含めた五体の魔物をも討伐してくれた」
精霊様は、アイリーンさんにそう伝えたのね。ある意味間違いではないので、このままそう思わせておこう。
「この国の救世主と言っても過言ではないわ。私は、無条件であなたたちに協力することを誓います」
精霊様、色々と配慮していただきありがとうございます。『構造解析』をしなくても、この人なら信頼できる。私たちは互いの顔を見合わせて静かに頷くと、アッシュさんが目的を語り出す。
「アイリーンさんも精霊様から聞いているかもしれませんが、僕たちの目的はシャーロットをアストレカ大陸のエルディア王国へ帰すことです。そして現在、転移魔法の刻まれた石碑を探しているところです。仮に習得できたとしても国へ戻れるとは限りませんが、旅を続けていく上で必ず有用なはずです」
アイリーンさんは、ナルカトナ遺跡についてどこまで知っているのだろうか?
「そのために、ナルカトナ遺跡の情報が欲しいわけね。私は、遺跡内のルールについて全て知っているわ。でも、石碑の内容については知らないのよ。昔、ギルドマスターが攻略者の『コウヤ・イチノイ』に尋ねたことがあるの。彼は眉間にシワを寄せ、こう答えたそうよ。『石碑の内容については知らない方がいい。下手に知れ渡ってしまうと、余計な混乱を招く』」
どういう意味? 石碑に、何が刻まれていたの? 転移魔法について刻まれているのなら、その言い方も納得できるけど?
「安心してください。僕たちはコウヤさんの弟子、トキワさんから、遺跡についての情報を少しだけ聞いています。入口付近まで行って、どんな場所なのかを確認するだけで、遺跡のダンジョンには挑戦しません」
それを聞き、アイリーンさんはホッとした表情を浮かべる。
「安心したわ。あなたたちは、まだ若い。ナルカトナ遺跡に入ったら最後、欲望に負けて残機数を全て失い、死ぬことになるかもしれないもの」
残機数? 私だけでなく、アッシュさんもリリヤさんも意味を理解できないため、首を傾げる。
「ふふ、せっかくだから、ルールを少し教えてあげるわ」
「「「ありがとうございます‼」」」
私たちは、アイリーンさんから遺跡のルールを聞き、言葉を失った。
ナルカトナ遺跡のルール
・遺跡内には、『クエイクエリア』と『ボムエリア』の二つのダンジョンが存在する。
・『クエイクエリア』では、土属性魔法『クエイク』でしか魔物を倒せない。
・『ボムエリア』では、火属性魔法『ボム』でしか魔物を倒せない。
・どちらの魔法も、遺跡入口にある小さな石板に触れることで入手可能。
・誰であろうとも、ステータスの攻撃、防御といった基本数値が全て150に統一される。
・スキルは全て使用不可。
・魔法で使用可能なのはヒール系、クエイクまたはボムのみ。
・宝箱には希少金属の元となる鉱石が入っており、階層が深くなるほど、希少価値のあるものを獲得しやすくなる。
・下へおりる階段は毎日、罠や地形は定期的に一新される。
ここまでの時点でかなり厳しい条件だと思ったのだけど、私たちは次の内容で驚愕の設定を知ることとなる。
・生息する魔物はエンチャントゴーレムのみ。火や水といった個々の属性を宿しており、一度でもその手で触れられると、即座に『退場』か『死亡』する。
このルールを聞き、私たちは声をあげた。『死亡』はともかく、『退場』の意味がわからないからだ。そうしたら……
「通常のダンジョンにおいて、『冒険者が魔物との戦闘に敗れる』という行為は『死』に相当するわ。これはわかるわね?」
私たちは、ゆっくり頷く。
「ナルカトナ遺跡では、その常識が通用しないわ。遺跡内では全ての種族に二回の死が許される。エンチャントゴーレムの手に触れられたとしても、二回までなら遺跡入口に強制転移されるのよ。私たちは、それを『退場』という言葉で表しているの。そして、三回目の死となった場合……その冒険者は溶かされてダンジョンの一部となる。ここだけの特別ルール、私たちはこれを『残機数』と言っているわ」
残機数……それって日本のコンピュータゲームで使う言葉だ。ここのダンジョンは、ゲームに限りなく近い。でもそれって、私たち冒険者から見れば、チャンスだよね。私からも、少し質問してみよう。
「アイリーンさん、そのルールだと『大陸一の最高難易度』と言われる所以がわからないのですが?」
「私たちは、遺跡内で欲望を試されているのよ。二百年前、アストレカ大陸の種族たちが、ハーモニック大陸のジストニス王国周辺の大地に眠る希少金属を、鉱山から根こそぎ掘り返して奪っていった。そのため、この大陸の希少金属のほとんどは、ダンジョンの地下深くの宝箱でしか入手できない」
うん、それは知っている。アッシュさんの持つ『ミスリルの剣』という浅い階層での獲得もあるけど、その入手確率はかなり低いと言われている。
「でも、ナルカトナ遺跡では地下三階に行くと、三十パーセントの確率でミスリル鉱石、十五パーセントでアダマンタイトやファルコニウム鉱石、五パーセントでオリハルコン鉱石、一パーセントでヒヒイロカネ鉱石を入手できる」
希少金属の入手確率が異様に高い⁉ 地下三階でその入手確率となると、もっと下に行けば……
「まさか……みんなは希少金属を求めつつ、攻略しようと?」
「ええ、そうよ。あの遺跡を制作した土精霊様は、人の欲望を利用している。地下三階ならば、ある程度慣れた人は行けるのよ。でも、そこからが本当の試練なの。希少金属はたとえ少量であっても高値で売れる。どんな人であっても、冒険者ならば希少金属を求めるもの。そこに狙いをつけた。安全に探索するには強い意志が必要。しかも、数々の罠が張り巡らされているから、単純にダンジョンとしての難易度も高い。ここ五十年における完全攻略者は、コウヤ・イチノイただ一人よ」
チャンスが三回もある以上、冒険者たちが希少金属を求めるのもわかる。トキワさんの師匠でもあるコウヤ・イチノイならば、そういった欲望に負けることなく、純粋にダンジョンを踏破することも可能だ。でも、今の私たちでは無理だ。欲望にあがらうことはできても、実戦経験が圧倒的に足りないから、攻略できないよ。
4話 受付嬢アイリーンからのお願い
古代遺跡ナルカトナ、想像以上に厄介なダンジョンのようだ。現時点では、絶対に入りたくないね。
「アイリーンさん、遺跡について教えていただきありがとうございます。当初の予定通り、私たちは入口でダンジョンの雰囲気だけを堪能しておきます」
「僕も、シャーロットの意見に賛成です。リリヤは、どう思う?」
「私も賛成。そんな希少金属をいきなり入手したら、私とアッシュが欲望に負けるかもしれないもの」
アイリーンさんは私たちの言葉を聞き安心したのか、身体の緊張を緩めてくれた。
「それを聞いて安心したわ。あと、ナルカトナ遺跡以外にも、最奥にある石碑の内容が公表されていないダンジョンは数多くあるわよ。例えば、サーベント王国の『クックイス遺跡』、バードピア王国の『迷いの森』、フランジュ帝国の『ユーハブエ遺跡』かしら」
いずれは、どの遺跡にも足を運びたい。魔剛障壁ももう少しで解かれるだろうし、そこは三人で相談かな。
「ところで……無条件で協力すると言っておきながら申し訳ないのだけど、相談したいことがあるの」
相談? 何か困っていることがあるのだろうか?
「僕たちにできることならご協力しますけど?」
「う~ん、協力してもらうのはシャーロットとリリヤになるのかしら?」
アッシュさんではなく、私とリリヤさんとなると……料理関係?
「三人は、宿泊する宿をもう決めているの?」
そこから宿の話になるということは、やはり料理関係だ。アイリーンさんは申し訳ない気持ちが表に出ているせいもあって、困った微笑みを浮かべながら尋ねてきている。
「いえ、まだ決めていませんが?」
アッシュさんもリリヤさんも私と同じことを思ったのか、どこか不安げな表情を浮かべている。
「私の知り合いが経営している『ゆりかご』という宿屋に泊まってほしいな~と思ってね。従業員が……全員十代だけど」
従業員が全員十代⁉ それって大丈夫なの?
「あなたたちの言いたいこともわかるわ。元々、今の経営者の両親が宿を経営していたのだけど、去年二人とも病気で亡くなったの。その子供たちが宿を継ぎ、はじめは軌道に乗っていたわ。でも、客足が次第に遠のき、一ヶ月前までは閑古鳥が鳴く状態だったの」
それって、経営的にかなり厳しいよね。
「アイリーンさん、一ヶ月前と言いましたけど、今の経営状態は?」
彼女の言い方が気になったので質問してみると、彼女は優しく微笑んだ。
「私、ケアザ、ハルザスが協力者となって、あの子たちとしっかり話し合った。『装備品をかけるハンガーラックを各部屋に設置』『ステータスのタイマー設定で起きられない人のための起床ノック』『ゆりかご専用の可愛らしい制服』『内装の模様替え』『食堂にあるテーブル類の修理』など、貯金の少ない状態だったけど色々と実施したこともあって、客足が少しだけ回復したわ」
その状態でそれだけの経営努力を行っても、少ししか回復しないのか。
「私とリリヤさんに助けを求めるということは、『料理関係』に何か問題が?」
「その通り。宿屋を経営する上で、ゆりかごには決定的に足りないものがあるのよ。料理自体が……可もなく不可もなく、平凡な味なのよ」
うわあ~、一番中途半端なパターンか。不味ければ不味いで客に強い印象を与えるけど、平凡な味の場合、印象がすぐに消えてしまう。料理の味がよければ、多少部屋がイマイチであっても、客は寄ってくるものだ。
「カッシーナにいる有名な料理人にかけ合ったけど、みんな忙しくて料理指導を断られてしまったの。でも‼ ここ最近になって、この街も料理関係で賑やかになってきた。シャーロットの開発した料理が、ここまで広まってきたのよ‼」
「なるほど、『私』というネームバリューを利用するんですね」
既に広まっている料理を提供しても、インパクトは薄い。しかし、『私の調理した新作料理がゆりかごだけで味わえる‼』ということになったら、話は別だ。
「その通り‼ 『天才料理研究家』と言われているシャーロットと、その助手リリヤの開発した新作料理‼ 絶対、客足が戻ってくるわ‼」
「私、シャーロットの助手ってことになっているんですか⁉」
あはは、噂が捻じ曲がって、リリヤさんが私の助手とはね。あながち間違いではないけど。
「カッシーナに滞在する間の宿泊費用や買い出し費用は、全て私が持つわ(かなり痛い出費だけど)‼ 新作料理があるのなら、すぐにはレシピ登録せずに、しばらくの間『ゆりかご』だけで振る舞ってほしいの‼」
これは、ちょうどいいかもしれない。私としても、揚げ物料理の新作を試してみたいと思っていたところだ。
「それは構いませんが、大きな博打になりますよ?」
コロッケに関しては、ヒダタカでも好評価だったから問題ないと思う。でも、他の料理が街の人々の口に合うのかは未知数だ。低評価だった場合、口コミにより宿の評価が大きく減少するかもしれない。
「大丈夫よ。まずは、私、ケアザ、ハルザス、ゆりかごの面々で味を確認するから。全員が美味しいと言えば、間違いなく客にも響くわ‼ もし、何か問題があったとしても、私たちで味を改良すればいい‼」
この人の意気込みは本気だ。誰よりも、『ゆりかご』のことを考えている。彼女がここまで言うのだから、今の経営者たちも本気で立て直そうと必死に努力しているのだろう。
「わかりました。ちょうど試したい料理もありますから、そこで調理しましょう」
「ありがとう‼」
アイリーンさんが、パアッと顔を輝かせて笑顔になり、私の両手を握ってきた。私の力がどこまで通用するのかわからないけど、やるだけやってみよう。
アイリーンさんとの話し合いも終わり、私たちが一階に下りていくと、商人のウルラマさんがケアザさんたちと歓談している。私たちの姿を確認したら、すぐにこちらへ向かってきてお礼を言ってくれた。そして嬉しいことに、私たちのパーティーも護衛依頼『成功』と判断してくれた。
私たちがウルラマさんたちと分断されてしまった時点で、『護衛失敗』だと思っていたのだけど、あのときの私の判断が『みんなの生存』に繋がったということで、『護衛成功』と見做されたようだ。
ウルラマさんは、『困ったことが起きたらいつでも私の店に来なさい。王都の本店とカッシーナの支店、どちらにも話を通しておくから』とまで言ってくれた。私たちとしては、『商人』の強力な味方を引き入れることに成功したのだから、万々歳だ。
その後、私たちは彼らと別れ、アイリーンさんとともに新規料理に必要な材料の買い出しに行き、午後三時過ぎに目的地『ゆりかご』に向かった。もちろん、買い出しにかかった費用はアイリーンさん持ちである。
○○○
ここが、『ゆりかご』か。建物の外観は一般的な家屋だけど、道中で宿屋が三軒ほどあった。どこも外観は新しく、少し高級感を漂わせていたこともあり、どうにも古く見えてしまう。
「ゆりかごの経営者は長女のクレアよ。十七歳だから、経営する許可も下りているわ。主に、食材の調達や受付を担当しているわね。従業員が十四歳の長男ヨシュア、十歳の次女ユーリアの二名。ヨシュアが料理担当、ユーリアは掃除担当よ。部屋数が五室」
基本成人すれば、誰でも経営可能なのね。経理・料理・配膳・部屋の掃除などを三名だけで対応できるのだろうか? 今は客足が少ないから大丈夫だとしても、今後問題となってくるかもしれない。
「今回の件は、ケアザとハルザスが先回りしてクレアたちに説明しているわ。さあ、中に入りましょう」
私の味付けが微妙な場合、全員が協力して改良してくれるのだから、私としても心が軽い。若干の不安材料を抱えながら、ゆりかごの扉を開けると……
「「ゆりかごへようこそ……待っていたわ、シャーロット‼」」
二人の女性が『私たち』を、というより『私』を迎えてくれた。十七歳くらいの女性がクレアさんか。茶髪のロングでやや地味な顔立ちかな。もう一人、十歳くらいの女の子がユーリアさん、黄色い髪で短髪、可愛い顔立ちだけど、やや控え目な印象を受ける。
若干地味めな二人を可愛く引き立たせているのが、制服だ。ユーリアさんの服は子供らしく、フリルとかもついていてお洒落だ。クレアさんの服はアイリーンさんのものに近いけど、ところどころに綺麗な花の紋様が描かれており、その位置も絶妙だ。うん、二人とも可愛いし、十分記憶に残る。
カッシーナに滞在する間、ここが私たちの拠点となる。
思う存分、私の料理を披露し、ゆりかごを賑やかにしてあげよう。
5話 宿屋『ゆりかご』への支援
私たちのいる場所はゆりかごの玄関、すぐ横に小さな食堂がある。あそこで、夕食を食べるわけね。あ、目つきの悪い少年が調理場の扉から現れた。
「ヨシュア、シャーロットが来てくれたわよ」
「クレア姉さん、聞こえていたよ。君が巷で有名な人間族のシャーロットか。俺はヨシュア、よろしく」
おお、目つきが悪いだけで、礼儀正しい人だ。
「ヨシュアさん、クレアさん、ユーリアさん、初めまして。アイリーンさんから事情は伺っています。時間も時間なんで、早速私の新作料理を作りましょう。厨房をお借りして構いませんか?」
午後三時、今から準備を始めて味見をしてもらおう。
「来たばかりなのにいいの? 明日からでも構わないのに」
「クレアさん、構いませんよ。二階の階段から、ケアザさんとハルザスさんもチラ見していますし」
そう、さっきからあの二人がこっちをチラチラ見て、『頼む、今日味わわせてくれ‼』と目で訴えている。買い物中アイリーンさんから聞いたけど、彼らは王都とカッシーナを行き来しているらしく、Cランクの中でもかなり顔が広いらしい。だから、今回あの二人には口コミ担当になってもらう。
「クレア、今日のお客はシャーロットたちとケアザ、ハルザスの五名かしら?」
「はい。飛び入りさえなければ、五名です」
「よし‼ このメンバーなら、楽しい一日を過ごせそうね」
それを聞いたことで、私もリリヤさんもホッとする。このメンバーだけなら、私たちも気を使うことなく料理ができそうだ。
「シャーロットとリリヤは、料理をお願いするわ。アッシュは私とユーリアがゆりかごを案内するから、どこか不便に思った箇所があれば遠慮なく伝えて」
「は……はい‼」
何やらぶつぶつ呟いていたアッシュさんが、アイリーンさんの言葉にはっとしたように答える。ゆりかごを復活させる策でも考えていたのかな?
「アイリーンさん、私もお手伝いします」
「客が急に来るかもしれないから、クレアは受付で待機よ」
クレアさんだけが、がっくりと項垂れる。でも、受付は大事ですよ。お客が来て誰もいなかったら、そのまま帰っちゃうからね。私の方も、動きますか‼
「リリヤさん、サポートお願いします」
「任せて‼」
私とリリヤさんは、ヨシュアさんの案内で厨房へ入っていく。厨房の設備は、エルディア王国の教会やジストニス王国で見たものと比較すると、かなり見劣りしてしまう。まあ、比較する方がおかしいのだけど、あの設備で調理したこともあって、どうしてもね。ここの設備は一般家庭のものより、ワンランク上といったところかな。
ギルドの奥から聞こえてきた美声の持ち主がこちらへとやってくる。その正体は、金髪ロングでモデル体形の美人さんだ。芸能人のようなオーラを感じるけど、この人は何者なの? 周囲にいる男性陣だけでなく女性陣も、彼女の優雅に歩く様を見てハア~と感嘆の息を漏らしている。
「ケアザさん、ハルザスさん、そしてシャーロットさんたちも、そこにいては他の方々の妨げとなりますから移動しましょうね」
有無を言わさぬ迫力を持った発言、私たちもケアザさんたちも素直に従った。
「悪いね、アイリーン。僕たちやウルラマさんを守ってくれたシャーロット、アッシュ、リリヤの三人に、どうしてもお礼を言いたくてね」
ハルザスさん、わざわざ声高に言うこともないでしょうに。これで、私たちの存在は完全に周知されたね。でも、二人の知り合いと認知されたことで、余計な騒ぎを起こさずにすみそうだ。
「まあ、いいわよ。私も精霊様方から詳しく聞いているもの。シャーロット、アッシュ、リリヤ、私は『受付嬢』兼『ギルドマスター補佐』のアイリーンよ」
このモデルのような美人さんが、アイリーンさんか。私やリリヤさんも、将来こんな女性になりたいよね。リリヤさん自身、彼女を見て目を輝かせている。私たちが挨拶を終わらせると、ギルドの二階にある客室にて、今後についての話し合いを行うこととなった。多分、私の強さのことに関しては、ケアザさんたちと同様、何も知らされていないはずだ。
「さあ三人とも、二階へ行きましょう。他の人たちは、通常業務に戻ってね」
みんながアイリーンさんの言葉に従い、誰一人文句を言うことなく、私たちから視線を逸らしていく。その態度だけで、彼女がどの程度慕われているのかがわかる。
二階客室に到着して中へ入ると、部屋全体にほのかに甘く爽快感あふれる匂いが漂っていた。綺麗な花が壁際に飾られているから、多分あれが匂いの元だろう。貴族たちも使用するためか、内装もやや豪華なものとなっている。
「飲み物を用意するわ。あなたたちは、そちらのソファーに座っていてね」
私たちがソファーに座って寛いでいると、アイリーンさんは奥でティーカップに温かな飲み物を入れ、こちらへ運んでくれた。見た目からホットミルクティーかなと思い一口飲むと、地球で知るミルクティーと同一の味だったことに内心驚いた。
「はあ~落ち着きますね」
「うん、いい味だよ」
「美味しい‼」
私たち三人の言葉に、アイリーンさんが優しく微笑む。
「好評でよかったわ。これまで領都カッシーナの収入源は、ナルカトナ遺跡へ訪れる冒険者を相手にすることだけに頼っていたのよ。でも、領主様はそれだけでは厳しいと踏み、土壌を活かした特産品を作ろうと各ギルドのトップたちと相談し合い、三年前から農地改革に力を入れているの。これは、その特産品の一つから作られた新たな飲み物よ」
へえ~、特産品か。この味なら、王都でも絶対に売れるよ。
「さて、シャーロット、アッシュ、リリヤ」
ミルクティーを数口飲み落ち着いたところで、アイリーンさんは真剣な面持ちとなる。
「今、領主様とギルドマスターは所用でこの街にいないの。だから、補佐である私から言わせてもらうわ」
アイリーンさんが丁寧な所作で立ち上がり、深々と頭を下げた。
「カッシーナ、いえ、ジストニス王国を救っていただき、誠にありがとうございます」
この人は貴族なのだろうか?
一つ一つの所作に無駄がなく、見惚れるほどの優雅さだ。
「私は隠れ里ヒダタカのことを知っているわ。長のテッカマルさんやカゲロウさん、ナリトアさんとも、面識がある。あなたたちと里の人が一丸となって、魔物の大群のほとんどを倒してくれたおかげで、ここは救われたのよ。そして、聖女であるシャーロットが霊樹様の力を借りて、あのドール族の最高峰ドールマクスウェルを含めた五体の魔物をも討伐してくれた」
精霊様は、アイリーンさんにそう伝えたのね。ある意味間違いではないので、このままそう思わせておこう。
「この国の救世主と言っても過言ではないわ。私は、無条件であなたたちに協力することを誓います」
精霊様、色々と配慮していただきありがとうございます。『構造解析』をしなくても、この人なら信頼できる。私たちは互いの顔を見合わせて静かに頷くと、アッシュさんが目的を語り出す。
「アイリーンさんも精霊様から聞いているかもしれませんが、僕たちの目的はシャーロットをアストレカ大陸のエルディア王国へ帰すことです。そして現在、転移魔法の刻まれた石碑を探しているところです。仮に習得できたとしても国へ戻れるとは限りませんが、旅を続けていく上で必ず有用なはずです」
アイリーンさんは、ナルカトナ遺跡についてどこまで知っているのだろうか?
「そのために、ナルカトナ遺跡の情報が欲しいわけね。私は、遺跡内のルールについて全て知っているわ。でも、石碑の内容については知らないのよ。昔、ギルドマスターが攻略者の『コウヤ・イチノイ』に尋ねたことがあるの。彼は眉間にシワを寄せ、こう答えたそうよ。『石碑の内容については知らない方がいい。下手に知れ渡ってしまうと、余計な混乱を招く』」
どういう意味? 石碑に、何が刻まれていたの? 転移魔法について刻まれているのなら、その言い方も納得できるけど?
「安心してください。僕たちはコウヤさんの弟子、トキワさんから、遺跡についての情報を少しだけ聞いています。入口付近まで行って、どんな場所なのかを確認するだけで、遺跡のダンジョンには挑戦しません」
それを聞き、アイリーンさんはホッとした表情を浮かべる。
「安心したわ。あなたたちは、まだ若い。ナルカトナ遺跡に入ったら最後、欲望に負けて残機数を全て失い、死ぬことになるかもしれないもの」
残機数? 私だけでなく、アッシュさんもリリヤさんも意味を理解できないため、首を傾げる。
「ふふ、せっかくだから、ルールを少し教えてあげるわ」
「「「ありがとうございます‼」」」
私たちは、アイリーンさんから遺跡のルールを聞き、言葉を失った。
ナルカトナ遺跡のルール
・遺跡内には、『クエイクエリア』と『ボムエリア』の二つのダンジョンが存在する。
・『クエイクエリア』では、土属性魔法『クエイク』でしか魔物を倒せない。
・『ボムエリア』では、火属性魔法『ボム』でしか魔物を倒せない。
・どちらの魔法も、遺跡入口にある小さな石板に触れることで入手可能。
・誰であろうとも、ステータスの攻撃、防御といった基本数値が全て150に統一される。
・スキルは全て使用不可。
・魔法で使用可能なのはヒール系、クエイクまたはボムのみ。
・宝箱には希少金属の元となる鉱石が入っており、階層が深くなるほど、希少価値のあるものを獲得しやすくなる。
・下へおりる階段は毎日、罠や地形は定期的に一新される。
ここまでの時点でかなり厳しい条件だと思ったのだけど、私たちは次の内容で驚愕の設定を知ることとなる。
・生息する魔物はエンチャントゴーレムのみ。火や水といった個々の属性を宿しており、一度でもその手で触れられると、即座に『退場』か『死亡』する。
このルールを聞き、私たちは声をあげた。『死亡』はともかく、『退場』の意味がわからないからだ。そうしたら……
「通常のダンジョンにおいて、『冒険者が魔物との戦闘に敗れる』という行為は『死』に相当するわ。これはわかるわね?」
私たちは、ゆっくり頷く。
「ナルカトナ遺跡では、その常識が通用しないわ。遺跡内では全ての種族に二回の死が許される。エンチャントゴーレムの手に触れられたとしても、二回までなら遺跡入口に強制転移されるのよ。私たちは、それを『退場』という言葉で表しているの。そして、三回目の死となった場合……その冒険者は溶かされてダンジョンの一部となる。ここだけの特別ルール、私たちはこれを『残機数』と言っているわ」
残機数……それって日本のコンピュータゲームで使う言葉だ。ここのダンジョンは、ゲームに限りなく近い。でもそれって、私たち冒険者から見れば、チャンスだよね。私からも、少し質問してみよう。
「アイリーンさん、そのルールだと『大陸一の最高難易度』と言われる所以がわからないのですが?」
「私たちは、遺跡内で欲望を試されているのよ。二百年前、アストレカ大陸の種族たちが、ハーモニック大陸のジストニス王国周辺の大地に眠る希少金属を、鉱山から根こそぎ掘り返して奪っていった。そのため、この大陸の希少金属のほとんどは、ダンジョンの地下深くの宝箱でしか入手できない」
うん、それは知っている。アッシュさんの持つ『ミスリルの剣』という浅い階層での獲得もあるけど、その入手確率はかなり低いと言われている。
「でも、ナルカトナ遺跡では地下三階に行くと、三十パーセントの確率でミスリル鉱石、十五パーセントでアダマンタイトやファルコニウム鉱石、五パーセントでオリハルコン鉱石、一パーセントでヒヒイロカネ鉱石を入手できる」
希少金属の入手確率が異様に高い⁉ 地下三階でその入手確率となると、もっと下に行けば……
「まさか……みんなは希少金属を求めつつ、攻略しようと?」
「ええ、そうよ。あの遺跡を制作した土精霊様は、人の欲望を利用している。地下三階ならば、ある程度慣れた人は行けるのよ。でも、そこからが本当の試練なの。希少金属はたとえ少量であっても高値で売れる。どんな人であっても、冒険者ならば希少金属を求めるもの。そこに狙いをつけた。安全に探索するには強い意志が必要。しかも、数々の罠が張り巡らされているから、単純にダンジョンとしての難易度も高い。ここ五十年における完全攻略者は、コウヤ・イチノイただ一人よ」
チャンスが三回もある以上、冒険者たちが希少金属を求めるのもわかる。トキワさんの師匠でもあるコウヤ・イチノイならば、そういった欲望に負けることなく、純粋にダンジョンを踏破することも可能だ。でも、今の私たちでは無理だ。欲望にあがらうことはできても、実戦経験が圧倒的に足りないから、攻略できないよ。
4話 受付嬢アイリーンからのお願い
古代遺跡ナルカトナ、想像以上に厄介なダンジョンのようだ。現時点では、絶対に入りたくないね。
「アイリーンさん、遺跡について教えていただきありがとうございます。当初の予定通り、私たちは入口でダンジョンの雰囲気だけを堪能しておきます」
「僕も、シャーロットの意見に賛成です。リリヤは、どう思う?」
「私も賛成。そんな希少金属をいきなり入手したら、私とアッシュが欲望に負けるかもしれないもの」
アイリーンさんは私たちの言葉を聞き安心したのか、身体の緊張を緩めてくれた。
「それを聞いて安心したわ。あと、ナルカトナ遺跡以外にも、最奥にある石碑の内容が公表されていないダンジョンは数多くあるわよ。例えば、サーベント王国の『クックイス遺跡』、バードピア王国の『迷いの森』、フランジュ帝国の『ユーハブエ遺跡』かしら」
いずれは、どの遺跡にも足を運びたい。魔剛障壁ももう少しで解かれるだろうし、そこは三人で相談かな。
「ところで……無条件で協力すると言っておきながら申し訳ないのだけど、相談したいことがあるの」
相談? 何か困っていることがあるのだろうか?
「僕たちにできることならご協力しますけど?」
「う~ん、協力してもらうのはシャーロットとリリヤになるのかしら?」
アッシュさんではなく、私とリリヤさんとなると……料理関係?
「三人は、宿泊する宿をもう決めているの?」
そこから宿の話になるということは、やはり料理関係だ。アイリーンさんは申し訳ない気持ちが表に出ているせいもあって、困った微笑みを浮かべながら尋ねてきている。
「いえ、まだ決めていませんが?」
アッシュさんもリリヤさんも私と同じことを思ったのか、どこか不安げな表情を浮かべている。
「私の知り合いが経営している『ゆりかご』という宿屋に泊まってほしいな~と思ってね。従業員が……全員十代だけど」
従業員が全員十代⁉ それって大丈夫なの?
「あなたたちの言いたいこともわかるわ。元々、今の経営者の両親が宿を経営していたのだけど、去年二人とも病気で亡くなったの。その子供たちが宿を継ぎ、はじめは軌道に乗っていたわ。でも、客足が次第に遠のき、一ヶ月前までは閑古鳥が鳴く状態だったの」
それって、経営的にかなり厳しいよね。
「アイリーンさん、一ヶ月前と言いましたけど、今の経営状態は?」
彼女の言い方が気になったので質問してみると、彼女は優しく微笑んだ。
「私、ケアザ、ハルザスが協力者となって、あの子たちとしっかり話し合った。『装備品をかけるハンガーラックを各部屋に設置』『ステータスのタイマー設定で起きられない人のための起床ノック』『ゆりかご専用の可愛らしい制服』『内装の模様替え』『食堂にあるテーブル類の修理』など、貯金の少ない状態だったけど色々と実施したこともあって、客足が少しだけ回復したわ」
その状態でそれだけの経営努力を行っても、少ししか回復しないのか。
「私とリリヤさんに助けを求めるということは、『料理関係』に何か問題が?」
「その通り。宿屋を経営する上で、ゆりかごには決定的に足りないものがあるのよ。料理自体が……可もなく不可もなく、平凡な味なのよ」
うわあ~、一番中途半端なパターンか。不味ければ不味いで客に強い印象を与えるけど、平凡な味の場合、印象がすぐに消えてしまう。料理の味がよければ、多少部屋がイマイチであっても、客は寄ってくるものだ。
「カッシーナにいる有名な料理人にかけ合ったけど、みんな忙しくて料理指導を断られてしまったの。でも‼ ここ最近になって、この街も料理関係で賑やかになってきた。シャーロットの開発した料理が、ここまで広まってきたのよ‼」
「なるほど、『私』というネームバリューを利用するんですね」
既に広まっている料理を提供しても、インパクトは薄い。しかし、『私の調理した新作料理がゆりかごだけで味わえる‼』ということになったら、話は別だ。
「その通り‼ 『天才料理研究家』と言われているシャーロットと、その助手リリヤの開発した新作料理‼ 絶対、客足が戻ってくるわ‼」
「私、シャーロットの助手ってことになっているんですか⁉」
あはは、噂が捻じ曲がって、リリヤさんが私の助手とはね。あながち間違いではないけど。
「カッシーナに滞在する間の宿泊費用や買い出し費用は、全て私が持つわ(かなり痛い出費だけど)‼ 新作料理があるのなら、すぐにはレシピ登録せずに、しばらくの間『ゆりかご』だけで振る舞ってほしいの‼」
これは、ちょうどいいかもしれない。私としても、揚げ物料理の新作を試してみたいと思っていたところだ。
「それは構いませんが、大きな博打になりますよ?」
コロッケに関しては、ヒダタカでも好評価だったから問題ないと思う。でも、他の料理が街の人々の口に合うのかは未知数だ。低評価だった場合、口コミにより宿の評価が大きく減少するかもしれない。
「大丈夫よ。まずは、私、ケアザ、ハルザス、ゆりかごの面々で味を確認するから。全員が美味しいと言えば、間違いなく客にも響くわ‼ もし、何か問題があったとしても、私たちで味を改良すればいい‼」
この人の意気込みは本気だ。誰よりも、『ゆりかご』のことを考えている。彼女がここまで言うのだから、今の経営者たちも本気で立て直そうと必死に努力しているのだろう。
「わかりました。ちょうど試したい料理もありますから、そこで調理しましょう」
「ありがとう‼」
アイリーンさんが、パアッと顔を輝かせて笑顔になり、私の両手を握ってきた。私の力がどこまで通用するのかわからないけど、やるだけやってみよう。
アイリーンさんとの話し合いも終わり、私たちが一階に下りていくと、商人のウルラマさんがケアザさんたちと歓談している。私たちの姿を確認したら、すぐにこちらへ向かってきてお礼を言ってくれた。そして嬉しいことに、私たちのパーティーも護衛依頼『成功』と判断してくれた。
私たちがウルラマさんたちと分断されてしまった時点で、『護衛失敗』だと思っていたのだけど、あのときの私の判断が『みんなの生存』に繋がったということで、『護衛成功』と見做されたようだ。
ウルラマさんは、『困ったことが起きたらいつでも私の店に来なさい。王都の本店とカッシーナの支店、どちらにも話を通しておくから』とまで言ってくれた。私たちとしては、『商人』の強力な味方を引き入れることに成功したのだから、万々歳だ。
その後、私たちは彼らと別れ、アイリーンさんとともに新規料理に必要な材料の買い出しに行き、午後三時過ぎに目的地『ゆりかご』に向かった。もちろん、買い出しにかかった費用はアイリーンさん持ちである。
○○○
ここが、『ゆりかご』か。建物の外観は一般的な家屋だけど、道中で宿屋が三軒ほどあった。どこも外観は新しく、少し高級感を漂わせていたこともあり、どうにも古く見えてしまう。
「ゆりかごの経営者は長女のクレアよ。十七歳だから、経営する許可も下りているわ。主に、食材の調達や受付を担当しているわね。従業員が十四歳の長男ヨシュア、十歳の次女ユーリアの二名。ヨシュアが料理担当、ユーリアは掃除担当よ。部屋数が五室」
基本成人すれば、誰でも経営可能なのね。経理・料理・配膳・部屋の掃除などを三名だけで対応できるのだろうか? 今は客足が少ないから大丈夫だとしても、今後問題となってくるかもしれない。
「今回の件は、ケアザとハルザスが先回りしてクレアたちに説明しているわ。さあ、中に入りましょう」
私の味付けが微妙な場合、全員が協力して改良してくれるのだから、私としても心が軽い。若干の不安材料を抱えながら、ゆりかごの扉を開けると……
「「ゆりかごへようこそ……待っていたわ、シャーロット‼」」
二人の女性が『私たち』を、というより『私』を迎えてくれた。十七歳くらいの女性がクレアさんか。茶髪のロングでやや地味な顔立ちかな。もう一人、十歳くらいの女の子がユーリアさん、黄色い髪で短髪、可愛い顔立ちだけど、やや控え目な印象を受ける。
若干地味めな二人を可愛く引き立たせているのが、制服だ。ユーリアさんの服は子供らしく、フリルとかもついていてお洒落だ。クレアさんの服はアイリーンさんのものに近いけど、ところどころに綺麗な花の紋様が描かれており、その位置も絶妙だ。うん、二人とも可愛いし、十分記憶に残る。
カッシーナに滞在する間、ここが私たちの拠点となる。
思う存分、私の料理を披露し、ゆりかごを賑やかにしてあげよう。
5話 宿屋『ゆりかご』への支援
私たちのいる場所はゆりかごの玄関、すぐ横に小さな食堂がある。あそこで、夕食を食べるわけね。あ、目つきの悪い少年が調理場の扉から現れた。
「ヨシュア、シャーロットが来てくれたわよ」
「クレア姉さん、聞こえていたよ。君が巷で有名な人間族のシャーロットか。俺はヨシュア、よろしく」
おお、目つきが悪いだけで、礼儀正しい人だ。
「ヨシュアさん、クレアさん、ユーリアさん、初めまして。アイリーンさんから事情は伺っています。時間も時間なんで、早速私の新作料理を作りましょう。厨房をお借りして構いませんか?」
午後三時、今から準備を始めて味見をしてもらおう。
「来たばかりなのにいいの? 明日からでも構わないのに」
「クレアさん、構いませんよ。二階の階段から、ケアザさんとハルザスさんもチラ見していますし」
そう、さっきからあの二人がこっちをチラチラ見て、『頼む、今日味わわせてくれ‼』と目で訴えている。買い物中アイリーンさんから聞いたけど、彼らは王都とカッシーナを行き来しているらしく、Cランクの中でもかなり顔が広いらしい。だから、今回あの二人には口コミ担当になってもらう。
「クレア、今日のお客はシャーロットたちとケアザ、ハルザスの五名かしら?」
「はい。飛び入りさえなければ、五名です」
「よし‼ このメンバーなら、楽しい一日を過ごせそうね」
それを聞いたことで、私もリリヤさんもホッとする。このメンバーだけなら、私たちも気を使うことなく料理ができそうだ。
「シャーロットとリリヤは、料理をお願いするわ。アッシュは私とユーリアがゆりかごを案内するから、どこか不便に思った箇所があれば遠慮なく伝えて」
「は……はい‼」
何やらぶつぶつ呟いていたアッシュさんが、アイリーンさんの言葉にはっとしたように答える。ゆりかごを復活させる策でも考えていたのかな?
「アイリーンさん、私もお手伝いします」
「客が急に来るかもしれないから、クレアは受付で待機よ」
クレアさんだけが、がっくりと項垂れる。でも、受付は大事ですよ。お客が来て誰もいなかったら、そのまま帰っちゃうからね。私の方も、動きますか‼
「リリヤさん、サポートお願いします」
「任せて‼」
私とリリヤさんは、ヨシュアさんの案内で厨房へ入っていく。厨房の設備は、エルディア王国の教会やジストニス王国で見たものと比較すると、かなり見劣りしてしまう。まあ、比較する方がおかしいのだけど、あの設備で調理したこともあって、どうしてもね。ここの設備は一般家庭のものより、ワンランク上といったところかな。
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